ミュージックビデオの歴史
前回に引き続き、今回もミュージックビデオにけるドローンの活躍について取り上げていきたいと思います。
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現在では、新曲リリース時には当たり前のように制作、発表されているミュージックビデオ。そもそも、その始まりはいつだったのでしょうか。
1960年代、多忙を極めたビートルズが、テレビに出演する替わりに演奏シーンなどの映像を制作し、テレビ局に配ったものがミュージックビデオの起源であるという説があります。また、ボブ・ディランが1965年に発表した「Subterranean Homesick Blues」も、ミュージックビデオの元祖と言われるもののひとつ。カメラに向かって立つボブ・ディランが、断片的に書かれた歌詞を次々に投げ捨てていくというシンプルな内容です。
EDM界隈のプロデューサーがリリックビデオをよく発表したり、Z世代の邦楽アーティストの作品に歌詞入りの映像がしばしば見受けられますが、最初期のミュージックビデオも歌詞にフォーカスした内容でした(余談ですが、画面左奥に立っている人物は、ビート文学を代表する詩人アレン・ギンズバーグです)。
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1980年代には、24時間ミュージックビデオを放送するMTVがスタート。The Bugglesの「Video Killed the Radio Star」が象徴するように、ミュージックビデオの影響力、存在感が急激に大きくなっていきます。
日本では、1990年代に音楽バブルが到来。ミリオンヒットを叩くアーティストのプロモーション用として、潤沢な予算のもと、テレビのチャート番組やコマーシャル向けに多くのミュージックビデオが制作されました。2000年代以降のインターネットやSNSの普及により、現在ではミュージックビデオの作品性が高まり、またファンが能動的に作品にアクセスできる環境となりました。
歴史についてはこのくらいにしておきますが、いつの時代もミュージックビデオは、映像作家などのクリエイターとミュージシャンの実験の場としても機能してきました。技術の面から言えば、360°映像やVR、ウルトラハイスピードカメラ、モーションキャプチャを使った3DCGなど、時代の最先端のテクノロジーがいち早く取り入れられています。
そして、ドローンによる空撮。空からの壮大な映像も、この新しい技術のひとつと言えるでしょう。例えば、OK Goの「I Won’t Let You Down」は、上空からでしか見ることのできない幾何学的な画のおもしろさと、目線から高高度までのシームレスなワンカットの驚きを僕たちに与えてくれました。
前回のコラムで、ドローン空撮における3つのポイントを挙げました。「空間」「移動感」「意外性」のいずれかを必ず表現できるように、僕はドローン空撮の現場では心がけているのですが、3つ目のポイントである「意外性」は、視聴者に驚きを与えることであり、ドローン空撮が見慣れつつある現在において、ドローンの役割の大きな可能性であると考えています。
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今回は、この驚きを与えてくれるミュージックビデオを中心に紹介したいと思います。
Phoenix「Entertainment」Phoenix in Versailles | A Take Away Show(2013)
この作品は、ドローンによるワンカット映像の傑作です。フランスの映像作家ヴィンセント・ムーンらが立ち上げた音楽映像ウェブ配信シリーズ「A Take Away Show」。パリの街やカフェなどでパフォーマンスをするアーティストの姿を手持ちカメラなどで撮影する、斬新な映像作品を配信し続けるシリーズで、この映像では、Phoenixがあのヴェルサイユ宮殿の敷地の中で演奏します。
本作はドローンによる、約4分に渡るワンカット。この作品の凄さは、いちいち言葉にして説明する必要はないかも知れません。ミスの許されない一発撮りの操縦技術。地面スレスレで巻き上がる砂埃の臨場感や、スピードに乗った旋回時の疾走感など、曲の展開に合わせた緩急をつけた表現力が素晴らしい。
