ドローン・ロボティクス業界にいち早く参入して活躍するプレイヤーの方々のキャリアに焦点を当て、その人となりや価値観などを紹介する連載コラム[空150mまでのキャリア~ロボティクスの先人達に訊く]第14回は、あのチームラボを経て、2020年から家業である會澤高圧コンクリートでエンジンドローンの開発など、数々のビッグプロジェクトをリードする會澤大志氏に話を聞いた。
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大志さんと出会ったのは、2021年6月のジャパン・ドローン展だった。昨年は活況だった機体の展示が消え、けれども大勢が集まる會澤のブースには、ドローン業界への2つの提案があった。大志さんが家業の會澤に転職して、わずか1年で構想したという。
1つは、ハイブリッドではなく“エンジン直駆動”という提案だ。これにより、もっと長時間、パワフルに飛ばせる。このエンジン直駆動マルチコプタードローン「AZ-500」は、世界初となるデモフライトを10月26日に浜松でお披露目したが、当時はまだ開発中だったため、HoloLens2を使ったバーチャル展示だった。
世界初となるエンジン直駆動マルチコプタードローン「AZ-500」デモフライト(10月26日静岡県浜松市天竜川河口にて)
もう1つは、ドローンに限らずAIを搭載したロボットが“現実世界と同期して動ける”デジタル空間を、リアルタイムに構築しようという、新しい概念「SYNCWORLD」の提唱だ。大志さんが考案、特許も取得済みだ。スマート化の文脈でよく聞くデジタルツインとは、少し異なる概念のようだ。
コンクリート会社が“空飛ぶエンジン”を開発した理由
會澤高圧コンクリートは、その名のとおりコンクリートの会社だ。なぜ、エンジン直駆動のドローンを開発しているのか。それは、「そういうドローンが欲しいのに、世の中になかったから」だそう。
同社が独自開発した、微生物の力でひび割れを修復する「自己治癒コンクリート」を搭載して、コンクリート壁に直接吹きかけることや、いまは車両に搭載したアームで行っている「コンクリートの3Dプリンティング」を、いずれは空から行えるようにして自由度を高めることなど、ドローンで実現したいことは明確だ。
最初に開発したのは、ハイブリッド電力搭載システムドローンだった。エンジンで発電してモーターを駆動する用途特化型の大型機体を、米MIT系テックベンチャーTop Flight Technologies社と共同開発した。2020 年のジャパン・ドローン展では、同機体を大々的に披露していた。
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当時はほぼ完成形ということで、「ペイロード10kg、飛行時間1時間」というパワフルさが注目を集めたが、エンジンの振動を抑えるための制御が、最終的な大きな課題になっていたという。これ以上の改善が見込めないことが分かったタイミングで出会ったのが、スズキハヤブサのエンジン開発を手がけてきた荒瀬国男氏だった。
大志さん:蓄電のためにエネルギーをロスするうえ、電気ではそれほどパワーが出ない、ハイブリッドに限界を感じていたときに、荒瀬さんから“空飛ぶエンジン”の構想を聞きました。自己治癒コンクリートの吹きかけや、コンクリート材料の3Dプリンティングなど、我々のやりたいことも伝えて、それまで全くその発想はなかったけれど、エンジン直駆動のドローンを0から開発することにしました。
それまでドローンに仕事で関わった経験はなかった大志さんだが、會澤にジョインしたのは、奇しくもこの方針転換のタイミングだった。會澤高圧コンクリートのRDMセンター準備室長、會澤技術研究所の執行役員副社長に就任するや、機体開発のみならず、「産業用ドローンは、どのような世界で展開するのが最も望ましいか」を、これまた0から考え始めたという。
大志さん:産業用ドローンを適切に運用管理するためには、空間まるごとデジタルで管理する仕組みづくりまでを、セットで開発する必要があるのではないかと考えました。エンジンドローンが1つのきっかけになって、xR、ブロックチェーン、デジタルの都市づくりと、考える対象がどんどん広がって、いまとても楽しいです。
「デジタルと建築」が絶対的な強み
エンジンドローンを本当に開発するなんて、とそれだけでも話題になっているが、ドローンが飛行する空間のあり方まで、同時にアップデートして新たなシステムを作っていく。ここ1年で、同社にこうした流れが生まれたのは、大志さんが「デジタルと建築」にコアスキルを持っていたからではないだろうか。
東京理科大学に在学中から、建築の最先端を走ってきたコロンビア大GSAPP出身の講師陣に学び、特に講師の1人だったライゾマティクスの齋藤精一氏からは大きな影響を受けた。研究室では、建築に無限の広がりをもたらすプロジェクションマッピングをメインテーマに「デジタルと建築」を突き詰め、研究テーマとしても取り上げたチームラボに入社したのは、自然な流れだったという。
