精密農業での活用が進むドローン
2010年代半ばに民生用ドローンが大きな注目を集めるようになった際、その用途として早くから検討されていたもののひとつが、農業における活用である。農薬散布や農作物の生育状況把握など、比較的シンプルな用途だけでなく、各種の観測用機器を搭載し「空飛ぶセンサー」として活用するアイデアが、さまざまな研究機関や企業によって検討された。
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その背景にあったのが、2000年代初頭に広まった「精密農業」の概念だ。これは文字通り、農地や農作物の状態を「精密に」把握してそれぞれに合った対応を取るというもので、農作物の収穫量を上げたり、農薬や肥料の使用量を減らしたりすることが目指されている。そのためには広大な農地を効率的に監視・管理するテクノロジーが欠かせないが、そこに民生用ドローンの急速な進化がタイミングよく訪れたというわけだ。
たとえば一般社団法人セキュアドローン協議会は、2015年に早くも「精密農業とドローン」と題した論考をウェブ上に掲載し、ドローン活用の利点として「調査の自動化や肥料量の分析、病気の診断と適切な農薬散布、灌漑などのメンテナンス費用の低減化などを実現すること」を挙げている。
こうしたユースケースは非常に具体的なもので、その効果も分かりやすいことから、このおよそ10年で農業分野におけるドローン活用は大きく進んでいる。農林水産省が2021年に発表した資料によれば、国内のドローンによる農薬散布面積は、2016年の684ヘクタールから2020年の約12万ヘクタールへと急上昇。農薬散布用ドローンの販売台数も、2018年の1,214台から2020年の5,561台へと大きく増加している。
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世界全体を見てもこの傾向は鮮明で、Fortune Business Insights社が発表したレポートは、世界の農業用ドローン市場規模が、2019年の約10億ドルから2027年の約37億ドルへと4倍近くに成長するとしている。背景にあるのが精密農業の進化と、それに対する大きな期待であり、それはロシアによるウクライナ侵攻などで深刻化している世界的な食糧不足を背景に、さらに取り組みが加速すると予想されている。
エッジコンピューティングによる進化
とはいえ、精密農業におけるドローンの活用に障壁が無いわけではない。技術面・制度面などさまざまな点において、普及に向けて乗り越えなければならないハードルは多い。中でも大きなもののひとつが、データ処理の問題だ。
精密農業はその本質上、大量のデータ処理が必要になる。たとえばドローンを使って広大な農地をスキャンし、そのデータから農作物の状態を把握して、それに適切に対応する(農薬を撒いたり、追肥したりするなど)というユースケースを考えてみよう。この場合、ドローンに搭載されたセンサー類から収集される膨大なデータをどこかで処理しなければならないが、それはドローンの小さな筐体に搭載されたコンピュータでは不可能だ。
そこで前述のセキュアドローン協議会のイメージでも示されている通り、データはクラウドへと送られることになるが、その場合は当然、大量のデータ送信+処理によるタイムラグが発生する。作業の効率化のために、ドローンを飛行させながらそこで瞬時に意思決定を行う(ドローンを自律飛行させている場合には飛行ルートに関する決定も含まれる)場合には、このタイムラグが致命的になる可能性がある。
そこで注目されているのが、エッジコンピューティングの手法だ。これはクラウドを含むコンピューターシステムの「端(エッジ)」側での処理を大きくするという仕組みで、遠くの「クラウド」より端末側に近い場所でデータを扱う分、高度な処理をわずかなタイムラグで実現することができる。1990年代半ばから実用化されている概念だが、近年自動運転車など大量のデータ処理とそれに基づく瞬時の意思決定が必要なユースケースにおいて、その活用と高度化が模索されている。自動運転という人命にかかわるシーンでの正確な意思決定が期待できるのであれば、精密農業でも同様の活用ができるだろう、というわけである。
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実際にエッジコンピューティングを活用したドローン精密農業の実現に取り組んでいるのが、この分野でお馴染みのPrecision AI社である。彼らはこの仕組みにより、ドローンの筐体側で判断できる意思決定を増やすことで、刻々と変わる農地の状況にリアルタイムで対応できるとしている。
同社のビジネス開発担当副社長、ウォレン・ビルズ氏がSustainable Brandsからの取材に対し語った内容によれば、ドローンを時速70kmで飛行させながら、0.5mmの精度で農地に生えている植物をその場で検出・分類できるそうである。当然ながらそれには雑草類も含まれ、必要があればその場で農薬散布を行うことができる。
ただ農作物や、農地に生える雑草には地域差があるため、地域によって異なるAIモデルを開発する必要があり、その作業には6週間程度かかるそうだ。これは精密作業やドローンに関する問題というより、現代のAI開発に伴う作業時間であり、AI技術そのものの進化を期待するしかない。
Precision AIはこの仕組みにより、エッジコンピューティングの優れた取り組みに与えられる賞、Edge Computing World 2022 Edge Awardsの「ライジング・スター・オブ・ザ・イヤー」部門を受賞している。逆に言えば、こうした精密農業におけるエッジコンピューティングの活用は、それだけ目新しいものなのだと言えるだろう。今後はより高度な判断をリアルタイムで行えるドローンが、世界各国の農地で飛び回るようになるに違いない。