5G時代がやってくる
これまでさまざまなテクノロジーが社会を変えてきたが、通信技術の進化も、私たちの生活に大きな影響を与えてきた要素のひとつだ。たとえば1940年に起きたナチス・ドイツのフランス侵攻において、当時戦力的に優勢だった連合軍をドイツ軍が破ることに成功したのは、通信技術を駆使して戦力を機動的に展開できたからと言われている。いわゆる「電撃戦」だ。
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ただ歴史を振り返らずとも、私たちと携帯電話の付き合い方の変遷を考えるだけで、通信技術が持つ「社会を変える力」を十分に実感できるだろう。1980年代の自動車電話など、移動体通信が登場した頃は「1G」すなわちアナログ通信が主流で、無線で通話ができるだけで画期的だった。しかしデジタル通信が実用化され、1990年代の2G、2000年代の3Gと進化するにつれ、音声ではなくテキストや画像を相手に送ることが可能になった。「写メ」という言葉が生まれたのもこのころだが、いまではそのような言葉をあえて使わないほど、テキストと画像による視覚的なコミュニケーションを行うことが当たり前になっている。
そして4Gの時代に入り、静止画だけでなく動画をやり取りすることも簡単にできるようになった。たとえば米国で若者に人気のメッセージアプリSnapchatは、アプリを起動すると、テキスト入力の画面ではなく動画撮影のモードがいきなり始まるほどである。映像によるコミュニケーションがデフォルトになっているわけだ。いま私たちが生きているのは「映像が簡単にシェアされる社会」であり、そのインパクトがどれほどのものかは、大きな災害時に瞬時に被害映像がニュースで流れるのを見れば明らかだろう(その多くが「視聴者」すなわち一般人がスマートフォンで撮影し、SNSに投稿したものだ)。それを可能にしているのが、動画データでもストレスなく送受信できる4G回線なのである。
そしていま、4Gの次となる「5G」が整備されようとしている。単語の上では数字が1つ大きくなるだけだが、5Gでは通信のあり方が大きく変わることが期待されている。その変化は大きくわけて、①通信速度・容量の向上、②同時接続数の増加、③遅延時間の低下の3点だ。
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まず通信速度の変化だが、4Gから5Gに進化することで、実に100倍という速度アップが期待されている。現在多くのエリアで使用できるようになった4Gでは、通信速度は100Mbps程度。それを5Gでは、100倍以上の10Gbps~20Gbps程度に向上させることが目指されているのだ。それに合わせて通信容量も改善され、こちらは4Gと比較した場合、1000倍程度に引き上げることが目指されている。
次に同時接続数だが、こちらも大幅に改善される。現在の計画では、1平方キロメートルのエリア内で100万台が接続可能になることが目指されており、これは4Gのおよそ100倍に当たる。いまより100倍の機器がネットにつながり、さまざまな情報をやり取りするようになる可能性があるわけだ。
そして5Gでは、通信の遅延を抑え、信頼性を上げることも取り組まれている。具体的には、遅延が1ミリ秒以下になることが目指されている。4Gの場合、遅延は数十ミリ秒程度であるため、5Gでは10分の1以下に改善される計算になる。これはロボットカーなど、遅延による誤作動や誤操作が許されない機器においても、応用が可能になるレベルの品質だ。
5Gは現在実用化が進められている最中で、日本でも2020年の東京オリンピックに合わせ、整備が開始されると予想されている。では上記のような特徴を持つ5Gが利用可能になったとき、ドローンの世界ではどのような変化が起きるのだろうか?
災害用ドローンの使い勝手が飛躍的に向上
その研究の最前線にある分野のひとつが、災害活用である。ご存知の通り、ドローン活用の主要分野のひとつとして期待されているのが災害活用で、被害状況の把握から被災者の発見、重要物資の輸送に至るまで、さまざまな活用法が検討されている。
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今年6月、KDDIは国内で初めての例となる、ドローンからの5Gを使った4K映像リアルタイム伝送の実験を成功させた。ドローンに4Kカメラと5Gに対応したタブレットを搭載し、地上150メートルの位置から撮影した映像を5Gで伝送。地上で安定した4K映像を利用できたことを確認している。
4K映像伝送実験の構成(出典:KDDIニュースリリース)
KDDIはこの技術を、災害救助や撮影サービスなどに活用するとしており、被災地においてより鮮明な画像で状況確認が可能になることが期待されている。
これは5Gが持つ「通信速度・容量の向上」という特徴を活用した例だが、上記の通り、5Gのメリットはこれだけではない。残る2つの特徴、「同時接続数の増加」と「遅延時間の低下」を活用した、次のような取り組みも行われている。
豪Telstraによるドローン・スウォーム実験の様子(出典:Telstra Exchange)
これはオーストラリアの大手通信事業者Telstraが行った「ドローン・スウォーム」、すなわち複数台のドローンを1人のオペレーターがコントロールする実験の様子だ。それぞれのドローンには高精細のカメラが備え付けられており、撮影した映像がリアルタイムで伝送されている。こうして複数のエリアを同時に調査することで、被災地の状況がより短時間で把握できることになる。この実験で使われているのは5Gではなく、Telstraが整備している4GX回線(4Gの通信速度と容量を向上させたもの)なのだが、同社は将来的に5Gで同様のテクノロジーを実現させると説明している。
こうした「複数台のドローンを活用して作業を効率化させる」というアプローチは以前から考えられていたが、通信回線の進化によって、それがいよいよ実用化されるわけだ。また5Gが持つ「遅延時間の低下」という特徴により、ドローン側で処理される情報を少なくすることができる。これまでは遅延時間の問題で、緊急時の対応など、重要な処理はどうしてもドローン側で行わざるを得なかった。それが通信回線を通じて、クラウド側で行えるようになることで、よりドローンを軽量化して大量に展開することが可能になる。つまりドローンによる災害地の調査が、圧倒的に効率化されるわけだ。
さらにこの実験では、「セル・オン・ウィング」という仕組みも検証されている。
上空で「基地局」を展開する機器を搭載した豪Telstraのドローン(出典:Telstra Exchange)
「セル」とは無線通信の基地局から電波が届く範囲を指す言葉だが、それが翼の上にある(オン・ウィング)ということで、文字通り基地局をドローンに載せて飛ばしてしまおうという仕組みである。これも以前からドローンの災害時活用において検討されている概念だが、この実験では実際に一時的な「セル」をつくり出し、安定した通信を行うことに成功している。将来的には、災害によってインフラが破壊されてしまったエリアでも、一時的に5G網を構築して多数のドローンを展開、ごく短時間で情報収集を終わらせるといった対応も可能になるだろう。
冒頭で第2次大戦中の電撃戦について触れたが、ドイツ軍は無線通信がカギを握る電撃戦を成功させるために、武装を外してまで高性能な無線機を搭載した「指揮戦車」をつくって戦場に展開したそうだ。戦場と被災地という違いはあれど、短時間で作戦/救助活動を完了させるために、専用の機器を展開して高度な通信網を生み出すという点ではTelstraの取り組みも共通している。そして通信がドイツ軍の戦力を何倍にも向上させたように、今度は5Gが、ドローンの持つポテンシャルを大きく引き出すことになるに違いない。