ドローンパイロットは、Pascal Anquetil。本作でもディレクターを務めたCOLIN SOLAL CARDOと共に、New York Drone Festival 2016では、「ART OF SHADES」という作品で、テクニカル・カテゴリー賞を受賞している凄腕です。人物に接近したワンカットを得意としているようで、その高い操縦技術に驚愕します。
ヴェルサイユ宮殿での撮影に際しては、上空の飛行許可取得がとても大変だったようです。2013年当時のフランスであっても、ドローンが第三者の上空を飛行することはできなかったため、開場前の早朝に撮影を敢行。綿密な飛行ルートの設計と練習を徹底的に重ねたとのこと。
ちなみに僕の勝手な予想ですが、最後にメンバーに近づくシーンは、地上で待機しているクルーがハンドキャッチしているのではないかと考えています。被写体にあまりに接近していますし、カメラの動きにドローン特有の浮遊感が無くなっているような気がします(物陰に、パイロットほか何名かが映り込んでいるのが確認できる)。
FPVドローンのワンカット映像は近年よく見かけますが、2013年の時点でこのクオリティを出していることに、ただただ驚くばかりです。
UNKLE「The Road(feat. ESKA)」(2017)
ドローンが可能とするクリエイティブな映像表現は、空撮だけではありません。例えば、高輝度LEDを搭載して上空から照明をするドローンライティング。2017年頃からアメリカを中心に始まった映像表現で、以降、様々なメーカーがドローン搭載用の小型LEDを販売しています。
中でも、Stratus LED社は1個13,000ルーメンの強力なドローン用LEDを開発。創業者のDaniel Rileyは、ドローンライティングを活用した映像制作に積極的に取り組み、このUNKLEのミュージックビデオもそのひとつに挙げられます。
ドローンライティングが一般的でなかった当時、本作の映像のように広範囲を照らしながら、同時に移動するという照明は存在しなかったので、初めて観たときは、ジオラマを撮影したものなのか?と錯覚してしまうほどでした。ドローンライティングの活用には、いくつかのパターンがあり、
- 上空から照らして、地上カメラで撮影する方法
- 上空から照らして、空撮用ドローンで撮影する方法
- ライティングドローンが移動しながら被写体を照らすことで、地上の影を動かす方法
- ライティングドローン自体を映像に入れてしまう方法
などが挙げられますが、この作品では様々な手法が披露されています。全体を通してドローンライティングのみの映像なので、今となっては少し変化に乏しく感じられますが、当時としてはとてもインパクトの強い作品でした。
僕自身も、Stratus LEDを輸入して、ゆずの「マボロシ」やOVERGROUND ACOUSTIC UNDERGROUNDの「MIDNIGHT SUN」などのミュージックビデオで、このドローンライティングに挑戦してきました。今でも、ライティングの相談を受ける度、リファレンスで送られてくる映像がDanielたちの作品ばかりで、彼らが映像業界に与えた影響力を実感します。
Max Cooper「Circular」(2019)
“音楽と科学を同時に追求する男”なんて紹介されたりするMax Cooper。計算生物学の博士号を取得しているだけあって、彼のミュージックビデオはどれもインテリジェンスを感じさせるものばかりです。本作は、緻密な計算の上に、気の遠くなるような撮影と編集を経て制作された作品。“無限”の象徴でもある円という形状がテーマになっていて、ドローンカットでも、円のフォルムが効果的に表現されています。
ほとんどのドローンカットは、高度や角度を細かく変えた静止画によって成り立っています。イームズの「Powers of Ten」からもインスピレーションを得ていると思いますが、物理的な大小を超越した映像と言うのは、何とも言えず、人の心を惹きつけるものがあります。また、静止画によるシークエンスの合間に、ときおり挟まれるスムースなドローン映像がとても効果的で、斜俯瞰のノーズインサークル(0:53~、1:51~)の気持ちよさを感じます。
ビハインド・ザ・シーンでは撮影の様子が記録されていますが、ドローンカットはDJI Mavic 2で空撮しています。バッテリー切れアラートを気にせず撮影を続けていたり、機体を足に接触させてクラッシュさせていたりと、遊び心(?)にあふれていますが、この作品がドローンでしか撮影することができない映像と写真によって成り立っているということが理解でき、ドローンの可能性を再認識させてくれる気がします。
