確かに2010年代のドローンセキュリティはその延長線上にあった。
- 通信の暗号化
- 認証機構の実装
- クラウドへの不正アクセス対策
こうしたITシステムとしてのセキュリティが主なテーマであった。しかし2022年以降、ウクライナ戦争を契機として、ドローンセキュリティの本質は大きく変化した。
本稿では、ウクライナ戦争以降に変化したドローンセキュリティの本質と、デュアルユース時代に求められる設計思想について考察する。
ウクライナ戦争が変えたドローンセキュリティ
ウクライナ戦争以前のドローンセキュリティは、比較的静的な考え方であった。
脅威を検出し、侵入を防ぎ、情報を守る。
これは一般的なITシステムのセキュリティモデルである。
しかし戦場では状況が異なる。攻撃を完全に防ぐことはできない。
- GNSSジャミングが発生する
- GNSSスプーフィングが発生する
- LTE通信が妨害される
- 映像リンクが遮断される
電波方向探知によって位置が特定される。さらにはサプライチェーンそのものが攻撃対象になる。つまり、「侵入されないこと」ではなく、「侵入されても任務を継続できること」が求められるようになった。安全性の基準は故障しないことを目指すだけでなく、故障しても安全に飛行を継続することを目指している。
ドローンセキュリティも同様に、「サイバーセキュリティから、レジリエンスセキュリティへ」と進化し始めている。
セキュリティからミッション保証へ
現在、防衛分野で頻繁に使われる言葉がある。Mission Assurance(任務保証)である。重要なのは、システムが守られているかではない。任務が達成できるかである。
例えばGNSSが妨害された場合を考える。従来の考え方では、GNSS妨害を検知するということで終わっていた。しかし現在は違う。検知した後、
- INSへ切り替える
- Visual Navigationへ切り替える
- LiDARへ切り替える
- 安全な地点へ退避する
- 自律帰投する
防衛用途では、自律帰投も許されず、それでも、ミッションの達成といった行動が求められる。つまりセキュリティは単独では成立しない。
- 飛行制御
- 通信
- 運用
- 教育
- フェールセーフ
これら全体が統合されて初めて成立する。
機体メーカーが考えるべきこと
機体メーカーに求められる役割も変化している。従来は、安全に飛ぶことが中心であった。しかし現在は、「妨害を意識した環境で安全に飛行できること」が重要になっている。
そのためには、ハッキング対策系の「Secure Boot、ソフトウェア署名、証明書管理、暗号化通信」といった対策だけでは不十分だ(この対策でさえも多くの機体は行われていないが)。
様々な妨害がされないための対策も重要だが、より重要なのは、「異常検知後にどう振る舞うか」である。
- GNSS異常時はどうするか
- 通信断時はどうするか
- 映像断時はどうするか
- クラウド障害時はどうするか
これらを機体レベルで設計しなければならない。さらに近年では、「Cyber-to-Safety」という考え方が重要になっている。サイバー攻撃が最終的に飛行安全へどのような影響を与えるかを分析し、安全設計へ反映する考え方である。
ドローンメーカーは今後、航空安全とサイバーセキュリティを統合して考える能力が求められている。
サービス事業者が考えるべきこと
意外に見落とされるのがサービス事業者である。実際には多くの事故やインシデントは運用段階で発生する。
- パスワード共有
- 未更新PC
- 私物端末利用
- ログ未監視
- 設定変更管理不足
これらは非常に一般的な問題である。防衛分野においては、「Human is the weakest link」と言われる。最も弱い部分は人間であり、どれほど高度な機体を導入しても、運用が脆弱であれば意味がないということを示している。特に物流やインフラ点検では、数年単位で運用が継続される。
そのため、
- 教育
- 権限管理
- 監査ログ
- インシデント対応
を含めた運用設計が重要になる。
ユーザーの責任が急速に高まっている
近年、米国では利用者責任の考え方が強まっている。機体認証だけで安全は保証されない。運用者がリスクを理解しなければならない。
特にBVLOS(目視外飛行)や物流運用では、ユーザー自身が安全とセキュリティを管理する責任を負う。
つまり、メーカー任せ・サービス事業者任せでは成立しなくなっている。今後は、セキュリティ要求を提示できるユーザーが増えることになるだろう。
民生機と防衛機の違い
よく誤解されるが、防衛機は最初から特殊な技術で作られているわけではない。