大志さん:チームラボアーキテクツには、約5年間在籍しました。僕がやっていたのは、基本的にはまだ世には情報が出ていない、水面下で計画中の大規模なプロジェクトで、クライアントと一緒にとにかく面白いことを突き詰める、0か100かみたいな案件ばかり。空間的にどうやって作品を表現したら一番お客さんが感動するかを考えて、映像としての空間の設計も含めて建築物を0から設計する、そんな仕事をしていました。
チームラボの作品には、遠近法が一切ないという。どこまでも平面的に絵が続く、日本の絵巻物のような、庭や山や空を平面的なレイヤーとして重ねて見る、いわゆる借景のような、「超主観空間」という表現手法を確立して、世界的にも絶対的なオンリーワンになったチームラボで、空間体験を0から作り上げていく仕事は、とても楽しく学びも多かったという。
しかしそれは、逆にいうと、超主観空間から逸脱するような挑戦はできないということ。そんなとき、家業の會澤グループのさまざまな取り組みを聞いて、とても刺激的で面白そうだと感じたという。そして、「ワクワクを軸に仕事を選ぶ大切さ」について、このように考えたと語ってくれた。
大志さん:大学とチームラボで約10年間やってきた“デジタルと建築”に関しては、自分には絶対的に誰にも負けないスキルがあるという自信を持っていました。だから、別の業種に行ったとしても、そのコアスキルをどう活かせるかを考えればいいだけだと思ったのです。
それよりも大事なのは、面白いと思えるか、ワクワクできるか。なぜなら、ワクワクできないものには、人は真剣にはなれないからです。ドローンでも何でも、自分が作ったもので世界をこう変えたいのだ、という信念を持ってものづくりをするためには、まずは自分が真剣にワクワクできるものを見つけて取り組むことが必要だと思います。
いま大志さんは、會澤グループにADACCという一級建築士事務所も立ち上げて、リアルの空間をデジタル活用でいかに拡張するかといった、これまでの延長線上にある試みや、MR(Mixed Reality)を使った空間設計など新たな取り組みも始めている。
浪江町の災害予測検知システム
空間体験を0から作り上げる、そんな仕事に長く向きってきた大志さんにとって、「産業用のドローンは、どういう世界で展開するのが望ましいか」と、早々に着眼したのは、当たり前のことだったのだろう。大志さんは、ドローンと「街づくり」は、切っても切り離せない関係だと指摘する。
大志さん:街がデジタルとともに、どのように管理されていくと、本当に産業用ドローンが飛べるようになるのか、をいま真剣に考えています。エンジンドローンはそれ単体でもすごい成果物ですが、実際に都市で機体がどのように動くのか、ドローンを飛ばすことで得られる価値を世の中にどうお届けするのかを設計する必要があります。
いままで語られてきたスマートシティのような、リアルを単純にデジタル化するという話ではなく、都市計画の観点からドローンを運航するためのシステムを設計中です。そして、それをベースに災害を予測、検知するというサービスも、同時並行で開発しています。
2021年8月24日、會澤高圧コンクリートは福島県浪江町と「工場立地に関する基本協定」を締結した。福島県双葉郡浪江町の南産業団地に、研究(Research)、開発(Development)、生産(Manufacturing)の3機能を備えた「福島RDMセンター」を建設して、ここに會澤グループの研究機関であるアイザワ技術研究所の一大拠点を設置、マサチューセッツ工科大学やデルフト工科大学などとのコラボレーションも図っていく予定だ。
福島RDMセンターでは、6つの研究開発領域において、新たなプロダクトやビジネスモデルの創出を図っていくが、そのうちの1つが「防災支援/インフラメンテナンス分野」における、エンジンドローンの活用である。
大規模豪雨や津波などの災害時、衛星データを活用して川幅をリアルタイムに計測する、エンジンドローンで長時間にわたり海岸線の上空を撮影してリアルタイム放映する、これらのデータと都市のデジタルデータと統合して堤防が決壊した場合にどのように水が氾濫するかをシミュレーションするなど、防災の解像度を上げるソリューションの確立を目指す。そして、解析結果を活用して、個人にピンポイントでダイレクトに「避難アラート」を出せるアプリもリリース予定だ。
大志さん:個人向けの河川津波防災支援アプリ The Guardianを、浪江町との連携協定のもと、社会実装していく構想です。従来の広域的な災害予測は、本当に避難しなくちゃいけないレベルなのか、判断がつきにくいのではないかと思いますが、このアプリでは個人向けのピンポイント予測検知を実現します。あなたのいる場所がいまこうなっていて、何時間後にはこうなる、という個別最適化された情報を個々のユーザーに届けることで、本当に人の命が助かるサービスを本気で作りたいのです。
エンジンドローン「AZ-500」は、機体重量100㎏、ペイロード50㎏未満で、ペイロードを使用しない連続航行時間は5時間以上という、非常にパワフルな機体。だからこそ、継続監視に役立てられる。さらに注目すべきは、同機体を「自律航行前提の、産業用ドローンのベース機」と位置付けている点だ。そして、自律航行のおおもとになるのは、大志さんが考案した「SYNCWORLD」という新しい概念である。
