個人的なこの10年
ドローンを含めるための改正航空法が施行されたのは2015年12月10日であったけれど、個人的にもドローンに大きく関わることになったのは、2015年であった。
2014年ぐらいから自らの秋葉原のショップで中国からコンスーマー用のドローンを仕入れて販売をするかたわら、ドローンのセミナーなどを行っていた。個人的に大きな変化となったのは、2015年4月に起こった「首相官邸無人機落下事件」であった。
この事件で世間的にはドローンという名前が拡がる形になったが、この事件の際、当時ではまだ秋葉原などの店頭でドローンを扱っているスペースやセミナーなどを行っているケースが少なかったこともあり、NHKや民放TV局を含む各種メディアが秋葉原のお店に殺到した(秋葉原のお店が少し怪しげなショップだったこともあり、当時の文脈にあっていたというのもあったであろう。たとえば、こんなAERAの記事にも、コメントが載っている)。
まあ、怪しい範疇の一つであったのではあるが、それによって、私自身が「ドローン」でなんかやっているらしいということが拡がり、そこから、個人的にもドローン関連のことが急拡大していった。例えば、セキュアドローン協議会の設立(2015年6月)、このDRONEのコラム(2015年9月)、ドローンビジネス調査報告書の執筆開始(2015年秋、2016年3月に出版)、ドローン・ジャパンの創業(2015年12月)、また、個人的に大きかったのは、9月にラスベガスで開催されたInterDroneを観にいったことだった。そこで3DRのクリスアンダーソンに会い、Dronecodeの存在を知った。
[春原久徳のドローントレンドウォッチング]Vol.02 ドローン業界図を俯瞰する
その後、私自身の活動はドローン・ジャパンのCEOの活動とともに、セキュアドローン協議会の会長、このDRONEのドローンコラムニスト、ドローンビジネス調査報告書の責任執筆者という形で、ドローンがその中心になった。
DRONEのコラムに関しては、来年の初頭にはVol.100を迎えるので、その時にでも総括するとして、セキュアドローン協議会とドローン・ジャパンの動きを中心に、簡単に振り返りたい。
セキュアドローン協議会は、筆者の前職であった日本マイクロソフトの時の上司や同僚の会社を中心に立ち上がった。ドローンが発展していくにつれ、ドローンもセキュリティが重要になってくるだろうということから設立したが、最初の数年間はどちらかというとITの目線で、ドローンが商用用途でどんな形で広がっていくのかということに注力していった。それがドローンで取得したデータを生かし、農業を効率化していく精密農業に関しての取り組みだった。それがドローン・ジャパンの設立目的にもなっている。その後、2020年ぐらいから政府もドローンのサイバーセキュリティを中心に注意が注がれるかたちとなり、セキュアドローン協議会も2018年からドローンセキュリティガイドの作成を始めていった。
[春原久徳のドローントレンドウォッチング]Vol.41 政府方針に揺れるドローンのセキュリティ
ウクライナ戦争以降は、そのドローンのセキュリティもそのポジションが変わっていっている。
Vol.67 ドローンのセキュリティ~いま、そこにある危機[春原久徳のドローントレンドウォッチング]
セキュアドローン協議会は10年という節目を迎え、今年2025年4月よりその事業をJUIDAに移管したが、ドローンのセキュリティの重要性は益々高まっている。
ドローン・ジャパンは、筆者のマイクロソフトの同僚であった勝俣喜一朗氏と共同で創業した会社である。創業当初から、ドローンによる農地リモートセンシングによる農業でのデジタル情報の活用、ドローンコンサルティング、ドローンのソフトウェアエンジニア教育といった事業を三本柱にしており、そのこと自体は10年経った現在も変わってはいないが、その事業の中心は、一定のピリオドに応じて変化してきている。
特に創業当初は、ドローンの農地リモートセンシングを中心に活動してきて、いくつかの国プロを実施させていただいたが、現在に至るまで、農家様も含めたビジネスモデルの形成にはなかなか苦心をしてきているのが現状だ。現在においては、ドローンのソフトウェアエンジニア教育である「ドローンエンジニア養成塾」で塾長をお願いしているランディ・マッケイさんやその優秀な修了生の方々を中心としたチームで様々なドローンの案件の開発支援を行う事業が中心となってきている。また、「ドローンエンジニア養成塾」に関しては、各ドローン関連企業に対するカスタマイズしたトレーニングや、また、現在ではこのトレーニングのフォーマットそのものを海外で要望されるケースもあり、海外で実施させていただくケースも出てきたりしている。
