■SPAC上場失敗で見えたこと
ドローン業界に携わっていればA.L.I. Technologies(以下:A.L.I.)を知っている読者も多いのではないだろうか?ホバーバイクやドローンの開発・製造を手がける同社は、黎明期のドローン業界において大型の資金調達を実施した新進気鋭のスタートアップ企業だった。しかしながら、米国親会社AERWINS Technologies Inc.(以下:AERWINS)を通じて、本年2月に米国NASDAQ市場に上場したのを契機に、経営難に陥り、もはやその存続すらも危うく、窮地に立たされている。
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創業者や多くの役員が退任し、140名超いた人員のほとんどが整理解雇された。債務超過による過去3カ月分の従業員に対する給料や経費精算の未払い等、取引先への債務なども含めて負債総額は9億円を超えるという。世界に先駆けてのホバーバイクの発売開始、そしてNASDAQ上場までしたA.L.I.が、なぜこのような状況に陥ったのか?
編集部では創業者を始め、退任した役員、リストラされた元従業員、不良債権を抱えた取引先などを独自に取材した。この状況はドローン業界に非常にネガティブに影響している。それを払拭するためにも、一体何が起こったのかを伝えていきたい。今回はドローン業界で起こったA.L.I.失速の顛末を探る。
■A.L.I.Technologiesが追い掛けたものとは?
A.L.I.は、ドローン業界の黎明期に起業し、「次世代のインフラ企業となる」ことをビジョンに標榜していた。創設者の小松周平氏(上場時は代表取締役会長)のまわりには、外資系戦略コンサルティングファームのボストンコンサルティンググループ出身の片野大輔氏(同、代表取締役社長)、ホバーバイクの開発には元ソニーYでプレイステーションの開発をリードしていた三浦和夫氏(同、取締役)、海外マーケット及びSPAC対応に外資系ヘッジファンド出身の伊東大地氏(同、取締役)が脇を固め、社外取締役にはDRONE FUND共同代表の千葉功太郎氏がいた。
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事業としては、ホバーバイク「XTURISMO」の製造・販売、ドローンの運用管理UTM「C.O.S.M.O.S」を開発、国土交通省都市局が主導する「Project PLATEAU」に参加。2019年には当時業界でも最大級の23億円にものぼる資金調達を実施し、出資者には京セラや三菱電機、三井住友海上、JR西日本など事業会社が並んでいた。ドローン業界において目立つ印象のスタートアップ企業だった。
特に「XTURISMO」は、国内外で注目された。2018年にDRONE FUNDの2号ファンドのメディア向けイベントでコンセプト機が公開されて以来、2019年は開発中の機体でデモを行い、同年10月には東京モーターショー2019でスポーツカーを意識した特別デザインモデルを一般公開した。2021年には富士スピードウェイを貸し切り、「XTURISMO Limited Edition」の予約受付開始を発表するプレスイベントを実施した。
機体が有人で浮遊する実際の様子は大手メディアでも取り上げられ、翌2022年には北海道日本ハムファイターズの開幕戦で新庄剛志監督がXTURISMOに乗って札幌ドーム内を飛行する演出で一躍話題になった。
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XTURISMOは、時速80kmで40分間の走行可能という触れ込みで価格は7,770万円。高額な値段設定ながら、国内外からの予約があり、湘南美容外科の相川佳之氏が第一号の予約購入者となり大々的に報じられた。
■SPAC上場で暗雲立ち込める企業体制
A.L.I.の米国親会社AERWINSが、2022年8月に特別買収目的会社のPONO CAPITALと合併し、翌年2月4日にA.L.I.はNASDAQ上場企業となった。2月6日よりAERWINSとして市場取引が始まった。
しかしそのプロセスの中で多くの齟齬が生まれているようだ。株価がNASDAQ史上2番目の下落、A.L.I.の経営不振…など、上場直後に暗雲が立ち込めた。SECの資料から垣間見えるのは、A.L.I.が経営が資金難に陥っていたことと、その奥にある闇深さだ。なぜ彼らは通常の店頭公開を選択しなかったのか?SPAC上場に、どこか焦りのようなものを感じる。
SPACは、事業を行わないビジネスフレーム側が「空箱」として上場後、スタートアップ企業を買収し、合併し上場を完成させる手法だ。しかしながらSPAC上場についてはネガティブな報道が続いている。過去3年間で実に800社以上がSPACにて上場を果たしているが、その5分の1にあたる企業がGoing Concernとして立ち行かない状況だという。A.L.I.もまさにその状況に陥っている。
SPAC上場のシステムは、買収を目的とする企業(SPAC)と買収されることを検討する企業とが独占的に交渉する。SPAC側のPONO 1が2022年8月にBenuvia Therapeutics Incとの交渉が破談したことを発表し、その直後にPONO CAPITALとA.L.I.はSPACによるNASDAQ上場を決めている。PONO CAPITALは千葉氏らが立ち上げたもので、A.L.I.にも同氏が代表をつとめるDRONE FUNDが出資している。
SPACスポンサー(SPACの仕掛け人をこう呼ぶ)は上場のために経費が掛かっており、2年間という期限内に合併が完了出来ない場合はSPACを清算しなければならず、かかった経費が数億円単位で消えてしまう。
今回取材した関係者の証言によると、A.L.I.は実は「PONO2での上場が考えられていた」という。そのためPONO1としては2年間という清算期限が迫ったことで、急遽A.L.I.に白羽の矢が立ち、PONO2とのSPAC上場を前倒してPONO1との上場を画策したのではないだろうか?これこそが金融市場関係者が覚える違和感ではないだろうか?
