ニュージーランドの外来種問題
新型コロナウイルスが世界で大流行している。グローバリズムの是非をここで問うつもりはないが、人が自由に世界を行き来できるようになったことが、この大流行を可能にした一因であることは間違いないだろう。もちろん移動の自由は経済的にも、人権の視点からも重要なことだが、人間が持ち込むものは移動した先にとって良いことばかりとは限らない。
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ニュージーランドにやってきた人々が持ち込んだものも、この地に大きな問題をもたらしている。それはウイルスではなく、もっと大きなもの――外来種の生物だ。
ニュージーランドは有史以前に大陸から切り離されたことで、独自の生態系が形成され、さまざまな固有種が住む島となった。有名なキウイをはじめ、日本でもファンの多いカカポ(フクロウオウム)、ムカシトカゲといったユニークな生き物たちが生息している。しかし17世紀以降、欧米からの入植者がやって来るようになると、彼らが持ち込んだ生物によって生態系が大きく乱れることになる。特にネズミのような捕食動物は、それまで外敵のいなかった固有種にとって大きな脅威となり、彼らの数は減少していくこととなった。
国際環境NGOのバードライフ・インターナショナルによれば、外来種によって捕食される固有種の数は、鳥類だけでも毎年推定2500万羽に達するそうである。そしてニュージーランド政府は、こうした外来種が経済と農業に対して与えるコストを、およそ年間1億3300万ニュージーランド・ドル(約85億円)に相当すると推定している。
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こうした状況に対して、ニュージーランド政府が2016年に打ち出した政策が、「Predator Free 2050」(PF2050)だ。
これは2050年までに、固有種の生息を脅かす外来種を一掃しようという、極めて野心的な計画だ。ニュージーランド政府はまず、2025年までに、100万ヘクタールの土地で外来種が増えることを抑制し、沖合の島にある自然保護区で外来種を根絶することを目指している。外来種の駆除には罠や毒入りの餌を使用するとしていて、さらに新たな手法を研究・開発すると宣言している。
たとえば毒入りの餌は、当然ながら保護対象である固有種や、自然環境に影響があっては元も子もない。そこで固有種には影響が少なく、かつ急速に分解されて、毒素が残らないような物質が使われているそうだ。
ドローンが人の入れないエリアを担当
この毒入りの餌だが、人間が立ち入って罠を設置することが難しいエリアを対象に、ヘリコプターによる散布が行われている。しかしヘリコプターによる散布はピンポイントで行うことが難しく、また二酸化炭素を排出するため、環境保護の観点からはあまり望ましいものではない。そこでいま検討されているのが、ドローンを使った毒入り餌の散布だ。
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「固有種に影響の少ない毒が使われている」と述べたものの、実際には散布時のミスなどによって、固有種が中毒死する例も起きている。しかしドローンの場合、高度なナビゲーションシステムを活用することで、誤差数センチメートルという精度で目標とした地点に餌を投下できる。さらにコストもヘリコプターに比べて安く、英ガーディアン紙の記事によれば、約3分の2のコストで済むそうだ。また二酸化炭素の排出量も、85パーセント削減できるそうである。
ドローンの開発を請け負ったのは、ニュージーランドのスタートアップ企業であるEnvironment & Conservation Technologies(ECT)社。彼らは政府から79万ニュージーランド・ドル(約5000万円)の助成金を受け、ニュージーランドの自然環境に適した機体を開発した。このドローンは1回に最大170キログラムの毒入り餌を運び、散布することができる。
実はECT社の技術の有効性は、別の自然環境において実証されている。ニュージーランドと同様に、独自の生態系を持つことで知られるガラパゴス諸島である。
2019年2月に同社が発表したリリースによれば、ガラパゴス諸島でクマネズミとドブネズミの増加が確認され、これを受けてエクアドル政府がECT社に駆除を要請。彼らはデュアルバンドGPSを搭載し、精密な飛行が可能なドローン2機を用意して、ガラパゴス諸島のセイモアノルテ島とモスケラ島の2島において空中からの毒入り餌散布を行った。これにより、わずか2日間で、184ヘクタールの土地に1.5トンの餌を散布できたそうだ。その結果、同社はこれら2島でネズミの根絶が確認されたとしており、さらに数十万ドルのコスト削減にも成功したそうである。
果たしてより面積が広く、自然環境も複雑なニュージーランドにおいて、同様の試みが成功するのだろうか。ニュージーランド政府は今後2年間で、3段階に分かれたドローンの実証実験を行うとしている。
人間の活動によって乱れた生態系を、人間のテクノロジーによって救う――そこに新たな落とし穴が生まれる懸念はもちろん存在するが、テクノロジーが自然環境の安定に少しでも貢献できることを願おう。