以前このコラムで2021年にドローン産業が新しいステージに入ったことを記したが、(Vol.46 新しいステージに入ったドローン産業[春原久徳のドローントレンドウォッチング])、この23年もまさに、また新しいステージに入ったのではないかと考える。
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ウクライナ戦争から拡がる各国の軍事装備でのドローンの重要性
それは間違いなく、ウクライナ戦争で特にウクライナ軍が示したドローンの活用によって、どこの国も軍事戦略の中でドローンを重要なポジショニングに引き上げてきている。そして、それは日本も例外ではない。
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ドローンのプラットフォーム戦略
各国の政治的・軍事的な意味合いにおいて、ドローンが重要な位置づけになるにつれて、重要なのはドローン単体の性能の良し悪しでなく、運用を含むドローンシステムをどうしていくかということになっていく。やはり、その際に一番重要なのは、ドローンのプラットフォーム戦略をどうしていくかということになるだろう。
プラットフォーム戦略とは何かという点でいえば、端的にいえば、ドローンのOSであるところのフライトコードとその周辺のツールをどうするかということになろう。
日本でも警察・消防といったパブリックセーフティの分野や防衛の分野で、ドローンの導入検討が始まっているが、その際に明確なプラットフォーム戦略はなく、単に機体の機能といった観点で選択しがちである。また、フライトコードの選択においても、どちらかというと相変わらず曖昧な解釈の中で"「オープン」は危険"という思い込みの中で、プロプライタリのフライトコードを選択しがちである。
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それはまだドローンのポジショニングを単体でのみ捉えており、ネットワークを含めたシステム製品だという認識が薄いからであろう。このことは警察・消防・防衛や公官庁だけでなく、大企業を含む多くの産業の中で製造物の単体に注目しがちで、システムという観点が弱いという部分にもあろう。そのため、世界の潮流としては既に終わりつつある垂直統合的な考え方を引きがちで、水平分業に対応可能な組織への変換をなし得ていないことは日本の産業力も著しく減退させている。
垂直統合を支えるシステムとしての「プロプライタリ」への憧れがその底にある。この20世紀の終わりから21世紀の初めにかけて勃興してきた産業にPC産業やスマートフォン産業があるが、PC産業はマイクロソフトの「Windows」というプロプライタリのOSがその産業を引っ張ってきた。しかし、マイクロソフトはそのOSの上で動くアプリケーション開発のために、様々な開発ツールを準備して、開発者に対して援助を行い、非常に大切にしてきた。(その反面、PC製造メーカーはどうしても自社の強みを発揮しにくく、多くが淘汰されてしまった。)
スマートフォン産業も当初はAppleの「iOS」というプロプライタリのOSが起動するiPhoneから動き出した。AppleもiOSの上で動くアプリ開発のために、様々な開発ツールを準備するだけでなく、そこでのビジネスモデルの提供を行ってきた。しかし、スマートフォンに関しては、「iOS」に対抗するものとして、「Android」というオープンソースのOSをGoogleが掲げ、現在においては、Androidのほうのシェアが大きくなっている。
どちらの産業も当初は日本も強い分野であったが、そこでのハードウェア製造という目線が強く、現在ではすっかり影が薄くなってしまった。しかし、ここにおいては米国の企業がメインでリードしてきたこともあり、産業の文脈ではともあれ、政治的・軍事的な文脈ではその流れに追従してきた。「Windows」や「iOS」というプロプライタリへの政治的・軍事的な懸念をあまり表面化する形で問題視してはこなかった。(「Windows」に関しては、日本を含む各国政府はOSのコード開示を求め、実際、マイクロソフトは政府に対して、コードを開示するプログラムを提供した。)
一方、ドローン産業に目を向けると、ここでの読者の方はご存じの通り、DJIがその産業をリードし大きなシェアを握ってきた。欧米の企業もそこに対抗しようとしたが及ばず、しばらくはDJI一強の時代が続いてきた。DJIのドローンはプロプライタリであったが、それまでのスマートフォン産業などの例をDJIはきちんと踏襲し、開発者向けのキット(SDK)を提供し、DJIの機体を使ったアプリケーション開発によるエコシステムが欧米を含む環境の中で構築されてきた。
しかし、ドローンの活用が民間だけでなく、警察・消防といったパブリックセクターや軍事といった産業に拡がっていく中で、DJIは"西側"に対抗する中国企業であり、まずは米国の中で様々な懸念が大きくなっていった。ここで米国はドローンのプラットフォームをいかにすべきかという検討が高度な戦略性をもって練られた。その結果として、出てきたのが、2018年末のBlue sUASのプロジェクトであった。
