ロシアによるウクライナ侵攻は2022年2月24日に始まり3年半を過ぎたいまだ停戦に至らず、世界はドローンと無人機の存在を無視できないようになった。日本でも2025年8月、防衛省が沿岸防衛へ「SHIELD(シールド)」と名付けた無人機活用構想を公表した。そこから時間を遡ること5年前、無人機の台頭やSHIELDの登場を予期したとも言えるジオラマが国際航空ショーで展示されていた。IAI(イスラエル・エアロスペース・インダストリーズ)による「エリア・ディフェンス」だ。このジオラマからウクライナ侵攻を経てSHIELDへ、日本の安全保障体制を強固にするには何を考えていけばよいか。なお、拙稿では便宜上、徘徊型や自爆型ドローンを「ドローン」とし、長時間の滞空により偵察監視や攻撃を行うUAV(Unmanned Aerial Vehicle)を「無人機」と記した。
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登場したのはヘロンやハロップ、カタナ
ジオラマが展示されたのは世界中が新型コロナ(COVID-19)禍に入りかけた2020年2月、シンガポール航空ショーだった。大きさは畳3枚分ほど。IAI作のジオラマ「エリア・ディフェンス」は馬蹄型の陸地に囲まれた湾があり、湾奥にコンテナ積出港と工場、原子力発電所と思われるミニチュア模型が置かれていた。岬となる陸地部分の端に地対空ミサイルと監視レーダーが配され、洋上に戦闘艦、立てたポール上に人工衛星や有人哨戒機の模型も“飛んで”いた。
ジオラマが見せたストーリーは簡単だった。タッチパネルで番号を選ぶとドローンや無人機のアニメーションが壁の上部にかかったスクリーンに現れて動く。「排他的経済水域防護」のボタンを押せば、スクリーンに洋上のオイル・リグに備え付けられたレーダーが現れるとともにジオラマの湾に排他的経済水域を示す点線が表示され、スクリーンの左側に映された小窓に民間ヨットや艦船が次々と映し出される。同時に右側の小窓に、「超水平線レーダー」「無人偵察機ヘロン・マークⅡが上空から洋上監視中」など稼働中の設備や無人機が紹介される。海上を疾走する無人哨戒艇「カタナ」も現れる。民間ヨットには安全を示す「識別完了」が灯るが艦船は敵という設定なのだろう、危険を示す「要警戒」の文字が光り、スクリーンに現れた徘徊型ドローンの「ハロップ」や艦船搭載可能な「ミニ・ハーピー」が攻撃態勢に入る。
ジオラマには、ほかに「港湾防御」や「海上戦」といったシナリオもあり、各々の上映時間は1分間ほど。やはり、これらもドローンと無人機が監視の末に敵を識別し攻撃を行っていた
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展示は「防護パッケージ」として示したが
ドローンと無人機を主役にしたこのジオラマは、様々な大きさと操縦方法を持つドローンや無人機が攻防を繰り広げているのがウクライナ侵攻と似通っている。敵を攻撃したハロップは対レーダー・ドローンでIAIの資料によると、徘徊型兵器として35年以上の歴史を持つハーピーを基に開発された。一方、「ミニ」が付くハーピーの方は滞空時間が1時間ほど。弾頭重量は7kgで地上では戦車など移動目標へ使用できるという。当時、ジオラマの傍らにいたIAIの社員は「(重要なインフラを守る)パッケージ、そしてソリューション(回答)として展示した」と語っていた。

攻撃型ドローンと同じように、偵察・監視用無人機も相手の出方を伺い危険の兆候を掴み、敵を殺ぐのに欠かせない。ジオラマでは海上はカタナ、上空ではヘロン・マークⅡがその役割だった。MALE(Medium Altitude Long Endurance:中高度長時間滞空型)に分類されるタクティカル・ヘロンの新バージョンだったヘロン・マークⅡの巡航高度は35,000ft(約10,700m)。滞空時間は約45時間とIAIは誇示する。長時間飛行が可能な無人機に有人機が敵うはずはない。一方、カタナは全長約12mのモーターボートと言える高速を発揮できる外観で、IAIの資料によれば、最高速度は時速60ノット(約110km)を出すことができ、有人の場合は5人を乗せることもできる哨戒艇という。
