白いエントランスの記憶
2015年、筆者は、DRONE.jpの取材として初めて中国・深センDJI本社を訪れた。実は日本からのメディアがオフィスを訪問したのは初めてだったという。当時のDJI本社は白を基調としたシンプルなエントランスが印象的なオフィスビルだった。設立からまだ10年にも満たない、それでも「急成長」という言葉がぴったりの、熱気に満ちたスタートアップの空気があった。
あれから10年。2026年6月、筆者は再び深センの地に降り立った。当時の社員数は3,000人だったが、現在は6,000人を超えたという。今回は、新社屋になり初のメディアツアーが開催され足を運ぶこととなった。
空港に到着すると、「DJI」と書かれたボードを持つスタッフが出迎えてくれた。「お待ちしておりました」。流暢な日本語でそう声を掛けられた瞬間、10年前のスタートアップ企業とは異なる空気を感じた。DJIはもはや急成長企業ではない。世界市場をリードするグローバルテクノロジーカンパニーになっていた。
Sky City——街そのものになったDJI
翌朝、バスで向かった先は「DJI Sky City」と呼ばれる、DJIの新本社だ。すでに多くのメディアで紹介されているが、目の当たりにするとその大きさとデザインに圧倒される。


建物の前に広がる枯山水をモチーフにした庭園。館内を彩る生花。巨大なガラスファサードに映る深圳の空。
そこには単なるオフィスではなく、企業哲学そのものが建築として具現化されていた。エントランス横にはDJIオフィシャルギフトショップが構えられ多くの人がDJIグッズを手に取っていた

2015年当時、DJIはひとつのビルに入居する企業だった。しかし今は違う。天空へ伸びる二棟の超高層タワーがスカイブリッジで結ばれ、その内部には研究開発、コミュニケーション、創造のための空間が広がる。
もはや「本社ビル」という言葉では足りない。DJIはひとつの都市を作り上げていた。

特に印象的だったのは、高層階に設けられた空中庭園だ。日本の高層オフィスでは珍しく、社員は外の風を感じながら仕事の合間を過ごすことができる。

眼下には深圳の街並み。そしてその先には多くの高層ビル群。ここで働きたい──そう思わせるだけの説得力が、この場所にはあった。
変わったこと、変わらなかったこと

オフィスツアーの後には、チーフプロダクト開発スペシャリストによる製品説明会が開催された。2015年の取材で主役だったのは、発表されたばかりのPhantom 3だった。「4K映像が撮れる空飛ぶカメラ」それだけで十分に未来だった。GoProとの比較、フライトコントローラー技術の優位性、開発者向けハッカソンの構想──当時の議論は、すべてドローンを中心に回っていた。そして10年後。DJIが語る未来はさらに広がっていた。

今回DJIの最新技術や製品を見ることができた。今回初公開で基礎研究のラボも見学ができた。ここに多くの人材が割かれDJIの強さを垣間見た。ただ非公開のため割愛する。6月29日に国内発表され、カンヌ国際映画祭で披露された最新の映像機器「Osmo Pocket 4P」。Osmo Pocket 4Pは、次世代イメージングシステムとして17ストップのダイナミックレンジと10bit D-Log 2カラーモードを搭載。プロフェッショナルなカラーグレーディングのワークフローに対応する。さらに黒のボディ以外にも白色の存在も気になった。
そしてロボティクス分野への新たな挑戦となる掃除ロボット「DJI ROMO」。
かつて空を制した企業は、今や地上のモビリティやロボティクス領域にもその技術を展開し始めている。変わったのは製品カテゴリーだけではない。
10年前、「規制整備が必要だ」と語っていた企業は、今や産業用ドローン、公共安全、インフラ点検、防災、測量といった社会基盤そのものを支える存在になった。
未来を語る企業から、未来を実装する企業へ。
DJIはこの10年でそのポジションを確立したのである。
4,000㎡のフラッグシップストア

午後は深セン湾に面したDJIフラッグシップストアを再訪した。10年前には店舗自体はなくその後深圳を訪問した際にオープンした。ドローンを購入するためにこれだけの規模の店舗が必要なのかと当時は思ったが、2026年現在訪問するとハッセルブラッドの名前も追加されていた。

4,000平方メートルを超える空間に、DJIの全カテゴリーが並ぶ。コンシューマー向けのドローンからプロ用シネマ機材、農業・産業用まで、ここ一か所でDJIというブランドの全体像が俯瞰できる構成になっていた。

DJIというブランドの世界観を体験するためのショールームであり、未来の技術展示館でもある。
店内には世界各国から訪れた来場者の姿があった。ドローンを買うためだけではない。「DJIという現象」を体験しに来ているのだ。ストアを出ると、目の前には深圳湾公園が広がる。
かつて数路線しかなかった地下鉄網は巨大都市を縦横に結び、深圳は完全に世界有数のテックシティへと変貌していた。DJIの成長は、そのまま深圳という街の成長とも重なって見えた。
ドローンが変えた10年、変えられた10年
2015年のインタビューで、当時のコミュニケーションディレクター Michael Perry氏はこう語っていた。「ドローンは救助、医療、農業、そしてジャーナリズムを変える」当時は壮大な未来予想図のようにも聞こえた。
しかし2026年の今、その多くは現実になっている。災害現場での捜索活動。農薬散布。インフラ点検。測量。物流。映像制作。ドローンはもはや特殊なガジェットではない。
社会インフラの一部である。日本でもこの10年で制度整備が進み、レベル4飛行や機体認証制度など、実装に向けた環境が整いつつある。
ドローンを飛ばすことがニュースだった時代は終わった。いま求められているのは、その技術をどう社会に活かすかである。10年前、「ドローンの未来」はまだ夢物語だった。だが2026年の深圳で感じたのは、その夢が現実になったという事実だった。
おわりに
深圳は変わった。DJIも変わった。そしてドローン産業そのものが変わった。しかし、変わらないものもある。10年前、白いエントランスのオフィスで感じた「次の時代を作ろうとする熱量」だ。
それはSky Cityの壮大な空間にも、開発者たちの言葉にも、製品展示のひとつひとつにも確かに息づいていた。
今回の訪問は、単なる本社再訪ではなかった。10年前に見た未来の答え合わせだった。そして、その答えの多くをDJIは実現していた。次の10年、DJIはどこへ向かうのか。今回のタグラインである「視界無辺」を胸に、筆者は深圳を後にした。
