先月号で、AIグラスをドローンの飛行に持ち込んだ話を書きました。機体から目を離さずに風速を訊ける。それだけで価値があった、と。今回はその続きです。
やってみたのは、「ここで飛ばしていいのか」をメガネのレンズに出すことでした。結論から言うと、半分はできて、半分はできませんでした。そして、できなかった部分のほうが書くに値することでした。

帰省のたびに開くアプリ
日本に帰るたび、飛ばす前にスマホを開きます。いま立っているここは飛ばしていい場所なのか。人口集中地区に入っていないか。近くに空港はないか。
離陸してからも「さっきの確認、合っていたか」と思い直し、そのたびにポケットからスマホを出すことになります。先月号の核は「機体から目を離さない」ことでした。ならばこの確認も、視界の端でできないか。そう考えたのが出発点です。

中身はAndroidだった
Rokidはグラス向けの開発キット(SDK)を公式に用意しています。ただ、私はそれを使っていません。グラスの中身はAndroid端末なので、Androidのアプリとして作って入れれば、レンズに自分の画面を出せます。この2か月、そうやって作った道具を日常的に使っています。
ただし公式の道を通らない、自己責任の領域です。このアプリは配布していませんし、するつもりもありません。

作った:スマホのGPS → PC → メガネ
作ったものは単純です。メガネにGPSはないので位置情報はスマホから取り、Macが空域のデータと突き合わせ、結果をレンズに返す。一往復が数秒で終わります。
使ったのは国土数値情報の人口集中地区データ。国土交通省が2020年の国勢調査に基づいて作り、公式に配布しているものです。自分の座標が多角形の内側にあるかを判定するだけ。兵庫県分で2.7メガバイト、64地区。あっけないほど短いプログラムになりました。
姫路城のお堀端で試すと、こう出ます。

そこから車で20分ほど北西、書写山のふもとで同じことをすると、表示が変わります。

同じ日、同じ機材、同じ手順で、表示だけが変わる。これがやりたかったことでした。
本題:作れなかった部分
緊急用務空域には、機械が読めるデータが無い
災害が起きると、消火や救助のヘリが飛ぶ空域が指定されます。緊急用務空域です。そこにドローンを上げれば人命救助の妨げになる。最も確認しなければならない項目のひとつです。
ところが、これをプログラムから問い合わせる公式の窓口がありません。国土交通省航空局のホームページで公示される、人間が読む前提の告知です。災害時には日単位で変わるので、手元にコピーを持っておくこともできません。
つまり私のアプリは、この最重要項目について、原理的に何も言えません。出せるのは「未確認です。航空局のホームページで確認してください」という一行だけです。


判定できない項目はほかにもあります。小型無人機等飛行禁止法の対象施設、自治体の条例、私有地の権利。人口集中地区のデータも5年ごとの更新です。
写真3を撮った姫路城のお堀端には、市のこんな看板が立っていました。
姫路城上空において無人航空機(ドローン)を飛行させてはいけません。禁止エリア内で飛行させた者には10万円以下の罰金が課せられます。
国の許可とは別に、市がここでの飛行を禁じています。メガネは「許可が必要」とまでは言えても、この看板のことは知りません。

