先々月は、机の前で北京と米国のドローン規制のニュースを読み続けた話を書きました。
先月は台北へ渡って、規制の厳しい街でも「どこなら飛ばせるか」を探し、雨の合間にドローンを飛ばしてきました。
今月は、久しぶりに深圳へ渡りました。
香港からなら電車で1時間少々、目と鼻の先です。私にとって深圳は、月に何度も足を運ぶ庭のような街。この日はもともと、深圳在住の友人と日帰りで、Rokid AIグラス用の近視矯正レンズを作る店に出かけたのでした。
ところがこの一日で、私はドローンの「三つの顔」を、この目で続けざまに見ることになります。
- 空から街を見張る顔
- 街で空撮を売り歩く顔
- おもちゃとして叩き売られる顔
北京ではその全部が禁止されているのに、深圳では、同じ空をこの三つが分け合っていました。
順に書いていきます。
一つ目の顔:国境の上で、ドローンが街を見ていた
異変は、入境してすぐに始まりました。
国境を越えてイミグレーションを抜け、深圳の地に立った瞬間、頭の上で聞き覚えのある音がしたのです。
プロペラの音。ドローンを長く触っていると、この羽音だけは、雑踏の中でも耳が勝手に拾ってしまいます。見上げると、灰色の空に、一機のドローンが浮いていました。おもちゃではありません。しっかりとカメラを吊るした、DJIのMavicクラスの、れっきとした空撮機です。

「こんなところで飛ばして、いいのか?」― 一瞬そう思って、視線を下ろして、納得しました。それを操縦している人が、私のすぐ隣に立っていたからです。公安、つまり警察の方でした。その横には「POLICE/公安」の詰所があります。
隣の友人は、見上げもしません。深圳では、ドローンが空を横切るのはもう珍しくもない景色なのでしょう。足を止めて口を開けていたのは、私一人でした。
香港でも、ここ数年、警備の一環として空から街の動きを見る流れが進んでいるのは知っていました。ただ、その流れの真下に自分が立ったのは初めてで、正直、少し驚きました。
ドローンが「見せる道具」であると同時に「見張る道具」であることを、入境ゲートの真上で、静かに見せられた気がします。
ちなみに、機体を降ろすところも撮れそうでしたが、そこは撮りませんでした。飛んでいる一枚だけ、記録として残しています。
二つ目の顔:華強北では、DJIが空を売っていた
気を取り直して向かったのは、華強北(ファーチャンベイ)。世界最大級の電気街です。スマホの部品からジャンク基板、充電器から最新ガジェットまで、なんでもそろいます。ガジェット好きにとっては聖地。日本でいえば、秋葉原のような場所です。
何十階建てのビルが、まるごと電気街になっています。フロアを上がるほど、店はマニアックに、そして少しずつ怪しくなっていく。通路にはあちこちから売り子の声が飛び、はんだと樹脂の匂いが混じった蒸し暑い熱気が、フロア全体にこもっています。縦に伸びる巨大な迷路。月に何度通っても、私はいまだに全体像がつかめません。
ここでも、ドローンはそこら中を飛んでいました。店の中でも通路でも、誰かが小さな機体をふわりと浮かせ、頭の上をときどきプロペラの風が通り過ぎていく。それでも、誰も気に留めません。

とりわけ目を引くのは、DJI直営店やHUAWEI、シャオミ、OPPOといった中国一流ブランドが並ぶ一角です。まるでハイブランドのショップかと思うような、美しい店舗がひしめいています。
そこで見たのは、私とも仲の良い女性店員さんが、売り込みのために、店の入り口からDJI Flipを大通りに向けて飛ばしている光景です。Flipをぐんぐん上昇させ、華強北のビル群を上空から映し出す。そして、そのなめらかな映像を、買おうか迷っているお客さんに見せています。「ほら、こんなに簡単に、こんなに綺麗に撮れますよ」と。