■SPAC公開でA.L.I.の資金難が露呈
上場益は、70~80億にも上ると上司から説明がありました。SPAC上場が完了した暁には、国内のドローン・エアモビリティ業界では最も資金力のある企業になる。上場企業となる来期は、ドローン事業部は、前年3倍の売上を目指し、M&A候補を探すように指示されました。チームは沸きましたね。株価も比例して上げていく計画だと役員が言っていました。
と元従業員が語っていた言葉とは裏腹に、A.L.I.の資金難が表面化したのは上場直後の2月だ。一般出資者が一斉にPONO側から資金を引き揚げた。SPACでは、一般投資家は、合併相手を見極め、株式保有について判断する権利を有し株式の償還が可能だ。
AERWINSの場合、SPACの一般投資家のほぼ全員が資金を引き揚げ、99%が償還されてしまった。実に総額1億6000万ドルは160万ドルまで目減りした。上場で資金調達するはずが、その当てが外れてしまったためにA.L.I.は窮地へと追い込まれた。
さらには上場完了発表の48時間前に、本来合併完了後の上場時には16ドルの値がつくはずが、何故かPONO側で1株1ドルという新株発行が実施されている。誰が、この価格で、なぜ行われたのか?その部分は闇だ。
■48時間前の1ドルでの新株発行という闇
合併手続き中の2023年2月2日、PONO1は、合併完了し上場完了のために短期間で資金調達が必要なために1ドルでの新株発行を行った。48時間後には、市場において1株16ドル弱で取引されるはずだった。たったの1ドルで新株が発行され結果500万ドルの資金を調達した。格安な新株発行が悲劇を招くことになる。
この決断にはPONO1側の弁護士費用など、上場に伴う費用を賄う必要があったことに起因する。合理的に考えれば株価が高いうちに売り抜けて儲けようとする。他の投資家もそれを心配し、売りに走る。株価が下落するのは言うまでもない。
2月6日の月曜日に合併完了後初めての市場取引が始まり、A.L.I.株には売りが殺到。翌週には1ドル台まで下落し、3月以降は、1ドル以下の株価となった。10月2日現在株価は、0.23ドルだ。
ある金融関係者は、今回の顛末を見て首を傾げる。
そもそも当時のA.L.I.社の実態で時価総額800億円もの価値があったのだろうか?また苦しい経営状態であるのならば、投資家に丁寧に説明し新たな資金を調達して、体制を立て直し、時間をかけてでも素直に国内上場を目指していれば、これほどの事態にはならなかったのではないか?出資関係者がSPACによるエグジットを焦ったのではないだろうかと感じた。
また別の金融関係者は、以下のように語った。
今回のA.L.I.の事案で懸念されるのは、特にアメリカの場合、提出書類や、また製品について明らかな虚偽等があった場合、訴訟へ発展する可能性がある。
■一夜で風前の灯に。日米親子経営の捩れ
上場直後から資金難のA.L.I.は、当然ながら資金調達に奔走したという。手元資金には問題を抱えながらも、事前準備していたとされるELOCや転換社債型新株予約権付社債などの資金政策を実施し、勢い新たに発表済みであった中東との事業展開を進めていたという。
その中で、Lind Global Financingという会社から500万ドルの条件付き資金調達に成功したが、バーンレートが月2億円近くかかる経営体制では、わずか2カ月で資金が底をつくため、ほぼ焼石に水の状況だったという。
その後40社以上と資金調達の交渉に臨んだが、「2億円調達だと1カ月後に消える」そんな会社に投資はできないと言われたという。
そんな中、HALOCOLLECTIVEという大麻関連企業でIPOを経験している投資家のKiran Sidhu氏が、唯一出資を申し出た。「私を役員として迎え入れなさい。その代わりに資金を入れます」という交渉条件があり、AERWINSの役員陣営ががらりと変わることになる。
6月上旬にKiran氏が来日し、真っ先に取り組んだことが企業としての出血を止めるための整理解雇だった。実はこの時既にA.L.I.の資金は底をつきかけており、実態としてはKiran氏が来日する1カ月前にあたる4月の月末から、取引先への支払い時期の先延ばし交渉が各所で発生していたという。
