机の前で
この連載は、旅先でドローンを飛ばした体験を中心に書いてきました。けれど2026年5月、私は旅に出られていません。身内の介護で日本と香港を行き来し、撮影旅行はすべて先送りになりました。
代わりに机の前で、世界のドローン関連ニュースを読んでいます。気になる話を二つ見つけました。一つは中国から、もう一つは米国から。読んでいるうちに、香港で見たある光景がふと蘇ってきました。
ニュース(1):北京のDJI製品が、店から消えた
まず、中国側の話から。
2026年5月1日、北京市でドローンの包括的な禁止令が施行されました。市域全体が管制空域となり、飛行・販売・運搬・市外からの持ち込みまで一気に禁止されました。これに先立つ4月末、DJIは北京市内の全直営店から製品を撤去しています。

北京は中国で最も政治的に敏感な都市です。市販ドローンが兵器化されるリスクも無視できない。DJIを敵視したというより、首都の空からドローンを消したかった―そう読むのが自然でしょう。
事実、深圳ではDJIの直営店も低空経済イベントも普通に動いています。北京禁令は制裁ではなく、首都を守るための処置。それでも、DJIの消費者向け製品が中国最大の都市から姿を消したのは、十分に象徴的でした。
ニュース(2):米国のYouTubeから、新しいDJIが消えた
もう一つは米国側の話です。
きっかけは、自分のYouTube視聴習慣を振り返ったことでした。2025年頃まで、米国系の主要レビュアーはDJIの新製品を真っ先に取り上げていました。ところがこの一年、ほとんど見かけません。日本・欧州・東南アジアでは普通に紹介されているのに、米国だけ静かなのです。理由は、FCC(連邦通信委員会)の「Covered List(安全保障上の懸念企業リスト)」でした。DJIは2025年12月にこのリストに加わり、新規のFCC機器認証が事実上取れなくなっています。このためWi-FiやBluetoothを内蔵する民生製品は、米国で売れません。
そしてこの春、影響がドローン以外にも及び始めました。「DJI Osmo Pocket 4」が米国販売不能に。続いて新型ドローン「Lito」、スマホジンバル「Osmo Mobile 8P」も米国スキップ。ドローンならまだ分かります。けれどポケットカメラまで規制対象になると、もう製品ではなくブランドを狙い撃ちにしているとしか思えません。
米国の店頭に並ぶ「DJIではないDJI」
ところが、ニュースを読み進めるうちに奇妙な光景に行き当たりました。米国の棚に並ばないはずのDJI製品が、別ブランドを着て堂々と並んでいるのです。

「Skyrover」というブランドのドローンが2025年から米Amazonで売れ始め、2026年3月にはBest Buyにも進出しました。フラッグシップのX1は、スペック表だけ読むとほぼDJI Mini 4 Pro。公式サイトは「ファウンダーはDJI出身の独立スタートアップ」と自称しています。
ところがここで、笑える話が出てきます。2025年7月、セキュリティ研究者のKevin Finisterre氏がSkyrover X1のアプリを解析。Xへの投稿はこんな調子でした。
Busted already, it has connections to @DJIGlobal @DJISupport @DJIEnterprise via @DJIFlySafe references. That took like 20 minutes? lol Pathetic
これを意訳すると
即バレ。@DJIFlySafe 経由で @DJIGlobal、@DJISupport、@DJIEnterprise につながってる。所要時間20分くらい?(笑)ひどい
こんな感じで嘲笑気味ですね。
DJI卒業生スタートアップでは到底説明のつかない深さで、実際にはDJI本体と繋がっていた―と見るのが自然です。

話はSkyroverだけでは終わりません。2025年後半には、カメラ版の変装DJIとして「Xtra」が米Amazonに登場。Xtra MuseはDJI Osmo Pocket 3とそっくりで、ここでも同じ手口でした。アプリを解析すると、DJIの名前を別名に置き換えた痕跡が大量に見つかったのです。DJIに問い合わせたPetaPixelへの答えは、「現時点で追加のコメントはない」の一言。肯定も否定もしない沈黙が、業界では事実上の認知と受け取られています。
そして、この迂回路に気づいたのが米FCCでした。