考えてみれば、私が暮らす香港では、こんな真似はまずできません。
街なかで気軽にドローンは上げられず、飛ばせる場所も限られます。電車でたった1時間の距離なのに、こちらの店先では、DJIが堂々と空を飛ばして客を集めている。飛ばせない街から来た人間には、この光景そのものが、少しうらやましくさえありました。
さっき国境で見た「見張るドローン」と、いま目の前で回っている「売るためのドローン」。同じ空の、まるで違う使われ方です。しかもここは中国の空。北京なら、この売り込みの飛行そのものが成り立たないはずなのに―。
三つ目の顔:ドローンが、おもちゃになる街
華強北を歩いていて、いちばん「深圳らしいな」と感じたのは、ドローンが完全におもちゃの棚に降りてきていることでした。
DJIやAutelといったハイブランドは、専門店できちんと売られています。Autelの店をのぞくと、空撮機はもちろん、なんとライフルの形をした、対ドローンの捕獲装置とおぼしきものまで、ガラスケースにずらりと並んでいました。飛ばす道具も、(おそらく)落とす道具も、同じ店で買える。これも深圳です。


ところが、その一流ブランドの棚を一歩離れると、景色ががらりと変わります。
ラジコンカーやおもちゃのピアノ、パンダのロボットと同じ棚に、名も知らぬメーカーのドローンが、おもちゃとして無造作に積まれているのです。
値札には、黄色い星型のポップで「特价 188(特価188元)」。
子ども向けのバンパーカーの隣に、カメラ付きドローンが4,500円ほどで転がっている。

DJI・Autelという「一流」と、この「おもちゃ」の間に、日本でいう二流・三流にあたる層が、深圳ではほとんど見当たりません。
一流のすぐ下が、いきなりおもちゃ。それでいて、そのおもちゃを路上で普通に飛ばしている人がいる。同じ「ドローン」という言葉の中に、これだけの距離がある̶̶この落差こそ、深圳という街の底知れなさだと私は思います。
顔見知りの、あの店で
以前スマートグラスのRokidを買った店の前を歩いていると、顔見知りのお兄さんが、私を見るなり「おう」という顔をして、こう切り出してきました。
「これ、買っていきなよ」
差し出されたのは、手のひらより少し大きいくらいの、黄色いドローン。
値札は、さっきおもちゃの棚で見たのと同じ188元。1元がだいたい24円ですから、日本円でおよそ4,500円です。「500mまで飛ぶ。ただしGPSはなし」とのこと。要するに、おもちゃに毛が生えたような機体です。

食指は動きませんでした。「うーん、また今度にするよ」と、その場を離れようとした― ここからが、今回の主役です。
バナナの叩き売り
私が背を向けかけた瞬間、お兄さんの声が追いかけてきました。
「じゃあ、150元でいいよ」
いきなり38元、900円ほど下がりました。それでも私は「うーん」と唸りながら、もう一歩、足を動かします。すると、
「130元でいいよ」
さらに下がって、130元。日本円にして3,100円ほど。4,500円だった値札が、私が二歩あるく間に、1,400円も転がり落ちたのです。
このとき、私の目には、その黄色い機体がバナナに見えていました。昔ながらの、あの「バナナの叩き売り」です。「さあ持ってけ、まけたまけた」と、口上とともに値がみるみる下がっていく、あの露店の光景。お兄さんのほうも、値を下げるたびに、どうだ、と言わんばかりに眉を上げてみせる。黄色いボディが、それに輪をかけます。
哀れで、そして妙に面白い。3,100円ほどなら、たとえ一度も飛ばなくても、この記事の撮れ高込みで損切りできる金額です。私は、ついつい買ってしまいました。隣で見ていた友人は、こういうやり取りに慣れているのか、涼しい顔で笑っています。深圳では、これも日常の買い物なのでしょう。
その場で、買って、飛ばす
私は130元を払い、その場で箱を開けました。薄い箱の中身は、黄色い機体と、小さなコントローラ。いかにも、な構成です。
買ったらすぐ開封して、店の中で飛ばしてみる。これは中国で安物を買うときの、私なりの鉄則です。理由は単純で、「買ったはいいが、そもそも接続できなくて飛ばせなかった」が、中国の激安ガジェットでは日常茶飯事だから。ただ、あわてる必要もありません。動かなければ、また店に持ち込んで「ごめんごめん、交換するよ」で終わる。そのくらいのゆるさも込みの世界です。

