昨年、Matrice300 RTKが発表されたことを受けて、「DJIの戦略の変遷」というコラムを書いた。
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これまでのドローン産業の動向はDJIの動きとともにあったのは間違いないが、米中対立という流れもあり、ここに来て潮目が大きく変わってきている。
Drone1.0(空撮用機体の競争)~2016年
空撮プロの間では、2012年ぐらいからカスタム機体に1眼レフカメラなどを搭載した形での空撮が拡がってきていた(この頃から空撮業務を行っている人にとっては儲かった時代であった)。2014年ぐらいから、DJIのPhantomが登場し、バージョンを追うごとに機体も安定していき、Inspireといったプロ空撮機なども登場した。その中でHD、フルHD、4Kと搭載カメラの解像度も上がっていき、空撮が身近で、しかも高品質になった。
と同時に、2015年はホワイトハウスや首相官邸への落下により、社会的事件として「ドローン」が注目を浴び、気軽に飛行させることが難しくなった(日本ではラジコンvsドローンという形での構図も生じた)。2015年末の航空法の改正を契機に、「ドローン」はコンスーマーやプロスーマーのガジェットから、業務活用のデバイスへと変貌していった(それは日本だけでなく、世界中で飛行させる規則が厳しくなり同様な形でポジショニングを変えていったのだ)。
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このDrone1.0において、DJIの競争力は非常に高かった。
ここで1番のライバルとなり得たのは3DRであった。しかし、最初の戦いで敗れ去った。
Parrotもコンスーマー市場から撤退し、産業用もあまり振るわなかった。そんな中で、2016年にはDJI 1強の時代が訪れたのだった。それもほぼ世界中で。
Drone2.0(ドローンソリューションの勃興)2017年~2020年
そのDJI 1強時代の中で、DJIの機体を中心に各業務において、ソリューションが生まれてきた。最初に進んだのは、空撮機に主にRGBカメラ(場合によってはサーマルやマルチスペクトラムなど)を搭載し、その取得したデジタルデータを工事進捗、測量、農業リモートセンシング、点検、調査、警備などに活用していくためのソリューションである。
そのソリューション開発のため、DJI SDK(Software Development Kit)を使い、DJI機体のソリューションが多く生まれた(自動航行アプリや取得情報処理連携など)。その典型的な例は機体競争に負けた3DRが2017年8月に発表した「業務向けプラットフォームを、DJIのドローンに統合」というニュースだったろう。
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その時々において、搬送目的のドローンの話題は現れるが、先進国においては、まだビジネスとして成立するケースは少なく、多くの事例は途上国となっている(代表的な例はルワンダにおけるZiplineの薬や血清の拠点間搬送)(それはやはりその投資対効果の基準が、道路や鉄道といったインフラ建設費との比較となっており、現状のままでは、空飛ぶドローンによる搬送において、なかなか費用対効果とリスクの関係がバランスしにくい点が大きい)。
各国における目視外飛行のルールは異なり、また、ビジネス的にもまだ見えてきづらいこともあり、DJIもこの分野には手を出してこなかった。どこの国でも固定翼なども含み、各国の国産機製造企業が搬送用ドローン(目視外飛行ドローン)に力を入れる傾向にあるのは、DJIが手を出しにくいということもあっただろう。
この頃、DJI HQが力を注いだ分野は、「Public Safety」であった。
ドローンの機体市場において寡占状態にあるDJIの本社は、世界に向けた戦略として、「Public Safety」での浸透をプライオリティの1番に掲げている。「Public Safety」での浸透とは、警察官や消防士といった業務を行う各人一人一人にドローンを携帯させるということを意味する。事故、事件、火災などの現場における状況管理や犯人追跡等にドローンを活用していくということだ。こういった方向性もあり、DJIはMavic Airなどの小型で性能が高い機体の開発に特に注力している。