米国は2018年年末からthe Defense Innovation Unit(DIU/防衛イノベーションユニット)とthe Army’s Maneuver Center(陸軍機動センター)といった国防機関が連携して、SRR(Short Range Reconnaissance/短距離偵察)Programを実施し、6社に1,100万ドルの資金を提供し、試作機を作らせて評価を行った。
SRRの性能基準は、最大3kmの範囲で30分間飛行、3ポンド(1.36kg)以下、2分で組み立て可能(明らかにMavicを意識した要求仕様だ)。そして、アメリカという国がきちんと現在の技術トレンドを理解していることを示すのは、Autopilotのソフトウェアをオープンソースで行い、オープンコミュニケーション(MAVLink)を使い、オープンアプリケーションであるQGroundControlを使用せよという要求仕様であった。
米国がプラットフォームの選択をオープンソースにしたことの理由
この2018年時点において、米国政府は「プロプライエタリでのフライトコード開発による大きなドローン企業」への支援も検討したと思うが、DJIに一企業で対抗するのは困難との判断で一気にオープンソース(PX4)の世界に傾いていった。
その理由というものを考えてみたい。
- DJIに対抗する企業を作るには、数千億から一兆円を超える金額が必要であるし、また、その金額をかけても、人的リソースを含めて、DJIを超える企業になる可能性が少なかった
- 2018年時点において、PX4が基本機体制御においては、かなりの安定性があり、また開発環境も整っており、その中でバリエーションを増やしていくことが賢明に思われた
- PX4を支えてきたDronecodeが2016年の分裂騒動以降、そのコミュニティを当初は、クアルコムやインテルがスポンサーになって支援を行い、また、最近ではマイクロソフトやNXPというエンタープライズ企業が支えている
- 2015年以降、上に挙げた企業や大学の中で、ドローンのフライトコードを理解し、開発を行うことが出来る人材が育ってきた
- 軍事面からの目線でいえば、現在におけるセキュリティリスクは隠れた中で仕込まれるコードの方がリスクが高く、Linuxなどのオープンソースプロジェクトの中で、セキュリティリスクへの対策や管理が進んできており、プロプライエタリより遥かにセキュリティリスクが低い対応が可能になってきた
また、米国の軍事産業を支えているボーイングやユナイテッド・テクノロジーズ、ロッキード・マーチンといった企業が、一機が高くても数百万の小型や中型ドローンの機体開発や提供に熱心でなく、受け皿がなかったということもあろう。(今でも数十億円から数百億円するような大型のドローンはそういった企業が手掛けており、それはプロプライエタリのプラットフォームで、いわば垂直統合型での製造を行っているだろう。)
上記のような理由で、米国国防省はオープンソースを採用し、米国における小型・中型のベースのプラットフォームはオープンソース(PX4)になり、また、その中で、DJIの排除にも成功した。
日本はどうしたらよいか
まずは、小型・中型のドローンにおいて、プラットフォーム戦略をきちんと決めていくことが必要だろう。その際には上に挙げたような米国での戦略が参考になるだろう。
この戦略において、プロプライエタリは米国の例でも挙げたが、その選択の余地はないだろう。米国以上に、資金も人的リソースもないことを自覚すべきだ。
この際に、日本の中で根強い"オープンはリスクが高い"という勢力をどう説得していくかがカギになってくるが、そのためにはどこか日本の政府にとって信頼できる大企業がきちんと"オープン"へのエンドースを行い、支援していく形が重要になってくるだろう。(これはこれでハードルが高いが。)
また、オープンソースのプラットフォームを選択する中で、PX4とArduPilotの二つの選択肢があるが、日本では現在、ドローンのソフトウェアエンジニアのリソースの少ないために、PX4の選択はそのドローンの機能や性能においての競争力を落とすことになることも自覚しておく必要があるだろう。(PX4の開示されている機能ではあまりに基本機能すぎるからだ。)PX4の選択はイコール、米国の機体やシステムの輸入という形を取らざるを得ないだろう。
これから、日本がその独自性(スマートフォンで使われている各種センサ、電池やモーター、ロボットハンドなどの技術)を活かして、世界の中で展開できるドローンを開発していくことは、個人的にはまだまだ可能性はあるし、より世界からも求められているように思う。まず、その一歩を築くためには、ある一定の機能や性能が誰でも実装ができ、また、空だけでなく、陸上・水上・水中までの拡がりがあるArduPilotのオープンソースを採用することが、必須であるし、また、先月のコラムでも書いたが、その人材育成がとても重要であるだろう。そのためには、ArduPilotの少し利用しにくいライセンスの部分や管理などを、LinuxのRedHatのようなディストリビューターの仕組みを参考にしながら構築していくことも必要だろう。
おそらく、この5年間の動き方で、日本がPCやスマートフォンのように単なる利用者になるか、開発も含めたイノベーションに関与していくことができるのかの分岐点になるだろう。