さいわい、私の黄色い機体は、ちゃんと動きました。
飛ばしてみて、まず分かるのは、GPSも位置制御もないということです。
DJIのように「手を離せばその場でピタッと止まる」なんて芸当はしてくれません。だから、常にコントローラで位置を当て続ける必要があります。少しでも気を抜くと、機体はすーっとドリフトしていって、そのままだと何かにぶつかりかねない。おもちゃとはいえ、けっこう操縦のクセはあるな、という手応えでした。
それでも、そこそこ飛ぶのは間違いありません。お兄さんの言う「500mまで飛ぶ」を信じる気にはなれませんが、公園でちょっと遊ぶくらいなら十分でしょう。映像は、WiFiで機体とスマホをつなげば手元で見えます。ただしSDカードへの記録はできず、画質は、お世辞にも褒められたものではない。あくまでおもちゃです。実際、私はスマホすらつながず、目視のまま店内をぐるぐると飛ばして遊んでいました。
これもまた、深圳ならではでしょう。店の中でドローンを飛ばしても、誰にもとがめられない。どこかゆるくて自由な空気の中で「飛ばせるバナナ」を買い、その場で飛ばす̶̶この体験ができたことこそが、今回いちばんの収穫でした。
三つの顔と、北京の空
一日を振り返ると、私は深圳という一つの街で、ドローンの三つの顔を見たことになります。
国境の上で街を見張るドローン。華強北で空撮を売るドローン。そして、おもちゃとして叩き売られるドローン。監視も、商売も、遊びも、同じ深圳の空が引き受けている。
ところが、ここから北へ2,000キロの北京では、その全部が封じられています。
消費者向けドローンの新規販売は止まり、DJIですら首都の店頭から製品が消えました。国は「低空経済」を国家戦略として旗を振っています。
その一方で5月には、登録した機体を「起動(アクティベーション)」させるまで飛ばせない新しい国家標準も、全国で始まりました。実名登録は2017年からの義務ですが、そこに「飛ばす前のもう一手間」が加わったわけです。空を開くと言いながら、管理はどんどん細かくなる。同じ国で、同じ時期に、空の使われ方がこれだけ違う。中国の空は、けっして一枚岩ではありません。
ただ、ひとつ引っかかります。北京が禁じたのは、売る顔と遊ぶ顔̶̶市民が空を使う側の二つだけでした。
あの「見張る顔」は、深圳でも、私が住む香港でも、たぶんどこの空でも禁じられません。「全部禁止」のはずが、その一つだけは、どうやら例外のようです。
とはいえ、深圳がいつまでもこのままとは限りません。規制は上流から下流へ、首都から地方へと、時間差で降りてきます。今日この叩き売りが成立している深圳も、来年の今ごろには北京と同じ顔になっているかもしれない。
もっとも、この6月には北京が機体の修理や市内への持ち込みにまで管理の網を広げる一方で、上海や四川ではスマホの申請だけで飛ばせるようにする簡素化の実験が始まりました。首都は締め、一部の地方はむしろ開く̶̶降りてくるのは、規制だけとは限らないのかもしれません。だからこそ、この三つの顔が同居する光景は、今しか撮れないのだと思います。
持って帰れない、というオチ
最後に、正直に書いておきます。
このバナナドローン、日本には持って帰れません。技適(技術基準適合証明)を通っていない機体を日本国内で電波を出して飛ばすのは、違法だからです。せっかく買っても、日本へ持ち帰って、大手を振って飛ばすわけにはいきません。
なので今回は、深圳のうちに飛ばして映像だけ持ち帰り、機体そのものは友人に託してきました。130元は、機体の代金というより、「深圳の今」を記録するための入場料だったのだと思います。
北京で禁止され、台北で制限され、深圳で三つの顔を持つ。同じアジアの空でも、都市が変われば、ドローンの居場所はここまで変わります。次はどの街の空で、何を見ることになるのか。また現地から書きます。
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