Kiran氏が関与して以来、A.L.I.親会社のAERWINSの取締役議席の6割にあたる3席をKiran氏及びその関係者が占領することになった。その後、追加資金がKiran氏からは振り込まれず、結果6月からは従業員の給与の支払いや経費など、すべての支払いが止まってしまった。
6月上旬までは140名いた従業員も現在では数人のみ、リストラされた元従業員は3カ月分の給与は未払いのままだと言う。
本来であれば労働基準監督署が未払賃金立替制度を適応して給与の8割を補填する事も可能なのだが、AERWINSが何かしらの事情でA.L.I.を倒産させないために、元従業員たちはリストラされたばかりか、未払いの給与が支払われる見込みも見えていない。A.L.I.が抱える負債総額は9億円にもなることが関係者からの証言でわかっている。
SPACの前と後では事業内容に変化はないため、取材をした元従業員達の表情には悔しさがにじみ出ているように思える。
SPACという新たな上場スキームが日本にもたらされたことは良いかもしれませんが、その裏では100名以上の従業員及びその家族が苦しんでいるという現実を、当時経営の舵取りを担っていた方々はどのように思っているのか知りたいところです。
■A.L.I.株を100%保有する親会社AERWINSとの関係性が立ちはだかる
A.L.I.とAERWINSからは、3月末の小松氏の退任とともに、日本人の取締役が抜けていき、今現在は伊東大地氏がAERWINSのCEOを務めているということしか確認できない。同社に着任したのは昨年の4月からで、上場時の取締役陣の中でも非常に遅い参画となっている。彼にコメントをもらった。
再三にわたって債務超過を解消させるために、Kiran氏には出資を完了させること、外部からの資金調達をすることを提言しています。しかしながら、取締役会で5席中4席に拡大したKiran氏の陣営は、株式の希薄化懸念を理由に出資に難色を示し、役員会が提案を受け入れず出資が実現していません。
創業者小松周平氏からもコメントをもらった。SPAC上場後起こった状況で炙り出されてしまったA.L.I.の動きはますます見えない。
SPAC自体は悪ではありません。1ドルの発行は衝撃であり、そこまでPONO1は資本がなかったのかと結果的に思うところではありますが、A.L.I.としては資金調達も事業推進も何か問題があっても本来は対策の目処を事前につけていました。
私もゲストとして招かれた4月の全社会議で新CEOから、今存在する契約さえ実行できれば大きく事業展開できるという社員への発言を聞いております。
しかしそれが新CEOでは全くできなかったということでしょう。今となってはその理由は分かりません。客観的には、経営能力、リーダーシップ力、実行実現力が欠如していたのではないかと考えるのが妥当かと思います。過程はどうであれ結果、6月以降は社員、取引先、株主に絶大な不利益を与え、今でもそれが続いており、誠に遺憾であります。
■プロダクトとしての完成度は?
A.L.I.は、(Xturismoが)開発途中にもかかわらず、完成できる約束をしてしまった。上場を急ぎすぎたのかもしれません。実はホバーバイクとはいえ、社内にエンジニアはいてもその分野の専門家が不在だったことも不思議でした。投資家からは、「XTURISMO」は本物なのか?40分飛行可能なら編集なしの40分間の映像を用意すべきだ、と必ずこのことを聞かれて苦労しました。
と、伊東氏はこの1年半を振り返った。ホバーバイクの開発に関わった元エンジニアからも開発途上の製品だったことは聞けた。
「XTURISMO」のデザインはカッコ良いのですが、有人で浮上させ走行させると言う意味では非常に不利なデザインです。これは航空関連、自動車関連のエンジニアから見るとそう思います。
デザイン上、屋外での運用は、横風に弱く横転する可能性が高いという。ライダーの他にも数人が関わって初めて飛行(!?)可能だという。社内にパイロットは1人のみで習熟するまでに半年はかかると言う。各デモンストレーションでは、パイロット自身は運転せず遠隔操縦することもあったという。「XTURISMO」のデザインはスタイリッシュで目を引くがそのカッコ良さと飛行安定性はトレードオフになっていたようだ。
さらに言えば、「XTURISMO」が謳う時速80kmで40分飛行するという機体仕様は、実は発売開始された時点では満たされておらず、開発途上の状態で現在に至るのではないだろうか?
