このセッションには、確立された地位にある映像作家から新進気鋭の監督、撮影監督が集い、業界が答えを模索し始めている根本的な問いに向き合った。「手のひらに収まるシネマカメラを手にしたとき、映画という表現そのものはどのように変化するのか」という問いである。
カンヌからヴェネツィアへ:ひとつの理想のもとに
ヴェネツィア・プロダクション・ブリッジのセッションは、Osmo Pocket シリーズが今年に始動させたクリエイティブな旅路のさらなる前進を象徴している。フランス・カンヌにおいて製品を初めて公開した5月に続き、今回、DJIは映画界で最も独自の映像表現を持つ2人の映像作家に「Osmo Pocket 4P」を託し、それぞれが遠く離れた別々の国で制作に取り組んだ。その結果、予期していなかった共通性が明らかになった。
『FAMILIARITÉ』では、カンヌとヴェネツィア映画祭の両方で高く評価されてきた女優イザベル・ユペールが主演とクリエイティブディレクターを務め、文学と記憶を題材とした個性的な映像作品を、全編 Osmo Pocket 4Pで撮影した。
同じ時期に、日本を代表する撮影監督の瀧本幹也は、歴史ある銀鉱山の町を舞台に、人とのつながりを静かに探り求める旅を描くロードムービー風の物語『存在の不確かな彼女』を構想し、監督を務めた。この作品もまた、すべて Osmo Pocket 4Pのみで撮影されている。
これら2つの独立したクリエイティブ・プロセスから生まれたのは、「手のひらに収まるほど軽量なカメラであっても、感情についての表現力や技術的精度をいかなる程度においても損なうことはない」という揺るがない信念だという。両作品は、映画のようにストーリーを物語ることができる性能をポケットサイズに凝縮したOsmo Pocket 4Pの可能性を体現している。ヴェネツィアでは、個人による創作に対する可能性が、業界全体で新たに問い直されるきっかけとなった。

未来を映す:理論から実践へ
このセッションは、製品紹介ではなく、映画制作の実践に根ざした業界対話として構成され、国際的な新進気鋭の撮影監督による4本の短編映画が上映された。制作者はガブリエレ・メンカローニおよびアレッサンドロ・テンペスティーニ(イタリア)、リウ・ヤーディ(中国/フランス)、ジョウ・チェンジョウ(中国/オランダ)。彼らの作品は、実験映画からコマーシャル制作、映画祭で認可されたドキュメンタリーにまで及び、その多様性は、従来の創作領域の境界を超えて活動する世代の姿を体現している。
作品の上映とライブ撮影デモンストレーションの後には、国際的に高く評価されている3人の撮影監督がプロフェッショナルな視点からの評論を行った。
ヴァランタン・ヴィニエ(ドキュメンタリー映画『Faces Places』やアカデミー賞ノミネート短編『Nefta Football Club』で知られるフランス人撮影監督)、クリスティアーノ・ディ・ニコラ(ヴェネツィア映画祭の公式コンペティション部門出品『L’Estranea』で代表される、受賞経歴のあるイタリア人撮影監督)、ミケレ・ダッタナジオ(『Veloce come il vento』『Freaks Out』『L’ombra di Caravaggio』などで知られ、ダヴィッド・ディ・ドナテッロ賞を2度受賞した撮影監督)。
大規模プロダクションを指揮してきた経験を持つ3人は、若き映像作家たちのビジュアル・ストーリーテリングをプロの撮影技術の厳しい基準に照らし、その作品の技術的完成度が従来の映画撮影技法の水準を下回るどころか、確実に達成していると評価した。

ラウンドテーブル:映画を問い直す業界ディスカッション
ラウンドテーブル・ディスカッションでは、「新世代は映画をどのように問い直しているのか?」について対話が行われた。ベテラン撮影監督と新進気鋭の監督たちの異なる視点を交えながら、4つの根本的な問題について話し合った。
- コンパクトな高精度ジンバル搭載ツールが、カメラと演者、そして撮影環境との関係をいかに再構築するのか。
- より軽量で柔軟な機材がプロレベルの映画制作の裾野を拡げる一方で、映像表現の規律・統一性に対する要求が高まる現状。
- 軽量セットアップによって制作ワークフローと現場のダイナミクスがいかに転換するのか。
- ツール自体が映画の言語を変え得るのか、それとも映像的想像力こそが常に先行すべきなのか。
ヴァランタン・ヴィニエは、巨大なカメラ機材が撮影現場から消えたときの心理的な変化を振り返った。演者はもはや機材に身体を合わせる必要がなく、カメラは障壁ではなく目撃者になる、と語る。
イタリア人撮影監督のクリスティアーノ・ディ・ニコラ氏は次のようにコメントしている。
ニコラ氏:これら4本の短編で最も驚いたのは、どの映像クリエイターも、軽量カメラを使用したことで、品質を妥協しなければならないと言ったような状況がなかったことです。以前は可能だとも思わなかったショットが数多くありました。
それは Osmo Pocket 4P が映像作家としての自由度を与えてくれるからです。われわれはセットアップよりも、物語をいかに伝えるか、特に、いかにしてアクションにより近づけるかに集中できるのです。
リウ・ヤーディやジョウ・チェンジョウのような多文化的背景を持つ撮影監督たちにとって、重視される視点は異なってくる。限定的な予算と最少限のスタッフという厳しい制約のもとで、若き撮影監督たちはいかにして本質的に映画的な表現を保持できるのか。対話を通じて自然に導き出された答えは、「カラー・サイエンス、ダイナミックレンジ、スタビライゼーションの精度といったプロフェッショナル基準が、もはや機材のスケールに依存していない」ということだった。
限定的空間で単独で撮影に当たる撮影監督であっても、ハリウッド級クルーと等しい高度な技術的洗練を駆使することができる。参入障壁が低下したのは品質を犠牲にしたからではなく、その品質がどこに存在するかを再配置したからなのだ。
映画制作の新時代
DJI が主催したヴェネツィア・プロダクション・ブリッジのセッションは、映画という営為にまつわる根本的な問いが「どのような機材が必要か」から「機材という制約が消えたとき、何が可能になるのか」へと移行する、その転換点を鮮明に映し出している。
産業規模のスケールから解放されたプロフェッショナルな映像性能を可能にする「Osmo Pocket 4P」がDJIからの答えだ。Osmo Pocket 4Pにより、東京の路地裏から静かな庭園の湖に浮かぶカヌーの上まで、あらゆる環境に身を置くすべてのストーリーテラーが、自らのビジョンに映画としての完全な技術的・感情的な重みを帯びさせることができる。
DJIによると、これは小型カメラによって特徴づけられた時代ではない。それは「アクセシビリティ」によって定義された時代だ。シネマクオリティのツールがより多くのクリエイターに開放され、物語の語り方における創造的自由がいっそう拡張される時代である。想像力を制限するものではなく、それを解放するものとしての映像技術の真の力が姿を現すとしている。