DJIの戦略を辿る
DJIがMatrice 300 RTKを発表した。このDrone.jpのサイト上でもレビュー記事が掲載され、その内容も上々だ。
- Advertisement -
私自身も実機を見ることが出来たが、現時点で特に検査用途の機体として最高峰であるといえる。
- Advertisement -
ドローンの状況を追う人たちにとっては、DJIの状況はいつでも気にする必要がある。その製品発表はもちろんではあるが、その製品発表の背景にある戦略を探ることはより重要だ。
「プロスーマー」市場の獲得
DJIは2005年に創業されたが、2014年ぐらいからPhantomが空撮好きのプロスーマーを中心に拡がっていた。その頃はまだ、いわゆる「コンスーマー用途」ということで、「産業用途」をあまり意識したものではなかった。この頃から、シェアは圧倒的であったが、Parrotなどライバル企業がそこに存していた。
そこでDJIにとって、1番のライバルになり得た存在が3DRであった。Phantomに対抗する形で、3D RoboticsがSOLOを2015年に投下し、自動航行などより自律性が高く、価格競争力の高い機体を展開してきたのだ。しかし、その戦いはあっけなかった。
その機体は飛行の不安定さが残り、また、戦いのヤマであった2015年のクリスマスシーズンには、DJIは当時のPhantom3 Proの値段を落とし、クリスマスシーズンに勝利を収めるだけでなく、2016年初めにはその後継機であるPhantom4を発表し、一気に決着をつけた。2015年のクリスマスシーズンで負けた3D Roboticsは、大量の在庫を残し、2016年にはドローンのハードウェアビジネスから撤退した。
- Advertisement -
また、その後の3D Roboticsの復活は以下。
DJIはそのライバルたちを蹴散らすとともに、使用ユーザーのドローンからのフィードバックを活かしながら、より安定的な自律性を獲得していったのだ。
ここまでがドローン黎明期での、特にコンスーマー市場でのDJIの戦い方だった。そういった意味では、非常にシンプルな、ライバルに対抗しより良いものをより安く展開するという戦略だ。
「プロ空撮」市場の獲得
2015年から、ドローン市場の中心がコンスーマー用途から産業用途に移行する中で、最初に手掛けたのは、プロ空撮市場におけるInspire 1の投入だった。2015年に筆者が参加したInterDroneにおいての筆者自身のDJIの感想は以下であった。
ドローン産業の中心が、民生から商用に変化する中において、Dronecodeのプラチナスポンサーである3D RoboticsとYuneecのDJI包囲網という姿でした。DJIも最近、Matrice100で、開発者向けの機体の展開を始めましたが、米国においては、その戦略はまだ中途半端という印象を与えています(今回のInterDroneでも、DJIが発表したのは、ZENMUSE X5シリーズという、空撮機としての現状の最高峰であるInspire 1のカメラシステムのアップグレードであったというのは、どこか象徴的なものでありました)。
しかし、結果的にはそこにあったプロ空撮の市場(映画やCMなどのハイエンドなプロ空撮市場に至るまで)において、このZENMUSE X5シリーズの投入は大きな効果があり、それまで1眼レフカメラなどを搭載していた市場は、一気にDJIにシフトしたのだった。
ここでやはり注目すべき点は、DJIは単なるドローンの機体メーカーというだけでなく、ジンバルのメーカーであり、カメラのメーカーであるということだった。ここでそれまでのドローンの産業用途で重要であったプロ空撮の市場において、DJIがそのシェアをより高めたのは大きかった。こういった彼らの強み(ジンバルやカメラ開発)を活かす戦略は他のドローン機体メーカーには持てないものであり、その後も、その強みをより活かす形で、その強さを拡大していっている。
その代表例は、スウェーデンのカメラメーカー、ハッセルブラッドの買収や、デジタルカメラ市場がスマホ市場に食われる形で市場規模が小さくなっていく中で、日本の多くのカメラ技術者を雇用していったことだろう。
「産業用途」市場への本格参入
プロ空撮の市場はそれなりの大きさはあるが、2016年に筆者が執筆した「ドローンビジネス調査報告書2016」において、空撮市場より市場規模を大きく予想していたのは、農業や測量、検査といった市場であった。
当時、この「ドローンビジネス調査報告書2016」はDJIのHQでの会議で参考にされたようで、DJI JAPANから、これらの数字の背景などを聞かれたものだ。その中でDJIが示した戦略は2つだ。
「農業」においては、DJI初の産業専用機である農薬散布ドローンの開発、その他の分野に関しては、サービス開発者用機体であるMatriceラインナップの強化だ。農薬散布に関しては、ヤマハの無人ヘリ機が世界の中でも先行していた事例であり、また、稲作が中心であるといった点もあり、様々な要素に関して技術だけでなくユーザビリティといった点に関しても日本でのフィードバックを大切にした。