実家の近所が、丸ごと圏内になっていた
私の実家の近くには、自衛隊の駐屯地があります。小型無人機等飛行禁止法の対象施設です。そして2026年7月14日に施行された改正で、禁止範囲が対象施設の周囲おおむね1,000メートルに広がりました。違反すれば6月以下の拘禁刑または50万円以下の罰金です。
私はこの改正を、今回アプリを作る過程で知りました。帰省のたびに飛ばしていた場所が、ある日から飛ばせない場所になっていた。そして私のアプリは、それを「未判定」としか言えません。
そして私自身が、緑信号を出していた
ここまでは、作る前から分かっていたことです。予想外だったのは、次の発見でした。
このアプリを作るとき、ひとつ決めごとをしました。コードに「飛行可」という概念を持たせない。判定結果にそういう名前の項目を一切作らず、出力には必ず「未確認の項目」を並べる。
設計の話に見えますが、これは安全の話です。「メガネの緑文字が『大丈夫』と言っていたから飛ばした」という言い訳を、誰にも─自分自身にも─させないためでした。
原稿にそう書くつもりで、香港の自宅で最終確認をしていたときです。画面にこう出ました。
香港のマンションの机の上です。2,360キロ先の空港を「最寄り」と呼び、そのうえで「離隔あり」─十分に離れています─と胸を張っていました。私のメガネは、香港の空を、岡山の基準で安全だと判定していたのです。
ただ、笑い話では済みませんでした。
「飛行可」という言葉は使わないと決め、実際に使いませんでした。ところが「離隔あり」という表示も、読む人にとっては「飛んでいい」という意味です。しかも私のグラスは緑一色で、太字の一行目がいちばん目立ちます。その一行目に、「離隔あり」が大きく表示されていました。
言葉を一つ禁止しただけでは、防げなかったのです。
締め切りの一週間前でした。文言を全部書き直しました。「離隔あり」は消し、データを持たない土地では「判定範囲外」と正直に出す。同じ机の上で、いまはこう出ます。
そのうえで、可否に読める言葉が混ざっていないかを毎回機械に確かめさせることにしました。
危うく、自分のアプリの最初の被害者になるところでした。
出してはいけない情報
今回作ったものは、先月号の核と正面から衝突しかねません。HUDに情報を出せば出すほど、視線は機体から離れます。
だから、何を出さないかを決める必要がありました。天気、風速、日の出と日の入り。一枚のカードに詰め込もうとして、やめました。飛行前に見るものと、飛行中に見るものは違います。
逆に、撮影の段取りは飛行中に出してよいと考えました。飛ばし始めると、私はおどろくほど自分の計画を忘れるからです。
先月号で、これを声で預けておく使い方を試すと書きました。うまくいきませんでした。「今日の段取りは?」と訊くと、AIがカレンダーの予定を訊かれたと解釈して「京都バスの予定はありません」と答えてきたのです。しかも返事まで十数秒。機体を上げたまま待つ時間ではありません。
飛行中に必要なのは、推論ではなく参照でした。次は、飛ぶ前に段取りをテキストで書いておき、HUDの隅に出したままにします。
先月の宿題を、二つ
先月号の終わりに、次に試したいことを書きました。二つだけ報告します。
ひとつは、画角の計算です。
夢前川にかかる堰(せき)の長さを地図で測ると64.44メートル。この全景を真上から収めるには何メートルの高さが要るか、グラスに訊きました。答えは高度55メートル。堰が画面の横幅の約78%に収まり、43メートルまで下げると画面いっぱいになる、というものでした。
入るか入らないかではなく、写真としての収まりを判断しています。


実際に飛ばして、高さを変えながら撮りました。いちばんきれいに収まったのは58メートルの一枚です。答えとの差は3メートル。ほぼ答えどおりでした。

もうひとつは、プロポの画面をグラスに見せることです。
先月号で、飛行中に「向こうに見える山、何ていう山なんだっけ?」と訊いて外した話を書きました。私が見ていたのはプロポの画面、つまりドローンの目で、グラスが見ていたのは私の顔の向きだったからです。
今回はその画面そのものを見せました。香港で撮った夕景をプロポに映し、顔の前に持ち上げます。
構図に見えます。
ンと思われます。
正解でした。看板も文字もない映像です。画面を近づければ、グラスはドローンのカメラ映像を見られることがわかりました。
そして最後の一行が効きました。分かることと分からないことを分けて言う。私が空域の判定でやろうとして、いったん失敗したことを、こちらは平然とやっていました。

本命は、別にあります
ここで、断っておかなければならないことがあります。
私が飛行前の確認に使っている本命は、「ドローンフライトナビ」です。
日本各地で飛ばしてきましたが、離陸の前には必ずこのアプリで自分の位置を確認し、そのときのスクリーンショットを撮っておく。これを欠かしたことはありません。有料のアプリですが、現時点で日本のドローンパイロットには必須の道具ですし、その価値は十二分にあります。
今回作ったものは、その代わりではありません。本命の隣に置く、粗削りな二本目です。
ドローンフライトナビで確認して、スクリーンショットを残す。そのうえで、飛ばしながら視界の端でもう一度確かめる。この二刀流でこれからのフライトを楽しもうと思っています。ブラッシュアップはこれからですが。

ここから先は、一人では作れない
作ってみて、ひとつ思ったことがあります。
緊急用務空域が機械の読める形で公開されれば、日本のドローンの安全は一段上がります。
私のアプリが緊急用務空域について何も言えない理由は、そのまま業界全体の課題です。飛行計画を出す仕組み(DIPS2.0)はあるのに、最も緊急性の高い情報は人間の目でしか読めない。ここが繋がれば、飛行前の確認が変わります。
そして、この問題に先に取り組んだ人がいます。ドローンフライトナビです。多くのパイロットが使い、私も助けられてきました。感謝しながら、自分の二本目を磨いていきます。
今回の三カ所は、どれも答えが先に分かっている場所でした。人口集中地区の中にある姫路城、その外の夢前川の河原、そして神戸空港のすぐそば。姫路城は市が飛行を禁じており、空港の周りは言うまでもありません。分かっている場所へ行って、道具が同じことを言うかどうかを確かめたわけです。機体を出したのは、夢前川周辺の一度だけでした。
メガネに映せるものが増えるほど、映さないものを決める責任が重くなります。
この道具が本当に要るのは、答えを知らない場所に立ったときです。そこへ持っていけるようになるまで、もう少し手をかけます。
〈もっと読む〉
- 先月号「機体から目を離さずに、風速を訊く──AIグラスをドローンフライトに持ち込んでみた」(Vol.67)
- 香港の現地ネタは別マガジン「香港レンズ」で詳しく書いています
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