ANAホールディングス株式会社(以下:ANA)は2021年1月13日、三重県の「空飛ぶクルマ」ルート策定に向けた実証実験に参加した。直前に緊急事態宣言が発令されたことから、予定2日目の14日はキャンセル。出発式やメディアを招待した取材会も急遽取りやめとなった。
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しかし本実証は、ANAが初めて「空飛ぶクルマ」に具体的な行動を示した点で注目だ。ANAデジタルデザインラボでドローン・エアモビリティのプロジェクトを牽引する保理江裕己氏と信田光寿氏に、本実証に参加した狙い、振り返り、今後の展望について聞いた。
ANAと「空飛ぶクルマ」
ANAは2016年12月、ドローン事業化プロジェクトを立ち上げた。ここ数年は、ドローンによる輸配送に焦点を当てた動きが活発だ。実はその裏で、「空飛ぶクルマ」と呼ばれるエアモビリティ領域についても、2017年から市場調査や事業検討を進めてきたという。ドローンとエアモビリティを、事業特性は異なるものの「技術的には一貫性のある電動で垂直離着陸できるVTOL機」として包括的に見てきた。
狙うのはやはり、モビリティオペレーターのポジションだ。現在は、「空の移動革命に向けた官民協議会」や各ワーキンググループ、JAXA主催の「ECLAIRコンソーシアム」、2020年11月に設立された「空の移動革命社会実装大阪ラウンドテーブル」などに積極的に参加して、環境整備に取り組んでいる。
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ヘリコプター・サービスでのかつての苦い経験を生かそうとするスタンスも印象的だ。2009年、成田と赤坂を結んだヘリ輸送サービスを、ANA欧米線ファーストクラス利用客向けに提供したが、「視程が低いと欠航してしまいエアラインと比べる運航率が低かった」という運航品質上の課題、離着陸場が制限されるといった法制度上の壁もあったという。
保理江氏:当時のヘリコプター・サービスは、短いスパンで閉じられてしまった。過去の先人たちのチャレンジをちゃんと分析して課題を解決しないと、空飛ぶクルマでも同じことが起きて社会実装できないなということを、2017年、18年でいろいろ考えてきました。
いま、空飛ぶクルマのユースケースとして、都市間や地方への移動、リゾート地での娯楽や観光、物流、災害などさまざまな方向性が挙げられているが、ANAがファーストステップとして見据えるのが「空港を起点にした移動」だ。2025年の大阪万博では、関西空港と神戸空港から夢洲まで、海上ルートでの空飛ぶクルマによる旅客輸送サービスの提供を目指し、その後は空港から陸路での移動時間を大幅に短縮できるエリアで展開したいという。
保理江氏:エアポートシャトルサービスは、社会のニーズを拾いつつ社会受容性を高めるための、1つの鍵になると考えています。これを事業化していくことで、機体数の増加、製造コストの低減、品質向上を図りながら、社会的課題の大きなエリアへと事業を拡大していきたいです。例えば、航空券と空飛ぶクルマのチケットを一緒にお支払いいただくなど、利用のハードルを下げられるような、航空会社ならではの方法もご提供できるのではないかと思います。
三重での実証に手応え
今回ANAが参画したのは、三重県が進める「空の移動革命」実現に向けた、飛行ルート策定を目的とする実証実験だ。三重県志摩市にある志摩スペイン村と中部国際空港間で、「空飛ぶクルマ」の代替としてヘリコプターで旅客輸送を行なった。
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空港内における航空機から空飛ぶクルマへの乗り継ぎを想定し、実際に搭乗者の乗り換えを行なって課題を抽出する取り組みは全国初とのことだ。中日本航空が場外離着陸場の設置や保安検査、ヘリコプター運航など、名古屋鉄道が場外離着陸場までの旅客輸送支援、ANAが中部国際空港内での旅客誘導、三重県が地域や関係者との調整などをそれぞれ担当した。
実証では、3つの利用パターンを想定して検証が行われた。1つは、福岡県から航空機で中部国際空港へ訪れた旅行客が、空飛ぶクルマに見立てたヘリコプターで志摩スペイン村を往復するパターン。もう1つが、名古屋や京都在住の利用客が、往路か復路のいずれかの片道を電車や車で移動し、もう片道で空の移動手段を利用するパターンだ。
地上交通では高速道路を利用しても2〜3時間かかるが、空の移動なら約20分。「家族旅行などで、帰りにまた3時間運転するのは大変なので、20〜30分で帰って来られるのは本当に楽だ」という感想もあったという。
本実証の目的は、ルート飛行における法令や手続きに関する課題の抽出、空港や場外離着陸上における利便性の確認だ。旅客機からヘリコプターへの乗り継ぎ案内、地上交通利用客がヘリコプターに搭乗するための場外離着陸上への案内、ヘリコプター搭乗前の保安検査など、実際のハンドリングからさまざまな課題が浮かび上がったという。
信田氏:課題としては、航空機とヘリコプターの保安検査基準が異なるため、ヘリから旅客機に乗り換える際には一度場外に出て改めて保安検査を行う必要があることや、保安上や重量の観点で手荷物の持ち込みが制限されることなどがありました。また、搭乗前の安全説明や、乗り合いのため発生する待ち時間なども改善の余地があります。
ただ我々としては、通常の国内線の乗り換えに近いグラウンドハンドリングで対応できると分かったのはとても良かったです。新たな業務設計で現場の負担を増やすということなく、サービスを設計していけるのではないかと思います。
利用客の反応を聞くと、大多数の第一声が「楽しかった」とのこと。航空機や地上の乗り物では見られない絶景や、離着陸時の浮遊する感覚など、普段では体験できない"新しい乗り物"にワクワクしたというフィードバックが、いの一番に出てきたそうだ。
保理江氏:僕も、プライベートで志摩市を訪れたときに5分だけヘリコプターに乗って、英虞湾(あごわん)の美しい海岸線を見たことがあります。ビビりながらドキドキしながら、でも爽快感もあるっていう、あの体験は忘れられません。
空には、移動だけではないプラスアルファの価値がある。そう確信してきましたが、僕たちのように飛行機好きの人だけではなく、一般の方からも同じ感想をいただけたのはすごく良かったなと思いました。
ヘリコプターという安心感を持てる機体から、空飛ぶクルマという新たな乗り物に変わったとき、どのような反応があるのか。また、保安検査の基準をはじめ、離着陸地点の確保、手荷物の扱い、安全説明の方法、待合室の設置、利用訴求に値するプライシングなど、解くべき課題は少なくはないが、具体的な進展が垣間見られた実証だった。
今後は、国内のさまざまなステークホルダーと連携してさまざまな環境の整備や、国内外の機体の評価および選定なども進めていくという。機体が存在しないこともありマイルストーンを置くことも容易ではない中だが、ネクストアクションを現場で見られる日を期待したい。