このドローンの業務におけるパーソナル携帯化の動きは、警察官や消防士といった業務だけでなく、フィールドでの様々な業務に展開されていく可能性がある。そのほかのフィールドで活動する人たち、例えば、災害現場での状況把握、農地把握のための農家、害獣対策のためのハンター、各種点検のための点検作業者など、多くのフィールドを中心とした業務への拡がりが想定される。
この「ドローンの業務におけるパーソナル携帯化」はDJIにとって、販売台数を稼いでいくのに1番よい戦略であったし、また、その強みを発揮する分野でもあったのだ。
しかし、結果的には、この戦略は必要以上にアメリカを刺激するものとなった。このパーソナルデバイスを取られることは様々な細かいデータを取られることになり、それはロボティクスを業務活用していく中での基盤を取られるということになるからだ。ある意味において、次の業務向けGAFAMの礎を築かれることになるという恐れである。
実際に2019年秋のDronerespondersによるPublic Safety向けUAS調査によると、公的執行機関が使用するドローンは圧倒的に中国製であり、そのほとんどがDJI製だった。回答した公安機関の73%は、DJI Mavicドローンを使用していると述べており、回答者の47%がDJI Matriceシリーズ、46%がDJI Phantomシリーズ、37%がDJI Inspireシリーズを使用していると報告した(the 2019 Fall Public Safety UAS Survey from Droneresponders)。
米国は2018年年末からthe Defense Innovation Unit(DIU/防衛イノベーションユニット)とthe Army’s Maneuver Center(陸軍機動センター)といった国防機関が連携して、SRR(Short Range Reconnaissance/短距離偵察)Programを実施し、6社に1,100万ドルの資金を提供し、試作機を作らせて評価を行った。
SRRの性能基準は、最大3kmの範囲で30分間飛行、3ポンド(1.36kg)以下、2分で組立て可能(明らかにMavicを意識した要求仕様だ)。そして、アメリカという国がきちんと現在の技術トレンドを理解していることを示すのは、Autopilotのソフトウェアをオープンソースで行い、オープンコミュニケーション(MAVLink)を使い、オープンアプリケーションであるQGroundControlを使用せよという要求仕様であった(日本が相変わらずセキュリティというとProprietaryのクローズシステムが必須で、とかくガラパゴスに陥りやすいのと大違いだ)。
また、通常の軍関連の製造企業でなく、ベンチャー企業にも対象を拡大して、プログラムを提供している点も、こういったドローンというデバイスに関するトレンドをよく理解している(ここも日本と大きく異なる部分だ)。
このプロセスを通じ、Blue sUASと名付けられた形で、2020年9月には米国国防総省全体において、選択された5つの企業から小型のアメリカ製ドローンを購入できるようになったのだ。その5つの企業は、Altavian、Parrot、Skydio、Teal、Vantage Roboticsとなる。
この取り組みにより、アメリカはPublic Safetyなど、「ドローンのパーソナル携帯化」に向けての、DJI Mavic相当の自国内機体開発製造に成功し、Public Safetyを中心とした領域でのDJIの使用禁止という法案が実効性を帯び、2020年末のDJIの禁輸リスト入りを推進することができたのだ。
これは米国企業のDJIへの輸出を禁じたもので、必ずしも米国への輸入を禁止したものではないため、即座にDJI機が米国で購入できないといったことを示すものではないが、例えば、インテルやNVIDIAなどのチップだけでなく、AppleのApp Storeでのアプリケーションの新規アプリのディストリビューションができなくなるなど、結果的にはDJIとしては相当影響がある措置となるであろう。そういった意味では日本にも影響がある。
日本においても、セキュリティといった観点で中国機体の排除という流れになっているが、アメリカでのこういった周到な戦略のもとに進められてきたことを学び、きちんと戦略を持って進めていく必要がある。
Drone3.0(ドローンプラットフォームの争い)2021年~
米国において、DJI機体の対抗機体の開発に力を注いできたが、そのメインではドローンプラットフォームを構築することが重要であり、それは、全世界を席巻しているGAFAMがコンスーマーの情報をプラットフォームで絡め取ったというところにあるからだ。
