その一つ、静岡県は昔から「平均的な県」と言われ、温暖な気候に育まれているからか、県民性は穏やかな分、ものごとへの先進的、あるいは前衛的な取り組みは想像しにくい。では、空飛ぶクルマへも平均的なのだろうか。
静岡県の特徴
本州の中央にあり、富士山がそびえつつも、「センター」や「1位」を狙うアグレッシブさは静岡県に似合わない、と感じる向きは確かにある。実はそうでもないが、これは後で記すとして、そもそも天下を治めんとする野心は460年以上前に隣国桶狭間の地で潰えたのか。静岡県は良くも悪くも「中庸」にとどまっているように映り、県民もそれをすんなり受け入れているようでもある。
近年は静岡県を舞台にしたライトノベル小説もあり、漫画・テレビアニメ「ちびまる子ちゃん」は静岡県の名を「いいねぇ」と高めてくれたが、作者の故さくらももこ氏は清水市(現静岡市清水区)出身なだけに、描く日常は静岡県人にとって"リアル"であり、やはり「中庸」を思わせる。実際の静岡県の県内総生産は、やや古いものの2022年度で全国10位(約18兆2700億円)。むしろ平均より上だが、それでも、つい「平均的」と思ってしまうのが静岡県かもしれない。
ダントツは東京と大阪だけど
そして、空飛ぶクルマの実装へ静岡県企画部と経済産業部の担当者へ取り組みようを訪ねると、「やはり東京都と大阪府がダントツだ」と謙遜することしきり。ここにも静岡県らしさが、と感じたもの、続く「補助事業の予算規模は(両都府は)桁が一つ上だから」の言葉に、われ知らず「やはり。大都市は強い」と思わざるを得ない。先進的な事例や“覇を競う”取り組みは、ジャンルを問わず東京都、そして競うように大阪府がトップランナーなのだろう。
とはいえ、静岡県も2025年12月の県議会で鈴木康友知事が「国の実用化支援の全国初採択を目指す」と答弁したとおり、内閣府の「未来技術社会化実装事業」に空飛ぶクルマとして初めて2026年3月に採択されている。静岡県が意欲的に取り組んでいるのは間違いない。2024年12月に静岡県が公表した導入促進ロードマップの概要を見ると、2035年度以降を運航の成熟期と見定めて、先立つ2027年度の商用運航を実現すべく取り組みを続けている。

空飛ぶクルマの実装へ静岡県が強みとするのが、「3次元点群データ」という。難しい言葉だが、インターネットで閲覧できる静岡県総合情報誌「ふじのくに」から引用すると、データは緯度と経度、標高という3次元を持った点の集まり(群)であり、静岡県は全国に先駆けてデータの取得を始めた。2023年8月には、朝日航洋(現エアロトヨタ)と次世代エアモビリティ分野での活用へ協定を結び、連携して離着陸場の選定や航路の検討に3次元点群データを活用しているそうだ。
御殿場アウトレットモールに照準
では、実際の運航に入った際に乗客は何を思うのか。どのようにすれば満足してもらえるのだろうか。静岡県は2025年9月6日と12日7日に、国内在住の欧米豪などの外国人をモニターに、ヘリコプターを空飛ぶクルマに見立てた飛行体験調査を行っている。2026年4月に公開された調査結果によると、9月の体験者は43人で、飛行ルート・時間は静岡市の清水港から名勝、日本平までの約10分間。12月はさらに東へ伸びて富士宮市までの約30分間を20人が体験した。富士宮市の先の御殿場市には、日本で最大規模のアウトレットモール、御殿場プレミアム・アウトレットがある。

体験調査は、外国人を対象にしたことから、富士山静岡空港に到着した外国人観光客の、その中でも富裕層を想定したようだが、結果は搭乗料金としては9月の飛行では約5万円が、12月は約10万円が払ってもいい額として挙がり、今後の方向性として、観光面で効果の高いものへするために、VIP送迎や専用ガイドを加えたり「富士山、歴史、お茶」といった静岡県の名物を印象付けるプランを作成したりすることが挙がったという。同様に、御殿場プレミアム・アウトレットではこのほか、2025年10月に、AirXと三菱地所、三菱地所・サイモンが中国EHangのEH216-Sを用いてデモ飛行が行われている。
静岡県はさらに、2025年度と2026年度は、メーカーとの協力深化も狙い、実機の生産に向けて2025年11月に空飛ぶクルマの部品受注に興味を持つ中小企業向けの説明会を静岡市内で行い、約100社が参加したという。機体の製造については既に2023年6月にスカイドライブがスズキ自動車と基本合意を結び、スカイドライブの子会社となるスカイワークスが立ち上がっている。2026年度は民間事業者の参入を進めるため、補助金を交付する企業も6月に公表した。内閣府の「未来技術社会化実装事業」採択を受けた協議会も立ち上げるという。
社会インフラの維持へ早めに準備
空飛ぶクルマ開発の関係者によると、全国の自治体の取り組みは濃淡があるという。その中で静岡県の取り組みは「センター」までいかなくとも、「平均的な県」から抜きんでているのは間違いないだろう。熱心に取り組む背景を、企画部デジタル戦略課の杉本直也デジタル推進参事官は「空飛ぶクルマの可能性を探るとともに、将来の社会インフラを維持するため実装化へ早めに準備をしておきたい」と、その理由を挙げる。確かに、交通網の維持は片時も気を抜けず冗長性の確保も心掛けなければならない。
現在考えられているのは観光での利用だが、機体の性能がアップすれば用途は広がっていく。導入促進ロードマップでは、2035年度以降を見込む運航の成熟期と先立つ拡大期では、救急医療や災害救助の利活用も見込んでいる。半世紀も前を振り返れば、静岡県は、当時呼ばれた東海大地震に備えて防災へ力を入れてきた。「交通網の維持」は課題であり続けるのだろう。
「天の時、地の利、人の和」はあるか
よろず大願は「天の時、地の利、人の和」がそろえば成就されるというが、それでは、静岡県の空飛ぶクルマの実装には、これら三つは味方をするのか。スズキ自動車とスカイドライブによるスカイワークスは現在、日本で唯一の空飛ぶクルマの生産拠点であり、実機であるSD-05型機の生産が始まれば輸出の拠点は静岡市の清水港が候補に挙がる。これは「地の利」なのだろう。SD-05型機の2026年3月段階での受注数は425機。2026年2月下旬に東京ビッグサイト(東京都江東区)の駐車場でデモ飛行した機体も静岡県磐田市でつくられた。

「人の和」は? そもそも、「クルマ」について思えば静岡県は縁が、それも濃くある。「人の和」も既にそこへ現れている。スズキ自動車のみならず、トヨタ自動車創始者の故豊田佐吉氏、ホンダを興した故本田宗一郎氏はいずれも静岡県の出身。特に静岡県西部には「やらまいか」と呼ぶチャレンジ精神が今も生きている。「やらまいか」と人々を巻き込んで事業を興した先人たちに敬意を表して思うのが「人の和」になろう。
では、「天の時」はどうだろう。こちらは静岡県への取材が終わるころに出た「天竜10号」が挙がるのかもしれない。「天竜10号」は戦前の日本初のまさしく旅客機であり今の磐田市でつくられたという。こじつけかもしれないが、「空を飛ぶ(もの)」に縁があると思うことで実装へ努力を重ねる動機付けになろう。「天の時、地の利、人の和」で最も大切なのは「人の和」と孟子は説くが、それでも三つが揃わねば大願は成就しない。「天の時」は努力を続ける者たちへ訪れる。