本研究では、使用する匂いセンサと探索アルゴリズムを大幅に改良し、世界最高性能の次世代バイオハイブリッドドローンの開発に成功した。
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概要
信州大学繊維学部 機械・ロボット学科の照月大悟准教授と、千葉大学大学院工学研究院の中田 敏是准教授、同大大学院融合理工学府博士後期課程2年の福井千海氏らの研究グループは、生きた 昆虫の触角を使った嗅覚飛行ロボット(バイオハイブリッドドローン)を開発し、匂いの発生源を探索する研究を進めている。
本研究では、使用する匂いセンサと探索アルゴリズムを大幅に改良し、世界最高性能の次世代バイオハイブリッドドローンの開発に成功した。バイオハイブリッドドローンは、生物の優れた嗅覚(例:触角)と小型ドローンを融合した革新的なシステムだ。
このシステムは、従来のカメラやレーザー技術を補完し、匂いを使ったナビゲーションを行うことが特徴である。本研究では、生物が行う匂い源探索行動からヒントを得て、ドローンの匂い追跡能力を向上させる、以下2つの重要な要素を明らかにした。
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- 1. 匂いセンサを特別なエンクロージャ(カバー)で覆い、匂いの方向感知能力を高めること
- 2. 戦略的に動きを停止する、生物に学んだ「段階的回転アルゴリズム」を導入すること
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これらを統合した次世代バイオハイブリッドドローンは、探索精度が2倍以上に向上し、探索距離は 最大5mに達した(図 2)。この成果は、直径10cm程度の小型ドローンによる匂い源探索の世界記録だ。
このドローンは、カメラなどの画像情報の利用が困難な災害環境において、匂いを利用して要救助者を発見する新しい災害救助システムの実現に貢献すると期待されるという。
本研究成果は、ネイチャー・パートナー・ジャーナルのロボット系雑誌であるnpj Roboticsに、令和7年2月5日に公開されました。
背景
動物や昆虫にとって「嗅覚」は生存に欠かせない感覚であり、食料探しや繁殖行動に大きな役割を果たしている。例えばガ類のオスは、風に乗って漂うメスのフェロモンを頼りに、時には数km離れた場所にいるメスを見つけ出すという。このような行動は「匂い源探索行動」として知られており、空気中の断続的な匂いを手がかりに目的地を見つける能力である。
ドローンは一般的に、熱画像やレーザー・スキャナなどの画像ベースのセンサを用いて飛行を制御している。しかしこれらのセンサは、暗い場所や粉塵、高湿度といった悪条件下では性能が低下することがあるという。
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そこで、匂いを利用したドローンのナビゲーション技術が注目されている。この技術は、既存の画像ベースのセンサを補完し、ドローンの新たな可能性を切り開くことが期待される。例えば、災害現場での要救助者探査、インフラ点検(例:ガス漏れの検知)、危険物質(例:麻薬、爆発物) の特定などへの応用が考えられている。
2021年に照月准教授らの研究チームは、生きたカイコガの触角を小型ドローンに搭載し、匂いの濃度と匂いが来る方向を識別しながら匂い源を探索することに、世界で初めて成功した。しかし、当時のドローンは探索範囲が2m程度に限られており、より広い範囲を精度よく探索するための技術革新が必要となっていた。
研究成果
本研究では生物の匂い源探索行動をヒントに、バイオハイブリッドドローンの匂い追跡能力を強化する、2つのカギとなる要素を明らかにした。
また、匂いセンサ、触角を接続する電極、探索アルゴリズムを総合的に見直すことで、世界最高性能を誇る次世代バイオハイブリッドドローンを開発し、匂い源探索の世界記録を樹立した。
要素 1:匂いセンサの方向感知能力の強化
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カイコガは、羽ばたきによって気流をコントロールし、匂いが含まれる気流を自身の前方から触角に対して選択的に誘導する。
一方でドローンは、プロペラ飛行によって対称的な流れが発生するため、匂いが来る方向を判断することが困難だ。そこで昆虫の羽ばたき効果に着目し、匂いセンサに特別なエンクロージャ(カバー)を取り付けることで、羽ばたき効果の一部を再現した。
これによりドローンは、匂い源方向に向かって左右45°の範囲でより強く匂いを検出するようになった(過去モデルは左右 90°の範囲)(図 3A)。結果として、ドローンの匂い源方向の推定精度が向上した。また、スモーク実験の結果から、開発したエンクロージャは流れを乱さない構造であることが示された(図 3B)。
要素 2:戦略的に動きを停止する探索アルゴリズム
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昆虫は匂いを探す際に、動き続けるのではなく「停止」することが調べられている。一方で停止という動作は、ロボットによる探索では見落とされがちな要素だ。本研究では、自然界で観察される昆虫の動きをヒントに、戦略的に一時停止(ホバリング)を組み込んだ回転動作と、一定距離(0.7m)を 直進する動作を交互に繰り返す「段階的回転アルゴリズム(Stepped rotation algorithm)」を開発した(図 4)。
ドローンは、回転スキャン中に取得した匂い情報(EAG センサ(注 1)の値+ドローンの角度)を 計算することで、匂い源方向を推定してその方向に直進する。このアルゴリズムを実装したドローンは、エンクロージャの効果も相まって、探索精度(匂い源定位成功率)が過去モデルの2倍以上に向上した(図 4)。
上記の発見に加えて、匂いセンサとして用いるカイコガ触角を接続したEAGセンサは、回路構成と電極構造の両面から大幅に強化された。触角からの信号値は小さいため、適切な増幅(ゲイン)が必要だ。
本研究の EAGセンサ回路には、ゲイン値を変更可能な可変型アンプを実装した。これにより、匂い濃度に応じて変わる触角からの入力信号に適したゲインを選択でき、信号処理効率が向上した。
EAGセンサの電極は、溝付きの新しい電極デザインの考案と金メッキ仕上げにより、カイコガの触角に特化したものを開発した。
この電極は、個体差のある触角でも取り付けが容易であるうえ、触角を電極に接続するための導電性ゲルをより多く保持できるデザインだ。この工夫により、セ ンサ寿命を5時間まで大幅に改善した(過去モデルの寿命は1〜2時間)。
本研究における発見と技術開発により、次世代バイオハイブリッドドローンは、自律的に飛行方向を 修正しながら5m離れた匂い源へ到達することに成功した。この結果は、匂いによってナビゲートされる小型ドローンが行った匂い源探索として、世界記録となる探索範囲だ。
今後への期待
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研究チームでは、嗅覚飛行ロボットを災害時の要救助者探査に応用する研究開発を進めている。取り組みの具体例として、福島国際研究教育機構(F-REI)の委託事業を実施しており、嗅覚ロボットコンソーシアムを設立した。
この事業では、ヒトに関わる匂いを検出可能な蚊の触角をセンサとして利用している。一方で、バイオハイブリッドドローンを実際のミッションに投入するためには、今後も様々な研究開発が必要だ。本研究で得られた成果は、より高度な嗅覚飛行ロボットの開発に向けた 設計指針となるという。
研究チームでは今後、匂い源探索に特化したマルチコプター型ドローンの開発や、災害現場を模した環境での実験に取り組んでいく。この技術が完成すれば、匂いを頼りに要救助者を発見する、災害救助の未来を切り開く新技術の実現が期待されるとしている(図 5)。