深刻度を増す農作物の病害虫問題
農作物が収穫できるようになるまで、農家はさまざまな問題に対処しなければならないが、そのひとつが病害虫の問題だ。農林水産省から発表されている資料によれば、何の対策も取らなかった場合、病害虫によって出荷金額が大幅に減少する恐れがある。
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その平均減益率は、水稲で30%、大豆で34%程度だが、きゅうりや大根では60%、リンゴに至っては99%にも達している。病害虫によって1年間の苦労が水の泡、などということもあり得るのだ。
特に近年は、気候変動の影響で病害虫の発生パターンが変化している。特定の害虫がこれまで見られなかった地域で発生したり、発生時期が早まったりするケースが増えている。また外来の害虫が日本に紛れ込み、温暖化によって冬の厳しさが和らいだことで、越冬して繁殖するようになったというケースも見られる。
たとえは農作物の害虫ではないが、セアカゴケグモ(熱帯地方原産の毒蜘蛛)が日本でも多数確認されるようになり、大きく報道されたことは記憶に新しい。
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もうひとつ日本において懸念されるのが、農業従事者の高齢化と担い手不足の問題だ。前述の農林水産省の資料によれば、2020年の時点で基幹的農業従事者の平均年齢は67.8歳に達しており、60歳以下の従事者は全体の半数にも満たない状況となっている。
この傾向は、きめ細かな病害虫対策の実施を困難にし、経験豊富な農家の減少は対策ノウハウの継承にも影響を与えている。
これらの複合的な要因により、日本の農業における病害虫対策は転換期を迎えている。従来の方法だけでは十分な対応が困難となっており、新たな技術や手法の導入が急務となっている状況だ。
そうした新しい技術のひとつが、もちろん農業用ドローンである。たとえば農林水産省から発表されている別の資料によると、ドローンによる農薬散布面積は、平成28年度の684haから令和2年度の約12万haへと右肩上がりで大幅に増加している。東京ドーム(約4.67ha)に換算すると、約2万6000個分にも相当する広さだ。
これだけでもドローンは、日本における病害虫対策において欠かせない技術となっていると言えるだろう。そんな中、ドローンの可能性をさらに広げるような研究結果が発表されている。
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病害虫監視ドローンの可能性
この論文A Deep Learning-based Pest Insect Monitoring System for Ultra-low Power Pocket-sized Drones(超低電力のポケットサイズドローンに向けた深層学習ベースの害虫モニタリングシステム)を発表したのは、Università della Svizzera Italiana(スイスイタリア語大学)でAIを研究する研究者らで、最新のAI技術が活用されている。
論文のタイトルにもなっている通り、この研究が目指したのは、小型ドローンによる害虫監視システムだ。使用されているのは、重量わずか数十グラム、翼幅10cm未満という超小型ドローン。機体には高解像度カメラとAIが搭載されており、農作物の間を飛び回って、危険な害虫がいないかどうか自動的に監視する。それにより、従来の方法では難しかった効率的かつ精密な害虫モニタリングが可能になる、と研究者らは述べている。
ドローンシステムの中核を成すのが、ディープラーニング(深層学習)を用いた画像認識技術だ。論文によれば、特定の害虫とそれに酷似した無害な昆虫を、79%という精度で識別することに成功している。それにより、無害な昆虫に対しても農薬を散布してしまうという、コスト面だけでなく環境面からも問題となる状況を回避することが可能になる。
AIによる害虫の発見は、経験の少ない農家でも適切な対策を取ることが可能になるという点で、大きなメリットになると考えられる。またAIであれば、気候変動による新たな脅威にも素早く対応できる。AIが参照するデータベースを更新することで、新種の害虫に対処したり、その活動パターンの変化に対応したりできるからだ。
こうした高性能のドローンでありながら、電力消費を抑える対策も施されており、1回の充電で長期間稼働を続けられる可能性が示されている。つまり農家が頻繁にメンテナンスする必要なく、長期間にわたって自動的に害虫の監視を続けることができるわけだ。この点も、慢性的な人手不足に悩む日本の農家にとって、重要なポイントになると考えられる。
もちろん実用化に向けては、雨や強風のような環境下でも飛行可能にするといった技術的な発展や、収集したデータを安全に取り扱うよう義務化するといった、法制度面での整備等が欠かせない。とはいえ小型ドローンとAI技術を組み合わせた新しい害虫検出システムは、日本の農業を支える新たな技術になるポテンシャルを秘めていると言えるだろう。