ANAホールディングス(HD)は8月5日、米国のジョビー・アビエーションとエアタクシーの提供に向けて、合弁会社の設立を本格的に検討することで基本合意したと発表した。日本航空も同じように、空飛ぶクルマの商用運航の実現へ力を注いでいる。国内航空会社の2強として何かにつけてサービスが比較され注目されるJALとANAだが、いずれは空飛ぶクルマでも両社が激突するかもしれない。その時、まず首都圏で主戦場となるのは、これも羽田と常に比べられるうえ、東京都心から遠いとされる成田国際空港(千葉県)かもしれない。
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ANAとJALの取り組み
ANAとジョビーの基本合意は、将来的に100機以上の機体を導入し日本全国への展開を目指すことを中心にしている。ANAは既に2027年度でのジョビー製の機体を使ったエアタクシーの実現を公にしており、8月5日の発表はその延長線上にあるといえよう。発表にあるANAHDの芝田浩二・代表取締役のコメントは、「エアタクシー事業は、社会課題解決に貢献する『空の移動革命』。航空機の安全運航を堅持してきたANAのノウハウを活かして、新たな空の移動を創造していく」としている。
JALも既に2024年6月に住友商事と50%ずつ出資し、空飛ぶクルマの運送事業へSoracle(ソラクル)を設立し、2027年の商用運航を目指している。Soracleは2024年11月、こちらも最大100機分の予約注文を米アーチャー・アビエーションへ行っている。日本航空の公式サイトではエアタクシーを含めたドローン(無人機)のページがあり、Soracle は2027年にまず関西で商用運航の開始を目指すと報道もされている。一方、将来の無線操縦無人機では、米国に本社を置くウィスク・エアロとも連携している。新しい交通形態実現とさらにその先へ、2メーカーへ声をかける冗長性の確保はJALの姿勢の表れなのだろう。

JALを追ったANA、ANAになった?JAL
国内航空会社としての輸送力が如何に2社は大きいか。2024年度の国際線・国内線の輸送実績は、ANAが国際線が807万2715人、国内線は3907万8787人。JALが国際線は758万4000人、国内線は3612万7000人となっていることからも分かる(共に2025年5月の両社報道資料より)。もっとも成り立ちは異なり社風も違う。ANAは2機のヘリコプターを持つ日本ヘリコプター輸送(通称日ペリ)から始まり、日本航空は1951年に資本金1億円をもって生まれ、2年後に日本航空株式会社法が設立・公布されている。それゆえにANAはJALに追いつき追い越せを心に抱いて成長し今に至る。ただし、旅客へのサービスに見せる姿勢は、JALは、2010年の経営破綻後は再生へアグレッシブになり似通ってきたと言えよう。それは搭乗時、客室乗務員の接客を見れば分かる。かつてのJALの客室乗務員はどことなくすましたように見受けられたが、近年ははきはきした受け答えが多く、ANAの客室乗務員のそれに重なっている。
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最前線で働く社員の立ち振る舞いこそ、企業の意気を示すものはない。それゆえ新しいサービスとなるエアタクシー=空飛ぶクルマでも両社の旅客争奪戦はあり得る。少子高齢化で国内線需要は頭打ちのため、旅客の取り込みを加速させたい。空港までの移動時間の短縮は旅客にとって大きな魅力ゆえに、両社が空飛ぶクルマへ目を向けるのは自然な流れだ。空港が自宅から遠ければ遠いほど、地上の交通機関よりも速度や経路で空飛ぶクルマは優位に立つ。成田空港と都心間は約60km。羽田に比べて遠い成田空港へのアクセスは空飛ぶクルマでの改善効果が大きい。利便性の向上は、空港利用客の増加へ寄与し将来的には便数の増加にもつながる。そして、成田空港は現在、2029年の第3滑走路供用や平行滑走路の延長などの機能強化により、羽田空港と首都圏の年間発着数100万回を分け合うことになる。

JALとANAが共同で取り組むべきものは
