2022年に発表した共同研究「月火水星に住むための人工重力施設を京都大学と鹿島が共同研究」では、宇宙居住に必要な3つの構想(人工重力、輸送生態系、人工重力交通システム)を掲げ、これらの基礎的な概念の構築を行ってきた。
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その後、国内外からさまざまな反響を得て、異業種を含める研究対象が技術的に必要であると認識したという。そこで、本共同研究においては、これまでの概念検討から一歩進めた物理的な実現に向けて、月面での人工重力居住施設の構造成立性、施工安全性、居住性、人体への影響評価、閉鎖生態系(ミニエコバイオーム)の確立をそれぞれ研究し、また地域上での実装に向けたとりくみを目標としている。
背景
宇宙での生活が現実味を増すにつれ、月面等の低重力が問題視され始めた。低重力環境では、骨や筋力の衰え以外にも血液など体液循環への影響や脳委縮、 視神経への悪影響が懸念されている。
そこで、2022年に京都大学と鹿島が発表した、 天体上での低重力の課題解決方法を建築的に示した月面での人工重力居住施設「ルナグラス」が、 医学界を中心に国内外で注目されている。
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また、地球上での過重力施設の利用が骨粗鬆症を抑制する等、 健康増進に繋がる可能性があるため、世界に先駆けて、日本での人工重力施設実現を目指した本格的な研究を開始した。
京都大学大学院総合生存学館 SIC 有人宇宙学研究センターでは、宇宙居住に最低限必要な、社会制度(コアソサエティ)、基幹技術(コアテクノロジー)、基幹生態系(コアバイオーム)の三つをコアコンセプトとしており、その中でも人工重力施設は、最も重要な基幹技術として位置付けられている。
宇宙空間での人工重力施設は、過去に数種類の施設が提案されているが、天体上の人工重力施設については、鹿島建設が特許技術として申請中であり、他に類をみない特徴を有しているという。
研究の目的と期待される成果
本共同研究で掲げる、3つの目的と期待される成果は次のとおり。
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人工重力居住施設の成立性の確認
- 「月面人工重力居住施設(ルナグラス)」の実現性を世界に先駆けて研究。
- 構造成立性や建設方法を検討。
- 宇宙居住の可能性を広げ、月面や火星といった天体上でも地球と同程度の重力を実現。
- 人類の分断を防ぎ、恒久的で平和な宇宙進出を期待。
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閉鎖生態系(ミニコアバイオーム)の成立性の確認
- 宇宙独自の課題や閉鎖環境で成立する資源循環の研究を通じて、地球上の環境問題解決に貢献。
- 外部からの資源供給に頼らない生態系維持の最低条件を追求。
- 今後の宇宙居住や地球環境保全に活用可能な技術の創出を目指す。
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地球上における過重力施設の実現性の確認
- 地球上の過重力施設の概念実証を計画。
- 回転体独自の課題に挑戦し、おわん型の活動空間を未来の月面等居住空間体験として活用。
- 人工重力施設の実現性が確認されれば、骨粗鬆症抑制、トレーニング、健康増進施設としての実用化が期待される。
波及効果、今後の予定
人工重力居住施設の実現には多くの課題がある。しかしながら理想形を掲げ目標を設定することで、 課題解決に向けた様々な分野の交流のきっかけになると考えるという。また、施設内の生態系確立を研究することにより、地球環境の重要さを再認識し、地球外宇宙をも包含した持続可能な社会の構築に寄与できるとする。
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今後は、人工重力居住施設の実現に向けて、次の具体的な条件を確定させ、成立性を検証する。
- 建設方法については、現地材料利用、 低重力等現地環境利用、 遠隔操作現地無人施工を検討。
- 月面環境に閉鎖居住空間を構築するための構造的課題として、天体の重力と遠心力、 さらに気圧に対する成立性を検証し、 建設方法を検討。
- 回転を伴う施設であり居住性の確認が必要です。 医学的見地からの適正遠心力環境 (半径、回転数、合力)を検証し、人体に対する影響評価を行います。太陽活動等による宇宙放射線の遮蔽検討を行い、施設材料種別の選定と厚みを検証。
- 回転体独自の課題として内部での熱の移動や流体挙動を解明し、回転安定性のためのアクティブ制御等を検討。
また、この共同研究を通じて、惑星間の人工重力移動手段ヘキサトラック (HEXATRACK)を含めた月・火星人工重力ネットワークの実現可能性についても検討するという。
研究プロジェクトについて
本研究プロジェクトは、京都大学の大学院総合生存学館 SIC 有人宇宙学研究センターおよび関連部局(工学研究科、理学研究科、防災研究所)と鹿島建設の共同研究として進行し、取り組み体制としてはテーマごとに専門の京都大学教授陣が参加する。また、必要に応じてその他有識者の協力を得て進めるとしている。
研究者のコメント
京都大学大学院総合生存学館専攻長・SIC 有人宇宙学研究センター長である山敷庸亮氏
我が国発の人工重力技術を具現化し、実際の宇宙居住に繋げてゆくためには、乗り越えなければならない大きな技術的飛躍が必要になります。三つのコアコンセプトの中では、人工重力というコアテクノロジーと、人工海洋というコアバイオームをつかって、宇宙での新しい社会コアソサエティをつくってゆくことにより、 宇宙での地球窓 「テラウインドウ」 を実現してゆくための礎を構築します。それぞれの技術は、さらなる地上での施設の実現や、SDGsの実現と地球環境の保全につながってゆく、重要な研究となります。
鹿島建設株式会社 イノベーション推進室 担当部長(宇宙)である大野琢也氏
本研究によって、日本の宇宙産業が世界に先駆けたものであることを示すとともに、平和思想を発信することにより将来の宇宙開発が有益なものとなることを願っています。 月面の人工重力施設のような大規模な構築物は国際協力の下でしか実現しないでしょう。宇宙進出黎明期である現在において、本研究が人類結束のきっかけになればよいと考えております。