先にも記したようにこのドローンプラットフォームは、フィールド(農業、建設業など)を中心とした業務での自律ロボティクスのプラットフォームの基礎として重要なものだ。いわば、フィールドでのDX(デジタルトランスフォーメーション)の要ともいえよう。
このプラットフォームの内容は、機体管理と情報処理に分かれる。そして、それは両方ともフィールドでの業務にとって、非常に重要なものだからだ。
ドローンプラットフォームに関して、分かりにくいところがあるので具体的な例を挙げたい。2019年に深センを訪れたときに多くのドローン関連企業を訪問したが、その中で一番驚かされたのはXAGの本社に行ったときだった。XAGは中国政府の支援もあり、農薬散布ドローンとして中国で一番シェアが高い(70%にもおよぶときいた)企業だ。
その本社の広い展示スペースにある大きなタッチパネル型のディスプレイに映されていたのは、XAGの各農薬散布ドローンが撒いた農薬散布のログ(リアルタイムも含む)であった。それをみれば、どの田んぼが何月何日にどんな農薬をどのぐらい撒いたということは分かるということであった。
このXAGのドローン機体情報を通じて、ある地域はどのぐらいの作付であるということや、どのぐらいの農薬を撒いているかといったこともすぐに把握することができる。これは確実にその作物の買い手にとって、重要な情報であることが理解でき、様々な全体の農地管理に応用できるだろう(これは中国という国だから可能ということであるけれど、今後フィールド業務のDX化において、非常に示唆に富んだものであった)。
この事例において、機体の飛行ログが機体管理であり、農薬の種類や散布量などが情報処理となる。いわば、XAGはその導入率に応じて、中国における農地や農作物のデータを握るということになる。まさにこれこそがプラットフォーム戦略である。
このプラットフォーム戦略においても、米国はDJI機体の対抗機体の開発の裏側で進めてきた。ここでキーになるのは先のSRRの要求仕様にもあったオープンソースである。2019年8月、SRRプログラムにも登場したthe Defense Innovation Unit(DIU)はスイスのベンチャー企業であるAuterionに200万ドルの取引を発表した。
Auterionは、Pixhawkの生みの親でPX4設立者であるLorenz Meier氏と、カリフォルニア大学バークレー校のMBA取得者でシリコンバレー出身のドローン業界のベテランSatori氏によって共同設立されたが、オープンソースのフライトコードであるPX4上に構築されたエンタープライズ向けオペレーティングシステムを提供し、安全でサイバーセキュアかつ規約に準拠した動作を可能にすることを目的の一つとしている。
そして、ドローン上で実行されるソフトウェア、デバイスとフリート管理のためのクラウドベースの分析スイート、エンタープライズ顧客のサクセスプログラムをサブスクリプションサービス(SaaS)で提供する。
DIUからの資金提供を受けて、プラットフォームのサイバーセキュリティ、ユーザーインターフェイス、通信プロトコル、コンピュータービジョンシステムの改善を実施した。こういった形で、米国は機体だけでなく、プラットフォーム戦略もDJI対抗で進めていった。そのベース作りが終わり、この2001年から本格化してきて、そこでも様々な競争原理が起きてくるだろう。
一方、日本に目を向けた場合、ドローンプラットフォーム戦略は弱く、ドローンだけでなく、今後の自律ロボティクスにおける優位性をどうやって築いていくかは不透明だ。
筆者がCEOを務めるドローン・ジャパンは、この5月11日にPX4に並ぶオープンソースのフライトコードであるArdupilotの第一人者であるRandy Mackay氏とともに「アルデュエックス・ジャパン」を設立した。
「アルデュエックス・ジャパン」では、機体制御の開発支援を主な業務としているが、これは米国と同様に、日本政府の中でもセキュリティ上の観点の中でDJI機の使用制限の指針が出る中で、DJIのフライトコントローラー(FC)を使用している機体メーカーがDJIのFCからのシフトを行うニーズが増えてきていることや、ユーザー企業においても実証実験から実用化に進むにつれ、DJI機の使用を避けたいという案件が増えており、そういったシフトを支援するとともに、そのセキュリティや冗長性を高めていきたいという目的がある。
また、ドローン・ジャパンでも機体管理を中心としたオープンソースプラットフォームの構築を行っていきながら、世界での動きにキャッチアップする中で、日本でのプラットフォーム戦略の推進に貢献していきたいと考えている。