飛行経路に「時間」を織り込む
通路の先に障害物がないことを確かめ、ドローンが前進する。ところが通り抜ける直前に、人が横から歩いてきたらどうなるか?機体が確認したのは「さっきまで空いていた場所」であり、「自分が到着するときにも空いている場所」とは限らない。人や車両が動く現場では、地図上に安全な線を引くだけでは飛び続けられないのである。
崩れた建物内の捜索や設備点検を考えると、この違いは大きい。壁や柱の位置が分かっていても、その間を作業員や別のロボットが動き回るかもしれない。未知の場所なら、そもそも地図すらない。周囲を調べながら動くものを避け、目的地へ向かう必要がある。安全のために遠回りを重ねれば、限られた飛行時間を使い切ってしまう。経路を作る速さと、その経路の安全性を同時に確保しなければならないわけだ。
この課題に取り組んだのが、米マサチューセッツ工科大学(MIT)などの研究チームである。MITは2026年10月7日、未知の環境で動く障害物を避ける経路計画技術「SANDO」を発表した。論文は学術誌「IEEE Transactions on Robotics」に掲載されている。

目指したのは、行き先を正確に予言できない相手に対しても、安全な経路を計算する仕組みだ。MITは用途として、倒壊した建物での捜索救助や坑道の探索、混雑した住宅地での配送などを挙げている。
その考え方は、交差点を渡るときの判断に近い。近づく車がいつ減速するかを当てる必要はない。ただ、車が想定する速度で進んできても、渡り終えられる余裕は欲しい。SANDOも、障害物が「どこへ行きそうか」という予測だけに頼らない。あらかじめ定めた最高速度をもとに「一定時間でどこまで来られるか」という範囲を計算し、その外側に機体の通り道を確保するのである。
時間がたつほど、障害物の到達範囲は広がる。いま通れる場所でも、数秒後には安全とみなせなくなるかもしれない。そこで空間を時間ごとに区切り、各時点で通過できる領域をつないでいく。「この場所を、この時間帯に通る」という条件付きの通路を作るわけだ。計画期間全体での最悪の到達範囲を一律に塞ぐ方式に比べ、通過の余地を残しやすい。加えて、障害物が密集する場所を「熱い」領域として地図上に示し、経路がそもそもそこへ寄らないよう誘導する仕組みも備える。
もちろん計算に時間がかかりすぎれば、その間に状況が変わってしまう。そこでチームは計算に使う変数を減らす工夫を加え、最適化の時間を最大7.4倍短縮した。これにより、機上のコンピューターで経路を頻繁に作り直せるようにしている。論文によれば、実機での1回の再計画は18〜36ミリ秒ほどで済むという。
「衝突しない」保証の条件
SANDOで注目したいのは、衝突回避を計算上の必須条件として扱う点だ。経路計画では移動時間や滑らかさなどを評価し、望ましい経路を選ぶ。だが安全性まで評価点の一つにすると、ほかの利点との兼ね合いで危険な経路が残りうる。SANDOはまず衝突しない範囲を定め、その中で移動を効率化する。速さを競う前に、どこまでを選択肢として許すかを決めているのである。
実機試験も行われた。論文によれば、認識、自己位置推定、経路計画をすべて機上で処理するドローンを使い、静止した障害物のある環境で6回、動く障害物のある環境で12回、安全な飛行を実証したという。研究チームの公開ページでは、実機とシミュレーションの映像を見ることができる。
ただし「数学的に安全を保証した」という言葉は、「どんな現場でも事故が起きない」とは読み替えられない。保証には、障害物の速さが設定した上限を超えない、大きさを小さく見積もらない、位置の推定誤差や機体の追従誤差が想定内に収まる、といった前提がある。実機試験では、こうした誤差を吸収するために30センチの余裕を持たせている。人とフォークリフトでは、見込むべき速度も違うだろう。
さらに論文によれば、保証が及ぶのは各回の計画が扱う時間の範囲までだ。計画を更新し続ける中で、次の安全な経路が必ず見つかるとまでは言えない。見つからなければ機体は既存の計画を続けてその終点で止まるが、その地点の安全も計画の時間範囲を過ぎれば保証されない。
論文はまた、障害物を「動くもの」と認識するのが遅れる場合の課題も認めている。実機試験の一つでは、障害物を追跡し始めたのが最接近の1.2秒前で、その後しばらく経路の再計算が失敗し続けたという。目の前の計画が安全であることと、任務を最後まで安全に続けられることは、別に検証すべき問題なのである。
ただこれは、研究の価値を損なう話ではない。実用化に向けて、何を確かめればよいかが具体的になるからである。倉庫なら、走行車両の最高速度や、人が棚の陰から現れる場所を調べる。点検現場なら、センサーが苦手とする照明や粉じんの条件を確認する。計算上の保証を現場の安全につなげられるかは、その前提を運用側が守れるかにかかっている。
災害現場に送り込むドローンに必要なのは、一度の華麗な回避ではない。状況が変わるたびに、安全に進める範囲を確かめ直す能力なのである。