生物をリバースエンジニアリングする
AI(人工知能)がブームと言われて久しいが、現在のAIの流行(歴史的には第3次AIブームとされる)をけん引しているのは、ディープラーニングと呼ばれる技術だ。そのディープラーニングの基礎となるのが、ニューラルネットワークというモデルである。これは簡単に言ってしまうと、その名前(日本語では「神経網」と訳される)が示唆しているように、脳の機能を参考にしてコンピューターに「思考」させようというもの。それが長い研究期間を経て、大きな効果を得られるまでに発展し、いまや人間の仕事が脅かされるほどのAIの進歩をもたらしたというわけだ。
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このように生物が実際に持っている機能・形状を参考にして技術を開発することを「バイオニクス(生体工学)」や「バイオミメティクス(生物模倣)」などと呼ぶ。生物は人間が願うことを、人間がその手段を思い付くずっと前から、また人間が思いついた手段よりもはるかに効率的な形で実現していることが多い。
そこでそうした生物を「リバースエンジニアリング」して、技術を盗んでしまおうという発想である。ディープラーニング以外にもさまざまな例があり、たとえば蚊に刺されても痛くないのに、注射針を刺されると痛みを感じる、ならば蚊が血を吸うメカニズムから「痛くない注射針」を作れないだろうか――といった具合だ(実際にそのような注射針を研究している学者や企業が存在している)。
そしてドローンの分野でも、空を飛ぶ生物を参考にして、より効率的な機体や特殊な性能を持つ機体を生み出そうという取り組みが行われている。
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有名なところでは、鳥のように羽ばたくドローンの開発だろう。既にさまざまな研究者や機関が、さまざまな理由から「鳥型ドローン」の開発に乗り出している。たとえば中国では、監視用のドローンを目立たせないために、鳥の姿をした機体を開発したと報じられている(これは単なるカモフラージュで、バイオニクスとは呼べないかもしれないが)。
またスタンフォード大学では、単に形を似せるのではなく、鳥(特にその翼)が持つ機能を真似て飛ぶドローンを開発しようとしている。これには「PigeonBot(ハトロボット)」という名前が付けられており、既に飛行可能な機体が実現されている。
動画からもわかるように、PigeonBotは本物の羽根を使用した翼を持つ。研究チームはハトの飛行メカニズムを研究し、本物のハトは手首と指の動きによって羽根をコントロールしていることを突き止め、PigeonBotも同様の動きができるようにした。これで飛行実験を行ったところ、急旋回をしても安定して飛行できるようになったという。他にも翼のさまざまな構造を研究することで、悪天候でもより安定した飛行が可能な機体を実現できる可能性があるそうだ。
より「ミツバチ化」するドローン
とはいえドローン(Drone)とは、もともと「雄のミツバチ」の意味。ならば、というわけではないが、ミツバチを研究することでドローンを進化させようとしている研究者たちがいる。実用化されれば、ドローンは名前だけでなく実体も「ミツバチ化」することになる。
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それを行っているのは英シェフィールド大学の研究チームで、彼らは英国研究・イノベーション機構(UKRI)からの研究資金を獲得し、ミツバチの脳のリバースエンジニアリングに取り組んでいる。
その目的は、より効率的で安全に外界を飛び回ることが可能な無人機(を制御する仕組み)の開発である。ミツバチはGPSも持たずに外界を飛び回り、数キロ圏内を正確にナビゲーションして、正確に巣に帰還することができる。しかもいくつものCPUも、クラウドにつながるための通信機能も必要ない。そこで彼らの脳がどのように情報を処理し、素早い学習を可能にしているかを参考にしようというわけである。
研究内容はこうだ。まずは本物のミツバチの背中に超小型の発信機を付け、そのまま飛行させる。特別な環境下ではなく、屋外に放ち、農場で花の蜜を集めさせるのである。そして発信機を通じて飛行経路を把握、それを分析することで、どのような神経プロセスでハチが情報を処理しているのかが分かると研究者らは説明している。
また次の研究では、ミツバチの脳に電極を刺し、そのまま彼らに用意された仮想現実(VR)空間を飛行させることで、神経信号のデータを取ることが計画されている。研究チームは既に、ミツバチの脳の約25パーセントのモデル化に成功したとしており、5年以内に実用化して、ハチのような飛行を実現するAIを企業に提供することを目指している。実際に20センチメートル大のドローンも開発しており、都市部での実験を検討しているそうだ。
Opteran Technologies公式サイトのトップページ
既に大学からスピンアウトしたOpteran Technologiesという企業も立ち上げられており、基礎研究だけして終わりというパターンではなく、意外に早く研究成果が実用化されることが期待できるかもしれない。
鳥型か昆虫型か、あるいは別の飛行生物か。いずれにせよ、数年後のドローンは、より生物的な動きをする機械になっているかもしれない。