より大量に、そして作戦は劇的に
もちろん、ジオラマは想定される有事を簡略化して表したに過ぎず、ウクライナ侵攻を予見してもいなかった。しかし、現在、海外の報道も合わせると、ロシアによる大量のドローンによる攻撃は数多行われ、1日あたり数百発の時もあると言われている。既存のドローンの速度を数倍に向上させたタイプも投入されたと報道されてもいる。ウクライナも負けてはおらず、2025年6月1日に「クモの巣」作戦と名付けた、ロシア領内から発進させたドローンによる奇襲攻撃でTu95やTu160爆撃機などへ大きな損害を与えたのは承知の通りだ。こちらで使われたドローンは117機だったが、小型ドローン対大型爆撃機の作戦は費用対効果も含めて大成功であったのは間違いない。最近の英国王立防衛安全保障研究所(RUSI)の論文は、ロシア軍の損害の3分の2はウクライナのドローンによるとされ、ほかの兵器の2倍の効果があるとしている。
そして、日本に目を移せば、ウクライナよりもIAIの「エリア・ディフェンス」のコンセプトが一層の迫真性を帯びていると容易に分かる。四方を海に囲まれているからだ。そう思えば、ジオラマの沿岸部に置かれた原子力発電所の模型は、ドローン・無人機の攻撃目標になりやすいと不安を覚えざるを得ない。

そして自衛隊も、現実への対応へ何を考えるのか
四方を海に囲また日本で、空と海の守りを如何に強固かつコストを抑えて構築すべきか。防衛省が2025年8月に令和8年度予算案の概算要求として公表した沿岸防御構想「SHIELD(シールド)」が答えであるのは明らかだ。「Synchronized Hybrid Integrated and Enhanced Littoral Defense」。直訳すれば「組み合わせを同期させ統合し、そして強化した沿岸防衛」となる。「盾」に語呂を合わせたのでもあろう構想のイメージ図は、まるでIAIのジオラマとつながっているかのように、岬の先端部分が図の右側に描かれている。正式な来年度予算としてどれほどの額が認められるかはさておき、構想の詳細は明らかになっていないが、そろえる無人機は恐らく国外メーカーが中心になると思われる。2025年8月に中谷防衛相のトルコ訪問時に、偵察攻撃用無人機バイラクタルTB2に関心が集まったが、これはSHIELD構想の一端が現れているのかもしれない。
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ただし、ウクライナ侵攻で顕在化し、そしてジオラマの簡略化されたシナリオでは描かれなかった特徴がある。大量のドローンによる一斉攻撃だ。特に小型ドローンは、有人機に比べて製造費はかからず短期間で大量生産できるだけに、1機ごとの炸薬搭載量は小さくとも厄介だ。IAIのジオラマ「エリア・ディフェンス」は文字通り、重要施設のある特定区域(エリア)が対象だったが、ウクライナ侵攻は監視機器をより広範囲に配備し対ドローン兵器も様々に揃えなければならないことを明瞭に示した。ドローン防護策を考え出すのに終わりはない。
ならばIAIは現在どんな対抗策を考え、日本はそれをウクライナでの実例も合わせてどのように参考に出来るのか。ウクライナ侵攻勃発後に探る機会をうかがっていたものの、2024年のシンガポール航空ショーではジオラマ自体の展示がなく、2025年6月のパリ航空ショーで聞く機会があるかと考えていたものの、ショー開催直前に起きたイスラエルとイランによるミサイルと無人機による攻撃の応酬により、仏がIAIを含めたイスラエル企業すべての展示をシャットアウトしたため、ブースを見ることさえかなわなかった。
IAI、そしてイスラエルは如何にコストを抑えて大量のドローンを効率的に防御するか、今も知恵を絞っているのは間違いない。イスラエルを取り巻く国際環境も重ねれば懸命になって見つけようとしているのは確かであり、日本もドローンと無人機を活用した防衛策の構築が急がれる。