実際には多くの技術が民生分野から生まれている。GNSS、LTE、カメラ、AI、半導体、クラウドなど、そのほとんどは民生技術である。違いは技術そのものではない。設計思想にある。
民生機は効率を重視するが、防衛機は生存性を重視する。
民生機はコストを重視するが、防衛機は任務継続性を重視する。
民生機は便利さを重視するが、防衛機は想定外への耐性を重視する。
この差が最終的にシステム全体の違いとなって現れる。
デュアルユースの本質
現在、世界中でデュアルユースという言葉が使われている。しかし多くの場合、「民生と防衛の両方で使える」という意味でしか語られていない。
本質はそこではない。デュアルユースの本質とは、「民生市場によって磨かれた技術を、より厳しい環境でも機能するよう再設計すること」である。
その中心にあるのは、量産性・継続供給性・ソフトウェア更新性・オープン性である。例えばウクライナ戦争で活躍した多くのドローンは、専用軍需品ではなく民生技術を基盤としている。
民生市場が生み出す圧倒的な開発速度とコスト競争力を活用しながら、防衛要求に耐えるよう改良する。これが現代のデュアルユースである。
なぜ米国はデュアルユースを急ぐのか
米国が最も警戒しているのは技術力そのものではない。製造能力である。現在、世界の商用ドローン市場の大半は中国企業が占めている。
この状況はスマートフォンや太陽光パネルと同じ構造である。平時は問題ない。しかし有事になった瞬間、供給停止・部品不足・ソフトウェア更新停止・サプライチェーン遮断というリスクが発生する。
そのため米国は、「民生市場の力を使って国内製造基盤を維持する」方向へ大きく舵を切った。その象徴がBlue UASである。
Blue UASが示したもの
Blue UASは単なる調達リストではない。国家安全保障上信頼できるサプライチェーンを持つドローンを認証する仕組みである。
重要なのは、「軍専用品を作る」のではない。民生市場でも使える機体を作ることである。つまり、量産できること、安価であること、継続供給できること、ソフトウェア更新できることを重視している。
ここに現代のデュアルユース思想が現れている。
NDAAが問うもの
米国ではNDAA(National Defense Authorization Act)によって、中国製ドローンや特定通信機器への依存低減が進められている。
これも単なる排除政策ではない。本質は、「信頼できるサプライチェーンを構築できるか」という問題である。セキュリティの対象が、通信、認証、暗号化から、部品供給、開発体制、製造拠点、アップデート権限へと広がっている。
つまり現在のドローンセキュリティは、サイバーセキュリティとサプライチェーンセキュリティが融合した状態にある。
Replicatorが示す新しい軍事思想
米国防総省が推進するReplicator計画も象徴的である。従来の防衛装備は、高性能・高価格・少量生産が基本であった。しかしウクライナ戦争は、安価なシステムを大量投入する方が有効な場面があることを示した。Replicatorはその考え方を制度化したものである。
そしてその基盤は、民生技術である・AI・通信・クラウド・半導体・ドローン、これらはすべて民生市場によって育てられた。
つまり米国は、「民生市場を維持することが安全保障につながる」と考えているのである。
FAA Part108が意味するもの
現在米国で整備が進むFAA Part108も重要である。従来のBVLOS飛行は個別承認が前提であった。
しかしPart108は、BVLOSを通常運用へ移行することを目的としている。ここで問われるのは、機体性能だけではない。
- 通信の信頼性
- 遠隔運航管理
- フェールセーフ
- サイバーセキュリティ
- 運用体制
つまり利用者側の責任である。
今後の米国市場では、「認証機体だから安全」ではなく、「安全に運用できる事業者か」が問われるようになる。(機体の認証さえも、制度から除外する方向だ)
欧州Part-ISが示す未来
欧州ではPart-ISが施行され始めている。これは航空機そのものではなく、航空システム全体のサイバーセキュリティを対象とする規則である。
ここで重要なのは、航空機単体ではなく、クラウド・通信網・運航管理システム・地上設備までを含めて評価する点である。
ドローンも同じ方向へ向かうだろう。
DO-326B/DO-356Aが示す設計思想
航空分野では既にDO-326BとDO-356Aが存在する。ここで重視されるのは、脆弱性対策ではない。Cyber-to-Safetyである。