ドローン産業のこの10年
ドローンが産業用として動き出した契機は、2015年12月10日に施行された改正航空法であっただろう。それまでは空撮を中心としたプロスーマーのものから、ルールが厳しくなることによって、飛行させるための一定の意義や目的というものが必要となった。また、日本においては、インフラ点検などを中心に、インフラの老朽化と点検作業員の高齢化や減少という社会課題の解決手段として、政府も様々な支援を行い、ドローンの推進をしてきた。
そのこと自体は、ドローン産業やドローンの社会活用を進めるにおいて、非常に重要な取り組みであっただろう。しかし、このコラムでも過去何度も書いてきたように、いくつかの例外を除けば、なかなか実証実験をこえて、社会実装されたケースはまだまだ少なく、ドローン産業が立ち上がったということにはまだまだ至っていないことだろう。
世界の中においても、その環境は10年の中で変化してきた。
ワールドワイドにおいても、この10年の中でいくつかステージが変わってきている。
このコラムの中では、米中対立を受けての2021年とウクライナ戦争を受けての2024年とその変化を伝えてきている。
その分析に変わりがないので、詳しくは以下のコラムを読んでほしいが、見出しだけでいえば、以下になる。
Drone1.0(空撮用機体の競争)~2016年
Drone2.0(ドローンソリューションの勃興)2017年~2020年
Drone3.0(ドローンプラットフォームの争い)2021年~2023年
Drone4.0(世界全体でのドローン勃興の時代)2024年~
Vol.46 新しいステージに入ったドローン産業[春原久徳のドローントレンドウォッチング]
Vol.79 新しいステージに入った世界のドローン[春原久徳のドローントレンドウォッチング]
特に2024年以降は、オープンソース系のプラットフォーム(特にArdupilot)を中心に世界全体で、ドローン機体の自国での開発がすごい勢いで進んできている。
その投資金額とスピード感は凄まじいほどで、特に韓国・台湾・インド、そして、戦争終結した後は、ウクライナが、ドローン機体製造としての中心に踊りでるような勢いだ。
日本においても、今までDJIや欧米機体を意識してきた流れから、一気にその行方が変わってきていることを意識する必要が出てきているだろう。
2026年以降に起こること
世界各国において、「有人地帯の目視外飛行」においては、ルールがきちんと定まっていない中で、防衛を除けば、なかなかその活用が実用化してこなかった。
日本においては、世界に先駆けて、2022年12月5日にLevel3(無人地帯の目視外飛行)とLevel4(有人地帯の目視外飛行)のルールを規定した改正航空法が開始されて、その目視外飛行に期待が寄せられたが、型式認証のハードルの高さ(3年経過して、第1種型式認証機は1台のみ)により、やはり「有人地帯の目視外飛行」においては、その活用が進んでいかなかった。
この環境を一気に変える可能性があるのは、米国での「目視外」の新しいルールで来年から施行されるPart108である。
米国におけるPart108の新規定発表[春原久徳のドローントレンドウォッチング]Vol.93
このPart108は端的にいって、型式認証や操縦資格といった国が定めるルールからの解放であり、そういった意味では世界中で当たり前のように形づくられていた航空行政からのドローンの解放である。
機体メーカーや運用会社の自己責任ということで、ある意味、米国らしい動きであるが、これにより、米国では機体メーカーはセーフティやセキュリティのホワイトペーパーの作成に、サービス会社は安定・安全運用のアプリケーションの開発に、運用会社は運用責任者の育成や体制づくりに、一気に動き出している。また、こういったリスクを補償するための損害保険会社もその受入れに動き出している。ある意味、こういった新しいデバイスにおいて、よりよい安全で安定的な環境と実用の双方を推進するために市場自体が動きだしているということで、明らかにドローン産業としては、また、新たなステージにむけて動き出しているともいえよう。
日本がどう動くのかというと、その市場を睨みながらということになると思うが、日本以外のアジア各国は米国の動きにすぐに追従するだろう。特に台湾や韓国は、その中心を内需でなく、外需(米国市場を含む国外)においていることもあり、米国のルールの中で、機体だけでなく、周辺機器やアプリケーションを開発していくことだろう。
そして、それが確立する頃には、日本のドローン産業は周回遅れになってしまうことも想定される。
こういった変化が2026年には起き始めていくことを日本のドローン産業は意識すべきである。