2025年秋、Covered List企業の通信部品を含む製品を禁止する権限を採決。ブランド名ではなく部品レベルで塞ぐ枠組みで、SkyroverやXtraのようなDJI部品入りの別ブランド製品も、禁止対象に入ります。ブランドを差し替えれば抜けられる、という時代も長くは続かなさそうです。
ルールを破らずに、抜け道を探す―香港で見た既視感
ここまで書いて、ふと思い出した光景があります。ルールは破らない。けれど抜け道を探す―このDJIの身のかわし方、数年前の香港で、まったく同じものを見ています。
当時の香港は社会情勢の影響を受けていて、香港政府は「中国本土からのドローン輸入を禁止する」というお達しを出しました(本連載 Vol.20 でも当時の状況に少し触れています)。
「一体、私たちドローンユーザーはどうすればいいのか」と思っていたところ、ある時から香港の店頭にDJIの輸入品が並ぶようになりました。入って来たのは、マレーシア仕様のDJIドローンだったのです。香港のコンセントはイギリス式BFタイプ(3ピン)。マレーシアも同じ規格で、香港でそのまま使えるからこその選択だったのでしょう。
当時、香港のDJI旗艦店も閉鎖されることになりました。代わりに、尖沙咀(チムサーチョイ)の目抜き通りに大きな店舗(正規代理店)ができたのです。ハッセルブラッドまで並び、誰がどう見ても直営の佇まいです。けれど店員さんに尋ねると、小さな声で「実は直営ではないんですよ」と笑うのでした。
仕組みを整理すると、こういうことです。
DJIは世界の地域ごとに仕様の違うバージョンを作り分けています―米国版・日本版・欧州版・アジア版・香港版。「中国本土からの直接輸入は禁止」とお達しが出ても、「マレーシア版」を作り、いったんマレーシアへ輸出してから香港へUターン輸入すれば、規制の対象外になる―そんな商流が組まれていたのだろう、と私は見ています。当然、小規模な代理店レベルでこれほどの流れは作れません。DJIが裏で動いているのだろうということは、容易に想像がつきます。
ルールは破っていない。けれど結果として、マレーシア版DJI機が、香港で普通に飛んでいた。このことを知っている人は、おそらくほとんどいないと思います。私も所々で話したことはありますが、当時はあまり大きな声では話せませんでした。
この迂回措置は、一過性のものでした。今は香港でも、中国DJI本体が作った「香港版」が普通に正規ルートで売られています。マレーシア版が並ぶこともありません。そして、香港の大規模なDJI店舗は、今や直営ではなく代理店が運営するもの―尖沙咀のあの店も、その流れの中の一つです。
上に政策あれば、下に対策あり
今、米国でDJIが取っている手法―別ブランドを着せて足掛かりを残そうとする姿勢―を見ていると、かつて香港で取った「マレーシア版経由のUターン」と本質的には同じ手筋だ、と感じるわけです。ルールは破らない。けれど隙間を見つけて、流通を組み替える。
中国には「上に政策あれば、下に対策あり(上有政策、下有対策)」というフレーズがあります。中国・米国の政府方針に翻弄されつつも、ただ従うのではなく、隙間を縫って販路を切り開こうとしている。そのたくましさ、したたかさを見ると、この会社が世界市場でなぜここまで強いのか、改めて見えてきます。
二つのニュースが描く、一枚の絵
北京禁令と米国の話、原因は違います。一方は首都防衛、もう一方は米中対立の延長。それでも並べて眺めると、DJIの消費者向け製品が、世界の主要市場から静かに、しかし着実に縮小している―同じ絵が浮かびます。ファーウェイが2018年から米国市場で締め出されていった流れと、驚くほど似た構図です。
香港から見える景色
最後に、改めて香港から眺めると―筆者は深圳のDJI本社まで、地下鉄を乗り継いで1時間少々の場所に住んでいます。中国本土・香港・日本では、DJI製品はDJIの名前で堂々と買えます。米国だけ、別ブランドの皮を被って売られている。もう単なる商売の駆け引きを超えて、「同じ製品が国によって違う名前で売られる時代」の入り口に来ているのだと感じます。
日本市場は今のところ「アジア側」。LitoもPocket 4も普通に手に入ります。ただFCCの判断は同盟国に波及しやすく、安心はできません。
旅に出られない月だからこそ、机の前で世界の地殻変動を眺める時間が増えました。次回はまた、どこかで機体を飛ばしながら書きたいと思います。