2020年現在、日本では農業機械の最大手のクボタと組んで展開していることもあり、日本でのシェアはNO.1で50%を超えていると思われる。一方、測量や検査という市場に関しては、その領域でのサービサーが動きやすいように、Matriceといったサービス開発者向けの機体を充実させていくとともに、SDKを充実していった。
このSDKの充実は日本市場よりも欧米市場において、パートナーを増やしていく形となった。それは例えば、ハードウェアを撤退した3D Roboticsが今ではDJI SDKを活用し、パートナーの1社となっているということだ。
こういったサービス開発を行うパートナーへの展開は、その他の産業用途に特化した機体メーカーにとって、リソース配分も含めて非常に困難であり、欧米や中国ではオープンソース系のフライトコードを活用する中で、そういった拡張戦略を取ろうとしている。
「Public Safety」への展開
「ドローンビジネス調査報告書2018」の取材時にDJIにインタビューした際、以下を聞いた。
ドローンの機体市場において寡占状態にあるDJIの本社は、世界に向けた戦略として、「Public Safety」での浸透をプライオリティの1番に掲げている。「Public Safety」での浸透とは、警察官や消防士といった業務を行う各人一人一人にドローンを携帯させるということを意味する。
事故、事件、火災などの現場における状況管理や犯人追跡等にドローンを活用していくということだ。こういった方向性もあり、DJIはMavic Airなどの小型で性能が高い機体の開発に特に注力している。
いわば、これは「ドローンの業務パーソナル携帯化」を示しており、その用途開拓に成功すれば、導入台数のベースも格段に大きくなる。この頃から、DJIはMavicシリーズをエンタープライズ領域で使えるように様々な開発を行ってきた。
また、その戦略の中で、2018年6月にはアメリカのテーザー銃と警察用ボディカメラのメーカーであるアクソンと警察・公安向けのドローン販売で独占的なパートナーシップを結び、2018年時点では機種が特定された約627の公安機関のうち523機関がDJIのドローンを保有してトップシェアを占めた(バード大学の調査)。
しかし、一方で米国議会の中で、いわゆる「中国リスク」という形でDJIがそこに含まれるといった中での圧力も顕在化してきた。ただ、その中でDJIはそのユーザビリティに注力し、使用者や管理者が使いやすいシステムにしてきたのは、これもその他のドローン機体メーカーは見習うべきことであろう。
現在における究極な検査用機体「Matrice 300 RTK+H20T」
現状、ある一定エリアにおける「写真測量」機体のベストは「Phantom 4 RTK」であろう。また、これも後出しじゃんけん的というか、出るべくして出た「農業リモートセンシング」専用機体のベストは「Phantom4-M」であろう。
2016年当時、まだ、コンスーマー志向が強かったDJI JAPANと議論した「農業」「測量」エリアにおいて、そのベスト機がDJIに占められてきているのは、流石というより他ない。そして、「検査」エリアにおいてもそのベスト機が登場した。
それが、「Matrice 300 RTK+H20T」だ。これはDJIの機体技術とカメラおよびジンバル技術が結集したものだ。「M300 RTK」そのものは安定性やリスク管理という点において、優れた機体であることに他ならないが、やはり傑出しているのは「H20T」との連携されたシステム性である。ここにはある意味、DJIのカメラ事業の凄さも集約している。
検査の目的は、当たり前であるがドローンを飛行させることではなく、その対象物の点検レポートを作成し、修繕計画を策定することである。その目的に関して、この「Matrice 300 RTK+H20T」は現状ベストで究極である。検査で活用しようとしている企業は、この機体をすぐにでも評価したほうがいい。今までの課題の多くをクリアしていることに気づくだろう。
DJIの「次の戦略」を予想する
おそらく、現在DJIが意識しているのは「Skydio 2」であろう。「Skydio 2」は機体性能も高いが、その凄さはnVidiaのGPUを活用したSLAMなどのテクノロジーとの融合だ。そのテクノロジーにより、複雑な衝突回避や室内などの非GPS環境化での自律飛行を実現している。
DJIはこれまで画像情報を中心に高度な自律処理を行ってきた。それはやはりカメラメーカーであるところのアプローチであっただろう。衝突回避はともあれ、非GPS環境化での安定的な自律飛行および目的に応じた情報取得といったものは、DJIが現在一番開発に力を入れているポイントだろう。
個人的には、このDJIという会社は画像処理を活かす形で、それを実現していくのではないかと思っている。そして、それは思いがけない方法で行ってくるのではないかとも想像する。もう一つ、個人的に気になるのは陸上型Roverであるが、今回はこの辺でやめておきたい。