「SYNCWORLD」同期する世界を、2024年までに浪江町で実現する
「SYNCWORLD」とは、同期する世界という意味。大志さんは、「現実世界を全く同じ形でデジタル化するデジタルツインには、同期性はあまりなく、ドローンやロボットが自律的に動くことは難しい」と考察する。
大志さん:SYNCWORLDは、まだ有名な話ではなくて、僕が勝手に言っている概念ですが(笑)、ちゃんと商標登録も済ませました。どういうことか言うと、要はデジタルツインだけじゃなくて、フィジカルツインもあるということです。AIやロボットは、何らかのセンサーを用いて現実世界を知覚しているだけなので、彼らにとっては、デジタルの世界こそが主であって、我々がいる現実世界は“あっち側”なんですよね。
だけど、AIが働くデジタルの世界に合わせて、ドローンもロボットも動いているわけですから、我々からみたデジタルツインがあるように、彼らにとってのフィジカルツインというものがあってもよいのではないかと。そして、その2つがリアルタイムに同期した世界を作ることで、人間と機械がリアルタイムに共存できると考えているのです。
AI搭載ドローンの空間認識と自律航行「Sync World」のコンセプト展示
そのコンセプトをお披露目したのが、2021年6月のジャパン・ドローン展だった。模型のビルを動かすと、デジタル上のAIがビルのフィジカルデータを認識し、デジタルの世界でリアルタイムの現実世界を知覚することができるから、ドローンは自律的にビルを避けて飛行できるという内容だ。
「SYNCWORLD」を具現化するために、大志さんが考える方策は、位置情報“だけ”をブロックチェーンで管理するという、シンプルなもの。逆に、それ以外の情報は何も共有しないという。
大志さん:位置情報以外は何も管理できないシステムなので、ものすごく不便だろうけど、こうやって制限することが普及の鍵だと考えています。どこにあるかという位置の情報だけなら、どの業種でどのような利権があったとしても、共有したところでビジネス上なんの影響もない。また、自律航行には業種を超えた位置情報のリアルタイム共有が欠かせません。位置情報を管理するだけの、ものすごく低次元化させたシステムを開発して、まずは浪江町で実装して、誰でも使えるよう開放していく予定です。
浪江町との協定では、2024年までに個人向けの河川津波防災支援アプリ The Guardianを実装予定だ。つまり大阪万博の前に、「SYNCWORLD」が具現化した世界を見ることができるとのことで、将来的にはドローンに限らず自律的に動く自動車やロボットがすべて「SYNCWORLD」のシステムにつながって位置情報を共有できる世界を目指す。
日本のものづくりは、宝のようなもの
ちなみに、會澤高圧コンクリートは、「コンクリート以外のことはするな」という初代の言葉を“厳格に”守っているという。エンジンドローンもSYNCWORLDも、一見コンクリートには遠いように見えるが、「コンクリート×○○」でコンクリートの付加価値を上げる、需要を増やすことにつながるならば、それは全てコンクリートに関わる事業だという考え方なのだそう。
大志さん:新たな技術とは、結局は既存の何かと何かの掛け合わせです。うちはその1つがコンクリートと決まっているから、考えなくていい、楽なのだ、と親父から聞いて育ちました。
「コンクリート×何か」でイノベーションに挑むことが、普通に家庭の会話として、父子の会話としてあったという大志さん。大学、チームラボと、自らの興味関心の赴くまま走ってきたことを糧に、「いままで會澤が挑戦できなかったところを、いかに自分が挑戦していくかに挑んでいる」という。父子間での新規事業に関する意見交換も非常にスムーズなようだ。
大志さん:うちはコンクリートの会社なので、土木業界でいきなり営業利益率を急増させるとかはまずないのですが、コンクリートに関わるいろんなやり方で、会社全体としてもっと儲けられるような仕組みを作っていきたいですし、何よりもみんなが楽しく面白がって仕事をできるのが一番だと思うので、会社の構造自体ももっと考えていかなければと思うようになりました。
また、バイクのエンジンを0から築き上げてきた荒瀬さんの仕事っぷりを間近で見るからこそ、分かることもすごくいっぱいあります。日本のものづくりはすごく大変な、だけど宝のようなもの。これを大事に受け継いで行けるような、また何かにつながるような、新しい仕組みができたらいいなと考えています。
僕の本職は建築家ですが、いろんなことを同時にやりすぎていて、自分が何者か説明するのがもはや難しいのですが(笑)、建築家は生活に関わることを生業とした職業だからこそ、何にも縛られない姿であっていいと思っているんです。家や街もそうだし働き方も、生活のいちばんの基盤じゃないですか。そこに本質的に取り組む、新しいライフスタイルを提案する建築家でありたいと思っています。
父子の信頼関係の上で新しい挑戦を続ける大志さんが、熟練技術者から組織開発のヒントまで得ながら、ドローン開発をはじめものづくりの世界にどのような一石を投じていくのか、とても楽しみだ。