ANAは国際定期便への進出が1986年だったことから、既に1978年に開港した成田空港(当時は新東京国際空港)はJALの牙城になっていた。ANAはこのため、以前は羽田空港への国際線回帰を心に潜ませていたが、成田空港の拡大を自社の路線展開へ活かさない手はない。けれど、都心からの遠距離は変わらない。それを解消するのが空飛ぶクルマだ。投入されれば、東京都心と成田空港間を10~20分程度で結ぶと言われ、これなら、都心から羽田空港へ向かうよりも短時間で到着できるだろう。
しのぎを削り一時たりとも気が抜けない2社の競争は、航空業界へどのような影響をもたらすのだろう。実は競争と言いつつも、両社を含めた航空各社は、飛行中に予測される乱気流など気象条件の把握など運航面では協力し合ってもいる。安全運航は旅客運送の基本にして、決して外せないためだ。
これがエアタクシーで活かされるのは、まずは低高度の気象への知見の確保ではないか。航空会社と気象予測は切っても切れない間柄だが、それは離陸すればすぐに高度1万mまで上昇するため高空気象であって、低高度の気象の変化は空港周辺にとどまっていたともいえる。しかし、空飛ぶクルマの巡航高度は旅客機と異なり低く、ルートによっては山などの地形やビル群の影響を特に風は受けやすくなる。早期の安全運航の確保へ、2社が一緒に気象情報と空港ごとに異なる天気の特徴を把握、吸収していけば1社で行うより実績を重ねることができる。
一方、発着場となるバーティポートについては、他業種と提携し設置場所を模索しているようだが、これも特に大都市では、足並みをそろえて設けた方が利用者へ周知を図りやすいのではないだろうか。
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福音は成田の後はKIXとセントレアから?
空飛ぶクルマの成田や羽田での早期の定着は他の空港への拡大へ追い風になる。続くのは関西国際空港と中部国際空港だろう。前者は大阪市の中心部から約50kmあるうえ、神戸空港と伊丹空港とのアクセスでも活用したい。後者は名古屋市内から約40kmあると言われているから、こちらも地上の交通機関より空飛ぶクルマは活躍しそうだ。JALもANAも100機をそろえるとしているから、順次地方空港でエアタクシーを導入していくのだろう。これにはANAはこれまでに張った国内路線網及び地方経済界とのコネクションが役立つと思われる。そうすると、かつては国際線が主体だったJALは対抗へどんな手を練るのか。JALは超音速旅客機の実現を目指す米スタートアップ企業のブームにも出資しているのを見ると、旅客の自宅から目的地までのすべてで交通革命を行おうとしているように思える。それだけにエアタクシーを活用へJALのグループとしての詳細な戦略が明らかになるのが待たれる。
エアタクシー=空飛ぶクルマはJALとANAの旅客増へ貢献し、いずれは国内の他の航空会社の参入もあり得るだろう。参入が進まなければ、2強とそれ以外の航空会社の輸送実績の差は広がり、多様な競争力による旅客の利便性向上と旅客増へ支障が出るかもしれない。
JALとANAともに「成功した場合」への先行投資ではなく、「成功させる」ための投資として空飛ぶクルマに臨んでいる。JALは経営破綻後の再生へアグレッシブになったと前記したが、かつてJALとANAの新規事業への姿勢の差を示した例に、2000年前後に世界で起きた航空連合への加盟があった。国際線への進出がJALより遅かったANAは、「海外のメガキャリアに飲み込まれるのではないか」との心配を押し切り、1999年にスターアライアンスへ加盟し今を築いている。一方、JALはワンワールドに加盟したものの、決断は自社での国際路線網を築いていたために時間がかかり、実現したのは2007年だった。仮にいまもいずれかの航空連合に加盟していなければ、JALはマイレージなどのサービスで航空業界の潮流に乗り遅れたかもしれない。
しかし、空飛ぶクルマにおいては、両社もそして、世界の航空会社も態勢を現在構築中だ。2強のJALとANAが嚆矢となり国内各航空会社が続き、日本の交通社会の活性化へつながることを期待したい。