サイバー攻撃が飛行安全へどのような影響を与えるか。それを設計段階から分析する。例えば、通信断が発生する・GNSSが妨害される・クラウドが停止するといった時に機体はどう振る舞うのか。
- 安全に着陸できるのか。
- 任務を継続できるのか。
この考え方は今後の民生ドローンにも確実に広がる。
日本はなぜBlue UAS相当の議論が進まないのか
米国ではここで記してきたように、Blue UASが整備され、NDAAによるサプライチェーン規制が進み、政府調達における機体選定基準が大きく変わりつつある。
一方、日本では同様の議論は限定的である。これは日本の安全保障意識が低いからではない。むしろドローン産業の発展段階の違いによるものである。
米国では既にドローンが軍事、警察、消防、重要インフラ、物流といった国家機能の一部として組み込まれ始めている。そのため、「この機体は信頼できるのか」という議論が不可欠になる。
一方、日本では依然としてドローンを個別の機器として捉える傾向が強い。機体性能・飛行時間・カメラ性能・価格など、こうした評価が中心である。
しかし本来問われるべきは、どこで作られたのか・誰がソフトウェアを管理しているのか・更新権限は誰が持つのか・有事に供給を継続できるのか、というシステム全体の信頼性である。
実際、物流ドローンやインフラ点検ドローンが社会インフラとして普及すれば、ドローン停止=社会サービス停止という状況が生まれる。そのとき初めて、日本でもBlue UASに近い議論が本格化するだろう。
つまり現在の日本は、「機体選定の時代」から「システム信頼性の時代」への移行期にあると言える。
なぜ日本のドローンメーカーは機体性能競争から運用品質競争へ移行すべきなのか
日本のドローンメーカーは長年、基本飛行性能を向上させていくこと、それはより長く飛ぶ・より重いものを運ぶ・より高精細な映像を取得する、といったことだ。
しかし現実を見ると、これらの性能差は大きな差を及ぼさなくなってきており、そこでの差での競争優位性の維持は難しい。
一方で利用者が本当に困っているのは別の部分である。
- 運航管理が難しい
- 通信が不安定である
- 運用教育が不足している
- 障害発生時の対応が分からない
- サイバー攻撃への対処ができない
- ソフトウェア更新管理が複雑である
つまり利用者が求めているのは、単なる飛ぶ道具ではなく、安心して運用できることなのである。
ここで重要になるのが運用品質である。
これからの競争軸は「飛ぶ」から「使い続けられる」へ
ウクライナ戦争が示した最大の教訓の一つは、「優れたシステムとは高性能なシステムではない」ということである。
- 通信妨害を受けても使える
- GNSSが失われても継続飛行できる
- 部品不足でも維持できる
- ソフトウェアを継続更新できる
- 利用者教育が整備されている(GCSの統一化など)
こうした運用レベルの品質こそが真の競争力になる。これは防衛用途だけではない。民生も同じである。つまり今後のドローンメーカーは、航空機メーカーではなく、運用システムメーカーへ進化する必要がある。
日本が目指すべきデュアルユース
日本が目指すべきデュアルユースは、単純に民生機を防衛に転用することでない。本質は、「社会インフラとして信頼される技術基盤を構築すること」にある。
そのためには、サプライチェーンの透明化・ソフトウェア管理体制・セキュリティ設計・フェールセーフ設計・継続供給能力・教育体制を含めた総合的な品質が求められる。
Blue UASが目指しているのも、実はそこにある。機体認証ではない。信頼できるエコシステム認証なのである。
これからの日本のドローン産業において重要なこと
これからのドローン産業において重要なのは、「どれだけ飛べるか」ではない。「どれだけ長く社会に使われ続けるか」である。
ウクライナ戦争以降、世界はドローンを単純な空飛ぶ道具としてではなく、社会インフラとして見始めた。その結果、競争軸は性能から信頼性へ、機体から運用へ、単体製品からエコシステムへ移行している。
日本のドローン産業が次の成長段階へ進むためには、機体開発競争から一歩踏み出し、「運用品質」「サイバーレジリエンス」「継続運用性」を中心とした新たな価値競争へ移行する必要がある。
それこそが、デュアルユース時代における日本のドローン産業の進むべき方向なのである。
ここに記した「ドローンセキュリティの新たな本質」の理解を深めるために筆者がCEOを務めるドローン・ジャパンでは以下のドローンセキュリティセミナーを企画している。
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