概要
老朽化した橋梁の健全性を評価する一手法としてたわみ計測が実施されている。ここで、設置に手間がかかる従来の変位センサーの代わりにドローンカメラでたわみ計測ができれば、山間部や海峡、河川に架かるアクセスの困難な橋梁などにおいても、効率的な点検が可能になるという。
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しかし、ドローンなどの空撮では画像ぶれの発生により、ミリメートルオーダーのたわみ計測が困難だ。そこで、規則性模様を有する基準マーカーを導入して、そのマーカー模様の位相情報を活用した人間のバランス感覚に近い高精度な画像ぶれ補正技術を開発することで、従来の変位センサーと同様に、ドローン空撮でも橋梁の健全性評価に必要とされるミリメートルオーダーの微小変位を計測に成功した。
本技術は、老朽化したインフラ構造物の効率的な維持管理に貢献し、将来的にはインフラ構造物の長期モニタリングの実現にもつながる技術として期待されるという。なお、この技術の詳細は、2024年1月9日に「Nature Communications」に掲載された。
開発の社会的背景
社会インフラの老朽化は、現代社会が直面する大きな課題です。特に主要な道路インフラである橋梁においてはその老朽化対策が急務となっている。建設後50年以上が経過した橋梁の割合は、日本および米国において40%以上にも達している。
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今後、橋梁を含めた社会インフラの維持・更新に膨大なコストがかかることは避けられないものの、従来の不具合が生じてから対策を行う事後保全から、不具合が生じる前に定期点検などの対策を行う予防保全への転換によって、コストを大幅に縮減できることが見込まれるという。
橋梁などのインフラ構造物の健全性を効率的に評価するために、構造物の変位を簡便かつ低コストで計測する方法が不可欠だ。しかし、従来の変位センサーやカメラによる計測法ではこれらのセンサーやカメラを構造物あるいは地面に固定する必要があるため、特にアクセスの困難な構造物の点検には手間とコストがかかっていた。
研究の経緯
産総研では、社会インフラの効率的な維持管理に資する技術として、デジタルカメラで撮影するだけで橋梁のたわみを計測する技術を開発してきた。この技術によって、たわみ計測にかかる時間とコストの大幅な削減が可能になりましたが、カメラを三脚などに固定する必要があるため、山間部や海峡、河川などに架かる橋梁では、三脚などを設置する適切な場所の確保が難しいといった問題点があった。
そこで、この技術をさらに発展させ、ドローン空撮でも従来法と同等の精度でたわみ計測ができる技術の開発に着手した。
研究の内容
ドローン空撮では風などの影響によって機体が揺れ、画像ぶれが発生するため、撮影画像そのものを使用しても橋梁の微小なたわみを計測できない。そこで、画像ぶれを高精度で補正するために、概要図に示す通り、橋梁の中央側面に設置した測定マーカー(Mk-C)に加えて、新たに二つの基準マーカー(Mk-AとMk-B)を導入した。
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橋脚上の不動点となる橋梁側面にこれらの基準マーカーを設置し、二つのマーカーを結ぶ1本の基準線が橋梁の変形前後で一致するように100分の1画素(従来法の10倍以上)の精度で画像ぶれ補正する。
橋梁の変形前後の測定マーカーの規則模様画像にぶれ補正を行った後に、サンプリングモアレ法を用いて画像から生成されるモアレ縞の位相変化から微小変位を算出する。その結果、世界で初めてドローン空撮でミリメートルオーダーの橋梁の微小なたわみ計測に成功した。
それを可能にしたのは、人間の耳のバランス感覚をヒントにシンプルかつ高精度な画像ぶれ補正技術を新たに開発したことだ。図1に示すように人間の耳は蝸牛(聴覚)以外に、前庭系システムとして、前庭と三半規管(平衡覚)を内耳に備えている。
このシステムは3次元空間における平行移動や傾きの回転を感知するセンサーの役割を果たしている。そのおかげで人間は走りながら遠くにある看板の文字を読むことができる。すなわち、人間は耳で感知した平衡覚の情報に基づいて、無意識に素早く目の視点と向きを常に調整している。
そこで、人間の優れたこのバランス感覚を今回のドローン空撮に応用した。橋梁の両端の桁に固定された二つの基準マーカー(2次元規則模様)はまさに人間の耳の役割を果たしている。この二つの基準マーカーを結ぶ基準線はバランス感覚に相当し、ドローン空撮で得られた撮影画像に対して、常にぶれないように補正することで、安定したたわみ計測が可能になった。
産総研は、CORE技研との共同研究および京都大学インフラ先端技術コンソーシアムの活動の一環として、全長110mのドゥルックバンド橋のたわみ計測の検証実験を実施した。橋梁から約100m離れた空中でドローン空撮を行い、得られた画像から橋梁のミリメートルオーダーの微小たわみが計測できた(図2)。
この実証実験では、規則模様のピッチが0.2mで大きさが1メートル四方のマーカーを使用して、時速20km/hで8トンの試験車両が対象橋を通過した際に発生したたわみを計測した。
また福島ロボットテストフィールドでの模擬橋梁を利用した精度検証実験では、1mmから5mmまでの既知の変位量に対して、計6回の計測結果の平均誤差はわずか0.2mmだ。
今回開発したドローン空撮によるたわみ計測技術によって、カメラを固定する必要がなくなることから、従来法では困難であった場所での計測も可能になり、より多くの橋梁の健全性を効率的に評価することが可能になるという。
今後の予定
民間企業によって本技術を活用した橋梁点検サービスが既に事業化されており、今後全国各地の橋梁に適用されることが期待されるという。
同技術をさらに発展させ、社会インフラの長期モニタリング技術の開発やクラウドシステムによる自動解析の研究開発を実施していく予定だ。将来的にはドローンの自律飛行による計測サービスの実現を目指すとしている。