1機のドローンが運べる荷物の重さには限界がある――当たり前の話だが、しかしこの単純な事実は、建設資材の運搬や災害時の救援物資輸送など、ドローン活用の可能性を大きく制限してきた。
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そこで登場したのが「複数のドローンが力を合わせて1つの重い荷物を運ぶ」という考え方だが、理論上は魅力的なこのアイデアも、実現には大きな壁が立ちはだかっている。複数のドローンをケーブルで連結すると、各機体が互いに影響し合い、荷物の予期せぬ揺れや外部からの力に即座に対応しなければならないからだ。従来の制御システムは反応速度が遅く、柔軟性にも欠けていため、この問題を克服して実用的な速度で運搬を行うのは困難だった。
デルフト工科大学の研究チームが、この壁を乗り越える画期的なアルゴリズムを開発。
新しいアルゴリズムにより、複数のドローンで構成された編隊が、重量物を運びながら秒速5メートルを超える飛行速度と、秒速8メートル平方を超える加速度を実現した。この数値は、従来技術と比較して実に8倍以上の性能向上を意味するという。
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![複数機で荷物を運ぶドローンの性能が向上[小林啓倫のドローン最前線] Vol.95](https://drone.jp/wp-content/uploads/2501104_kobayashi_pPryjge6.jpg)
デルフト工科大学が発表した論文によれば、大きく分けて5つの技術革新に成功したそうだ。
第1に、従来のシステムでは、中央の制御装置が各ドローンに順番に指令を送る階層的な構造を採用していた。この方式では、指令が各ドローンに届くまでに時間がかかり、急激な動きに対応できない。したがって、安全性を保つために極めてゆっくりとした動作に制限せざるを得なかったのである。
これに対し新システムでは「全機体統合型の動的運動計画(whole-body kinodynamic motion planning)」と呼ばれる手法を採用している。これはドローン群と荷物を1つの統合されたシステムとして捉え、全体の動きを予測的かつ統合的に計画する方式とのこと。これにより、複雑な機動を高速かつ正確に実行できるようになった。
第2に、新システムでは高度な適応能力による障害物回避が可能になっている。まるで猫が狭い隙間を通り抜ける際に体を細くするように、ドローンの編隊が、状況に応じて最適な隊形を自律的に選択するのだ。
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現実空間で行われた実験では、幅わずか0.8メートルの通路を通過する際、ドローン群は幅0.54メートルの荷物を70度という急角度に傾けることで、全体の幅を縮小し、通過することに成功した。また高さ0.6メートルしかない低い隙間を通り抜ける実験だ。この場合、各ドローンは接続ケーブルをほぼ水平に近い状態まで広げ、システム全体の高さを低くしたという。
新アルゴリズムの高い実用性
第3の特徴は、この技術の実用性を大きく高めている。それは「運搬する荷物自体には一切センサーを取り付ける必要がない」という点だ。
新アルゴリズムでは、高度な推定技術を使って荷物の正確な位置や姿勢を把握している。各ドローンに搭載されたセンサー情報と、精密な動力学モデルを組み合わせることで、荷物の状態を正確に推定するのである。ちょうど人間が目を閉じた状態で、手に伝わる糸の張力と動きだけで振り子の位置と速度を正確に把握するようなものだ。
この「センサーレス」アプローチの実用的価値は計り知れない。建設現場の鉄骨や木材、災害現場の救援物資など、センサーを取り付けることが非現実的、あるいは不可能な荷物は数多く存在します。このシステムなら、そうした荷物をそのまま運搬できるのです。
第4に、新アルゴリズムでは、非常に高い堅牢性が実現されている。現実空間における実験では、重さ1.4キログラムのカゴ状の荷物を運搬中に、突然0.6キログラムのバスケットボールをカゴの中に投げ込むというテストが行われた。これにより、質量が43パーセントも増加するという大きな変化が生じただけでなく、カゴの中でバスケットボールが転がることで、荷物の重心と慣性モーメントが不規則に変動し続けるという状態が発生した。この妨害は、システムにとって完全に未知の出来事だった。
にもかかわらず、ドローン群は最も速い軌道設定で飛行を完遂することに成功した。つまり単なる重量増加だけでなく、さまざまな物理的前提条件がリアルタイムで不規則に変化する状況下でも、自律的に安定性を維持し、任務を完遂できることを実証したのである。
そして最後に、強風化での安定性だ。これは実用化を見据える上で欠かせないポイントだが、新アルゴリズムでは、秒速約5メートルの強風に相当する外部からの強力な妨害にも、効果的に対処できることが確認されたという。
特筆すべきは、複雑な風のモデリングや専用の風速センサーを必要としないという点だ。システムは、ドローン自身の挙動変化から風の影響を即座に推定し、リアルタイムで補正を加えることで安定した飛行を実現したのである。将来的には、洋上風力発電施設のメンテナンスなど、これまでドローン運搬の実現が困難だった分野での応用が期待されているという。
今回の研究は、協働して荷物を運ぶドローン群を、「動きが遅く硬直的なシステム」から「俊敏で知的、そして堅牢なチーム」へと進化させる重要な一歩になると期待されている。単に物を運ぶという機能を超えて、複雑な物理的課題を自律的に解決する能力は、空中ロボット工学における新たな時代の始まりを告げるものと言えるだろう。