前回ほどの「浮かれ」気分は影を潜める
海外では主にeVTOL(電動垂直離着陸機)と呼ばれる空飛ぶクルマへの期待値は下がったのか。6月16~22日に開催されたパリ航空ショーを前回と見比べれば、あり得るかもしれない。2023年に開かれた第54回では専用の展示エリアが屋内に設けられて世界の各メーカーが実物大模型を並べ、屋外では他社に先駆けて独のボロコプターが飛んだ。展示エリアの入り口前に置かれた自動車をつり上げた奇妙なオブジェは浮かれ気分とも思えた半面、期待を示すものだったのは間違いない。
- Advertisement -


しかし、空飛ぶクルマは当初から航空関係者を中心に懐疑的に見られてきたのも事実だ。陸上自衛隊が7月9日に佐賀駐屯地(佐賀市)に配備したV-22オスプレイ輸送機は、祖となる実験用ティルトローター機から30年以上を経て初飛行し実用化された。ヘリコプターも強風や視界などの条件に運航は左右される。空飛ぶクルマは、これら同じ垂直離着陸機より柔軟かつ高頻度に、そして安価に交通を担うことができるのか、といった疑問だ。
開発も運航も初期投資や熟練者不在への不安はあり壁は高く厚い。既に、独リリウムに加え、ボロコプターも会社清算の憂き目に遭っている。
展示各社の様子は
第55回のパリ航空ショーでは空飛ぶクルマの専用展示エリアはなかった。しかし、広い会場に前回と同じほどの出展を見つけることはできた。米国アーチャーとウィスク・エアロ、ブラジルのイブ・エア・モビリティ、中国のイーハンは実物大模型や実車を展示。ほかには、米ベータ・テクロジーズの滑走路を使って通常の発着をする電動航空機アリアCX300なども目に付いた。アリアCX300は垂直離着陸型も考えられているので、こちらのVTOL型は空飛ぶクルマといってよいだろう。
- Advertisement -
それらの中で、会場入り口近くに置かれたこともあり、多くの来場者の目を集めたのがアーチャーのミッドナイトかもしれない。車内を覗くと運転席は航空機とほぼ同じ航法機器をそろえた操縦用画面があり、左右にある操縦スティックはハイテク戦闘機・旅客機と同じ配置だ。右が機体の姿勢を司り左はプロペラの回転数の調整用だろう。社員の説明によると、主要構造はアルミナ(酸化アルミニウム)と複合材製で最先端の両素材により、軽量と強靭さを両立させている。


乗客用4人分の座席はクッションが程よい固さであるが、軽量化を図るためだろう。高級車のような至れり尽くせりの装飾などはなく、電動リクライニングもないように見えた。車内の幅は日本車の5ナンバーか軽自動車ほど。
社員は、現在は米国連邦航空局(FAA)の認可に向けて議論を重ねているとし、「11月にアラブ首長国連邦(UAE)のドバイで開かれる航空ショーへは2機を持ち込み、展示飛行をしたい。7月にも日本で機体を公開します」とも語っていたが、この言葉通り、7月10日にソラクル(東京都中央区)が大阪・関西万博でミッドナイトを報道陣に公開した。
イブ・エア・モビリティも覇を競うように、ショー開催前日の6月15日に50機の発注契約を結んだと発表。相手はブラジルの都市型エアモビリティ事業者のレヴォ(Revo)とその親会社のOHIで、さらにショー後の6月30日にも、やはり最大50機の販売と保守への基本合意書を中米コスタリカでの運航に向けてeVTOL事業者および着陸場運営会社と結んでいる。

イブは既に世界で実質1社となった100人乗りリージョナルジェット旅客機のメーカー、エンブラエルの傘下だけに旅客機セールスで培ったノウハウと人脈を生かしているのは確実で、ビジネスモデルの構築という点で強靭さを得ているように見えた。
- Advertisement -
その一方、操縦士を乗せない自律型飛行を目指すイーハンはEH216-Sを屋外に置いたものの社員がそばにいないときもあり、アピールという点ではいささか地味に映った。ただ、ドアは開けられ車内は自由に見ることができ、その運転席は完全無人の自律飛行を目指しているだけに操縦用画面はあるものの非常に簡素で、2人掛けの乗客用の座席もシンプルなものだった。

日本でも進む実験や資金調達
機体ばかりに傾注しても、周辺環境の構築も同時に進めなければ運航は成り立たない。
2023年に米航空機メーカー、ボーイングの傘下に入ったウィスク・エアロはショー初日の16日、JALエンジニアリングと石川県加賀市とともに、自律飛行の社会実装と普及への関連法確立に向けた実証飛行を行う基本合意書の締結を発表した。伝統工芸品である九谷焼発祥の地として知られる加賀市は緑豊かな土地でもあるが国家戦略特区のデジタル田園健康特区でもある。こうした取り組みを踏まえて、次世代の交通手段である空飛ぶクルマの実験の地に白羽の矢が立てられたのであろう。

ウィスク・エアロは現在、無人操縦による2020年代後半の乗客輸送を目標に掲げているが、「初飛行へ近づいている」としている車体は、2010年に研究を始めて以降続けてきた歴代試験機の中で最新の第6世代機になる。イブ・エア・モビリティと同じように、大手メーカー傘下であることは“集客”へ有利に働くのであろう。ボーイングの屋外施設のすぐ近くにある専用展示場では多くの来場者が派手な黄色の機体に見入っていた。
こうした経済的バックボーンは言うまでもなく事業継続に欠かせない。スカイドライブ(愛知県豊田市)は、前回のパリ航空ショーでは仏電機大手のタレスと飛行制御システムの供給契約を発表したが、今回はショー後の7月4日にJR九州との資本業務提携と自動車メーカーのスズキやJR東日本などから総額83億円の資金調達を発表した。
提携は資金調達のみならず、鉄道との接続も視野に入れた利便性の高い交通体系の実現を描いているのは確かだ。普及へ関係者が指摘するのは車体の開発だけではなく、「バーティポート(vertiport)」と呼ぶ専用発着場の整備だ。発着のみが可能な小規模から、旅客施設や整備と修理用施設を持つ大規模なものまで発着場を整備していかなければ普及はおぼつかない。JR各社などがこれまでに培った土地開発へのノウハウがこれに活用されるのは間違いない。
強固な意志を持った社だけが生き残る
第55回パリ航空ショーで得た実感は、熱気の消失よりも、実現へ高い意志を持ちつつ足元を踏み固めながら進んでいる各企業の姿だった。
7月の日本へ視点を移せば、大阪・関西万博で4月に起きた部品落下により中止されていた、米リフト・エアクラフトのヘクサの展示飛行も再開すると8日に発表された。スカイドライブや米ジョビー・アビエーションなどの展示飛行も7月から9、10月にかけて予定されているという。部品落下については、航空機も成田国際空港(千葉県)では着陸機からの氷や部品の落下を防ぐために、陸地に入る前の洋上で脚を下げているほど気を使うものである。空飛ぶクルマも信頼性を高めるために落下物防止が欠かせないのは間違いない。
ウィスク・エアロの展示場では、素朴な疑問として、なぜいずれの空飛ぶクルマもV-22オスプレイやヘリコプターに比べて多数のプロペラをなぜ備えているか、社員に聞いてみた。答えは「安全を確保する冗長性(複数の手段の確保)のため」だった。安全性も確保されたうえでの定時運航やエア・タクシーとしての柔軟な飛行へ、強固な意志を持った社だけが生き残るのだろう。