6月20日を前に、とある公共機関のとある部署のお話
「はああああ」
対応すれどもなかなか減らない、むしろ増え続ける未処理件数を前に、古方伸男は長い溜息が出た。4月に人事異動があり、係長に昇進したものの、着任早々問題だらけだった。
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配属された部署は国土航空省新世代モビリティ課無人航空機登録係。今年から始まる新制度のために新設された部署だった。
「古方、なんだ朝っぱらから」
ちょうど通りかかった課長の泥田飛彦だ。
「課長、もはや限界ですよ」
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「登録制度か?」
「ええ、申請件数が多すぎて処理が間に合わないです」
「処理って、自動処理のはずじゃないのか?そのためにマイナンバーカードにも対応したんだろう」
「はい、基本的には自動処理で終わるのですが、自作機などは別途審査が多いんです」
「そんなもん、たかがしれているはずだぞ」
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「そうでもないんです、それに加えて、模型航空機の対象が200g未満から100g未満への引き下げがあったので」
古方はパソコンを操作し、申請画面を出す。
「たとえば見てくださいよ、この人。これ京商のドローンレーサーを6機も申請しています」
「あったなぁ、最近はあまり聞かないけど」
「もともと200g未満を売りにして、気軽に複数台でレースができる製品だったのですが、これも今後は無人航空機扱いです。60cm以上上昇しないのにですよ」
泥田は未だに釈然としない顔をしている。古方はその表情を見ながら、上司が現状を理解していないことを知り、内心呆れながら続けた。
「DJI製などの一般的なドローンは、メーカー側が機種登録をしてくれたので、ユーザー側はプルダウンメニューから選ぶだけで機体登録も自動処理ですが、その他の製品に関してはメーカー製であっても自作機であっても、全て我々の確認が必要なんです」
「我々って、実際の処理は外部業者に委託しただろ」
またパソコンを操作し、申請に添付された写真を映し出す。
「こんな写真1枚で何を審査しろって言うんですか、彼らでは判断できないものがすべて我々にもどされているんですよ」
古方は畳み掛けるように更に続ける。
「家電量販店や大手通販、おもちゃ屋などで売られていたトイドローンと言われるおもちゃも、もともとの航空法に合わせて200g未満の基準で製造されたものも多くて、それらの製品は一見見た目も同じなOEM製品ばかりだし、そもそもメーカーが機種登録なんてしてくれるわけもありません」
「わざわざそんな玩具を登録しているのか?」
「しているからこうなっているんですよ」
もはや苛立ちを隠す気もなくなった。泥田は根っからのお役所人間だ。仕事の内容など考えてもいない。いかに昇進して、危ない橋を渡らないようにうまく立ち回ることだけを考えている。
今後も年金生活か、うまく天下り先を見つけていることしか考えてないだろう。このことを泥田に追求しても全く無意味なことは古方も理解しているが、もう走り出してしまったものは止められない。
「さらにですよ、特定な場所でしか飛ばさない飛行機やヘリコプターのラジコン愛好家たちも巻き込んでしまっているのですよ、彼らは木材をフレームにして、1から飛行機作っているんですよ、それも納屋に収まらないくらいの機数を」
「ああ、いつだったかニュース番組の特集で見たよ。零戦とか作っていてね、コックピットの操縦士も操縦桿握っていて、ちゃんと手や首が動くんだよ、よくできていたね」
もはや他人事のように泥田。古方は怒りよりも諦めに近くなり、泥田にこれ以上言っても無駄だと、少し落ち着いてきた。
「そもそもなんで模型航空機の基準を100g未満に引き下げたんですかね」
「それはDJI MINIシリーズのように200g未満でも安定して飛ぶ、玩具としては見られない機種が出てきたからだよ、今までは飛んだとしてもたいした事なかったからな、子供に玩具のドローン買ってやったけど、公園で飛ばしてすぐに失くしてしまったよ」
「課長も原因の一つでしたか」
「ん?なんでだ」
「とにかく、安定して飛ぶようになったら問題ないじゃないですか。矛盾してますよ。リモートIDだってこれから発売される機種に搭載するように義務化すればスムーズでしたよ。そもそも自動車の排ガスや保安基準も新車登録時からで、旧車は当時の基準で車検も通せますよ」
「まあ私に言われてもね、国が決めたことだから。引き続き処理を頼むよ」
我々もその国の一部なのだが、たしかに泥田に言っても仕方がない。だが早急に解決しなくてはいけない問題がある。
「わかりました。ですが外部業者からも要望がありまして、人員を増やしてほしいです。ヘルプデスクも電話が鳴りっぱなしで、つながらないとクレームもついてるんですよ」
泥田はスマホを確認するとわざとらしく「あ」という顔をし、
「おお、オンラインミーティングを忘れていたよ。まあ上と掛け合ってみるが、予算がな」
と、そそくさと立ち去ってしまった。
結局、無駄な時間を過ごしてしまったと、パソコンのモニターに目を戻す。古方の目に映るのは、泥田と話す前より増え続ける未処理件数だった。
上記はフィクションであり、登場人物、団体は架空のものであり、筆者が実際はこの様になっているのではないかと妄想したものです。
無人航空機登録制度
無人航空機の登録制度が2021年6月20日より義務化されます。その背景として国土交通省のサイトでは以下のように書かれています。
- 事故発生時における所有者把握のため
- 自己原因究明や安全確保のため
- 安全上、問題のある機体の登録を拒否し、安全を確保するため
これらは過去にあった不明機の飛行や墜落した機体の持ち主の調査などに役立つと思います。また、同時にリモートIDの搭載も義務化されます。
これらの処置はこれから始まるレベル4の飛行、つまり人口集中地区での補助者無しでの目視外飛行に向けた場合、必要だと思います。街中の頭上をドローンが飛び交う、アニメや映画のような世界を実現するには、万が一墜落した場合の所有者の特定や、あの飛んでいるドローンはなんだろう?というような疑問の解決には不可欠になります。
なので、私はこれらの制度化は賛成です。ただし、やり方は反対です。そして、この制度を始めるにあたって、どちらかというと国土交通省の中の人大丈夫か?と思ったため、こんな寸劇を思いついたわけです。
200g以上のドローンはそれなりに考えて作られているので、さほど問題ないと思います。ですが100g〜200gあたりのドローンは機種も大量にあり、量販店で売られていたので量もあるのではないかと思うのです。それを写真1枚で審査するって、考えただけでも気の毒になりました。
今からでも遅くないので100g未満への模型航空機の基準引き下げと、すべての無人航空機へのリモートID搭載義務化は考え直したほうが良いと思いますよ。