Perfume「Future Pop」(2018)
どこでドローン使っているの?という作品をひとつ。このミュージックビデオは、NTT docomoとの共同で制作されたもの。監督は、名だたるアーティストのミュージックビデオやTVCFの演出を手掛けている、児玉裕一氏。「実写とCGアニメーションの融合」がテーマで、不思議な質感の映像を楽しめる作品です。
この撮影は基本的にスタジオの中で行われています。
いくつかのシーンでは、実はPerfumeの3人はスタジオの中央で宙づりになっており、スタジオの壁と床はすべて、背景合成するためのグリーンバック。宙に浮いたメンバーの周りをぐるぐるとスピーディに廻り込むカメラワークが必要だったのですが、ステディカムは高さが足りず、クレーンでは小回りが利きません。そこで出番となったのがドローン。
屋内の撮影であっても、縦横無尽に動き回ることのできるドローンが活躍する撮影となりました。(ちなみに、ドローン撮影は僕が所属するairvisionが手掛けています。)
2:25から始まる2番のドロップ(サビ)では、ダンスするPerfumeの3人を、左側からダイナミックにカメラが廻り込みます。これがドローンで撮影されていることなど、おそらく視聴者は誰も気づかないと思いますが、このような大胆なカメラワークを実現できるのもドローンの実力のひとつなのです。
ちなみにこのシーンでは、ドローンで撮影されていることを暗示するかのように、物流ドローンが彼女たちの廻りをくるくると飛行しています。最後のカットでも、荷物を運ぶドローンが東京の街へと飛んでいきますが、ドローンの明るい未来を感じさせるいいエンディングだと思います。
King Gnu「飛行艇」(2019)
近年、飛ぶ鳥を落とす勢いのKing Gnu。メンバーの常田大希が設立したクリエイティブ集団Perimetronによるミュージックビデオも、毎回話題を呼んでいます。
この『飛行艇』の映像、実はドローンが活用されているのですが、何の予備知識も無く観ただけでは、ドローンで撮影されていることにはおそらく気付かないでしょう。
カメラは少し高い位置から斜俯瞰をキープしたまま、カーブした回廊をぐるぐると廻り続けます。この作品のコンセプトは“永遠ループ”。実際には存在しない、どこまでも続く螺旋の空間を作り出す必要がありました。撮影現場はもちろん無限ではないので、映像素材を合成して制作するのですが、それにはカメラが全く同じ軌道上を何度も正確に動いて撮影しなくてはなりません。
この撮影では、まずはロケ地の空間を3DCGで制作して、プレビズ(カメラワークのシミュレーション)を作成。さらに、赤外線を利用したモーションキャプチャシステムを実際の空間に配置して、プレビズ上のカメラワークをプログラミングしてドローンを制御しています。使用した機体はDJI PHANTOM 4。SDKを利用し、ドローンの軌道だけでなく、移動速度やカメラのチルトなどもすべて制御することが可能なので、本作のような映像表現が実現しました。(株式会社アマナのFIGLABがシステム開発を担当)。
実際にこのシステムを構築しようとすると、現時点の技術ではかなりの手間と時間がかかってしまうのですが、それでも、3次元空間を自由に、かつ正確にカメラ(ドローン)をプログラム制御できるということは、映像制作者にとって極めて画期的な技術革新です。モーションキャプチャだけでなく、今後、SLAM(自己位置推定と環境地図作成)などの技術の精度向上と小型化が実現すれば、映像制作のフィールドにおいても、新しい表現をもたらしてくれるのではないかと期待しています。
ドローンがミュージックビデオに与える可能性
ミュージックビデオは、ミュージシャンや映像作家にとっての実験の場、挑戦の機会としてしばしば機能します。ドローンは、単に上空から撮影するという能力だけでなく、LEDやスピーカーのようにカメラ以外のものを載せることも可能ですし、超小型ドローンで狭い室内空間でのワンカットも実現しています。美しいカメラワークは、やはりマニュアル(人の手による)操作でないとダメだと思っていたのですが、完全なプログラム制御によって初めて実現する素晴らしい映像だって存在します。
これからのドローンの技術的進歩が、クリエイティブの世界をさらに後押しするように働いてくれたら、きっとワクワクするミュージックビデオが、これからもたくさん生まれてくるでしょう。