A.L.I.のエンジニアたちは、開発のために関東某所のラボで50人程度が従事していた。チームでものづくりをする環境は乏しく、さまざまな面で開発が遅れていたという。仮に受注があったとしても結果対応できなくなったことも事実だろう。
AERWINSでCTOも務めていた三浦和夫氏にも取材を申し込んだが、現時点で回答は得られておらず、発売開始と謳うに耐えうるものだったのかは甚だ疑問に残る。機体が公表している仕様を満たしていないのであれば、SPACの是非を問う以前に、市場に対して虚偽の説明を重ねたことになるのではないだろうか?一次が万事、今回の顛末も同じなのかもしれない。
元エンジニアの従業員は、自動車メーカーエンジニアからA.L.Iのホバーバイクのエンジニアとして転職したが、今年7月に解雇された。現在は個人事業主としてエンジニアを続けているという。夢のあるこの企業に賭ける思いで転職したという言葉が、印象的だった。
A.L.I.の実業も綻びが出始めている。福井県土木部では、「ふくいの空から県民を守るドローン防災事業」という取り組みの一環で、ドローン8台の入札を実施。本入札ではA.L.Iが2,221万円で落札をしていたが、納品前に同社の資金難が直撃し、納品が未完了になっていると言う。
また、同社が販売していた機体を購入した顧客は、同社から購入後の導入講習が行われないままで、費用も支払い済みのため、今後どのように運用していけばいいのか分からず困惑しているという。A.L.I.のドローン事業はインテグレーターとしてサービスを顧客に提供していた側面が強く、同社のサプライチェーンはドローン業界でも非常に大きい。今回の同社の経営難はドローン業界全体に波及していると言っても過言ではない。
■成長するドローン業界に与えた悪影響。ドローン業界に明るい未来を
多くの国内ドローンスタートアップが様々な苦労の中、サービスや機体など日夜開発を続けて成長を目指している。ドローン市場は農薬散布以外、ほぼゼロから市場形成をしてきた。ようやく様々な場面でドローン活用の効果がはっきり見え、国の法制度も整いつつある。そのような中でA.L.I.の事件は起きた。
多くの業界関係者は今回のA.L.I.の顛末は、日本のドローン業界に大きな悪影響を与えたと言う。
ホバーバイクのドローン会社が、日本初の米SPAC上場で大失敗!この大事な時期に何故よりによってドローン業界なのか…と。この業界は予想以上に市場形成に時間がかかっていて有力な投資筋はドローン業界への投資に消極的になっている最中、更に業界への大きなイメージダウンとなった。
国内上場を断念し、米SPAC上場を選択し、あまりにも急ぎすぎた合併、そして不完全な製品(!?)、米国親会社とのねじれの構造など多くの要因が今回の悲劇を生み出したと言える。複数の元幹部や元従業員に話を聞いたが、最後に「実際のところは万策尽きたのが正直なところです」と元経営陣がこぼした事が印象的だった。
いよいよドローン市場が盛り上がり、新たな産業としても大きく飛躍しようとするときに今回の顛末は非常に残念なことと言える。7月にA.L.I.の片野代表取締役辞任後に着任した長島氏も早くも退任し、今は事実上代表取締役が空席のままという異常事態だ。親会社が海外で日本側が何の判断も決断も出来ないという。一方的に解雇された従業員達も給与も払われず、また解雇で本来受けられるはずの公的補償も受けられずにいる。
今回起きてしまったA.L.I.の事案は、成長中のドローン業界に投げかけられた一つの資金石だったのかもしれない。この轍を踏まぬように業界の成長を願わずにはいられない。
※追記:(株)A.L.I.Technologies(東京都港区)は12月27日、東京地裁に破産を申請し1月10日、破産開始決定を受けた。