軌道離脱を実現するような高い推力と、小型衛星に搭載可能な大きさ、経済性、安全性を兼ね備えるハイブリッドスラスタは、世界でも宇宙実証に至っている例がなく、ElevationSpaceが2025年に打ち上げを予定している無人小型衛星で世界に先駆けた実用化を目指すという。
- Advertisement -
本ハイブリッドスラスタは、打ち上げ数の急増する小型衛星市場で高い需要が見込まれるほか、月以遠への高頻度な宇宙探査実現にも寄与すると考えられ、我が国の宇宙産業市場の拡大や宇宙開発領域における国際競争力向上のため、研究開発を加速していくとしている。
背景
昨今、リモートセンシングや衛星通信などを目的とした小型衛星の需要が高まっており、内閣府のまとめによると、2013年には大型も含めて年間約200機程度だった衛星の打ち上げ数が、2022年には衛星コンステレーション構築を目的とした小型衛星のみで1800機を超えている。
小型衛星が大量に打ち上げられるようになった結果、打ち上げ機会の確保やコスト低減のため、主衛星打ち上げロケットの空いているスペースに相乗りする「ピギーバック方式」で打ち上げられることが増え、ロケットから軌道に投入された後、小型衛星自身が希望する軌道高度へ自力でたどり着く必要があるなど、小型衛星がスラスタ(推進装置)を持つ必要性が高まっている。
- Advertisement -
また、運用を終了した人工衛星などが軌道上に放置されることで「スペースデブリ(宇宙ゴミ)」になる問題も深刻化しており、運用中の衛星がスペースデブリと衝突しないよう回避する能力を持つことが必要だ。
加えて、アメリカの連邦通信委員会(FCC)は、任務終了後、衛星が燃え尽きる軌道へ移るまでの期間を「25年以内」と定めていた規則を、「5年以内」に変更すると発表するなど、衛星自身が運用終了後に、自ら速やかに軌道を離脱する性能を持つことも求められている。
しかし、従来、衛星質量が500kgを下回るような小型~超小型衛星は、運用期間が短い・衛星自体の設計寿命が短いなどの理由で、スラスタが搭載されていないことも多く、搭載されていても姿勢制御や軌道の微修正といった低推力のスラスタしか持たないケースが多いのが現状だ。
また、これまでの小型衛星用スラスタは数ニュートン級の推力しか持たないものが一般的であり、軌道の移動や離脱に必要となる数百ニュートン級の推力を実現できないという。
さらに、燃料として用いられることの多いヒドラジンは毒性が高く、管理・取り扱いコストが高いために、小型衛星開発のメインプレーヤーとして台頭しつつあるスタートアップ企業が利用するには安全性・経済性の両面でハードルが高く、実用化が難しい状況だ。
- Advertisement -
以上のような社会背景を受け、東北大学際研、ElevationSpaceは、安全性と経済性を維持しながら、高い推力を実現する小型衛星用スラスタの実用化に向けて共同研究を行っているとしている。
今回実施した燃焼試験について
固体燃料と気体/液体酸化剤を用いた本ハイブリッドスラスタは、毒性の高い物質を使用しないため、取り扱いにかかる危険がなく、他の化学スラスタと比較して安全性が高いのが特徴だ。また、固体スラスタでは実現できない推力制御や再着火を行えるため、月以遠の深宇宙探査といった長期ミッションにも利用可能という利点がある。
本ハイブリッドスラスタの研究開発においては、これまでに、真空環境下での着火試験、大気環境下での要素燃焼試験を行い、各種データを取得した。
今回の燃焼試験では、燃焼室の内部をより実機に近い試験モデルとしています。また、本試験モデルに合わせて精度の高い推力計測システムを構築し、信頼性・再現性のある推力データを取得することに成功した。
さらに、前回試験時には、燃料に酸化剤を流すための穴(ポート)がひとつのモデル(シングルポート)を使用したが、今回はより大型となる、実機と同様の複数の穴(マルチポート)で大気環境下での長時間燃焼試験を実施した。本試験において、軌道離脱に必要となる長時間燃焼に成功し、世界的にも例の少ないマルチポートでの推力計測に成功した。
- 試験名称 : 小型衛星軌道離脱用ハイブリッドエンジン真空・大気燃焼試験
- 試験目的 : ハイブリッドスラスタ本体への着火特性、スラスタ本体の真空環境下での短秒時燃焼特性データ(推力データ)及び大気圧下での長秒時燃焼特性データ取得
- 期間 : 2023年10月末~2024年2月初旬
- 場所 : JAXA宇宙科学研究所(ISAS)あきる野実験施設
今後、これまでに得られた各種試験の結果を受けてEM(エンジニアリング・モデル)設計の詳細化を進め、さらに実機に近い状態での燃焼試験を複数回行うことで、最終的なFM(フライト・モデル)の設計・製造を進めていく計画だという。
本研究成果は、国⽴研究開発法⼈新エネルギー・産業技術総合開発機構(NEDO)の助成金「官⺠による若⼿研究者発掘⽀援事業」の⽀援を受けて実施したものだ。