室内空間において、点検や監視、工事進捗などを中心として、空飛ぶドローンに求められている業務用途は多い。特にDXといったデジタル情報連携が求められる分野において、その期待は大きい。
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室内でのドローンの機体制御において、一番の課題はGPS(GNSS)といった衛星測位の信号を利用できないといった点にある。これによって、機体制御で重要な自己位置推定といったことの処理がしにくくなるからだ。
非GPS(室内)空間の自己位置推定
非GPS空間で自己位置を把握するためには大きく3つの方法がある。
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- ドローン自身で自己位置推定を行う
- 外部の信号を利用して、ドローンの位置を把握する。
- 外部リソースを利用して、ドローンの位置を把握する。
詳しく、これらの方法をみていこう。
ドローン自身で自己位置推定を行う
一般的に非GPS空間でのドローン対応というと、この方法となる。
これはSLAM(Simultaneous Localization and Mapping)が代表的で、「位置特定と地図作成を同時に行う」技術となる。もう少しかみ砕くと、“地図の中で自分がどこにいるのか、どっちを向いているのかということを技術的に正確に認識する「位置特定」と、周りに何があるのか、色々な情報を収集して周辺環境を把握する「地図作成」を同時に行っている”ということになる。
このSLAMの中でも、「位置特定」に重きが置かれている仕組みか、「地図作成」に重きが置かれている仕組みかの二つに大別される。一般的にSLAMというと「後者」が中心となっている。
「地図作成」に重点が置かれた仕組み
これを実現するには、ドローンが自機体の周囲状況を把握する必要があり、そのためには、LiDAR(レーザースキャナ)、カメラ、ToF(Time Of Flight)センサーなどのセンサーを使って、外界の状況をセンシングする必要がある。そして、これらのセンサーには、それぞれ長所・短所があるので、アプリケーションの要求仕様に応じて、最適なセンサーを選択する必要がある。
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- 1. LiDARは測距精度に優れており最大検知距離も長いが、少し高価となるし、また、サイズも大きい。
- 2. カメラは分解能が高く、色識別が可能だが、霧・暗闇など耐環境性で劣る。
- 3. ToFは、赤外光を使って距離を計測する技術で、一般的には20m以内となる。
また、各センサーからの情報入力頻度(周波数)はそれぞれのセンサーによって異なり、例えば、LiDARであれば1秒間に10回~30回、カメラであれば1秒間に30回~60回となる。
入力センサーの違いによって、大きく3種類に分類される。
- 1. LiDARを入力として用いたLiDAR SLAM
LiDARの出力値は2D (X、Y座標)や3D (X、Y、Z座標)の点群データとなっており、非常に高い精度で物体までの距離が計測できる。また、LiDARはカメラと比べて遠距離での測距精度に優れ、より高精度なマップを生成することができる。ただし、一般的に周辺に検知対象となる障害物が少ない環境では点群データの取得が難しく、データ処理の負荷も大きいといった課題もある。 - 2. カメラを用いたVisual SLAM
カメラの入力をもとに、周辺にある物体を多数の特徴点として認識し、その物体の特徴点を認識して、カメラとの距離や角度が変わることによる映像の変化から、特徴点との距離を算出するということが行われる。そして同時に、点群によって周辺環境の3次元地図を作成する。 - 3. ToFセンサーなどからの測距情報を用いたDepth SLAM
センサーから取得した深度画像(距離情報)によって実現する技術。センサーは主にToFセンサーやデプスカメラを使用し、周辺に見える物体までの距離を計測する。Visual SLAMの苦手とする特徴点の少ない環境や暗所の環境でもSLAMを実行することが可能。
「位置特定」に重きが置かれた仕組み
これは、IntelのRealSenseT265のようなAIカメラが出現してから、この方法の技術向上が進んできたものだといってもよいだろう。
Intel® RealSense™ Tracking Camera T265 には、2つの魚眼レンズ センサー、IMU および Intel® Movidius™ Myriad™ 2 VPU が含まれています。すべての V‑SLAM アルゴリズムは VPU 上で直接実行されるため、非常に低いレイテンシと非常に効率的な電力消費が可能になります。T265は広範なテストと性能検証が行われており、意図された使用条件下でクローズドループドリフトが1%未満になります。また、ポーズ内の動きと動きの反映との間の遅延は6ミリ秒未満となります。
こういったAIカメラの出現により、より精度の高い「自己位置特定」を行うことが出来、それまでの方式では、センサーの情報処理に伴う「地図作成」やその「地図」を使って、どのような経路を通り目的地に向かうのかといった「経路計画」を計算する必要があり、フライトコントローラーの外側に高度な処理を実現する「コンパニオンコンピューター」を必要としたが、そういった「コンパニオンコンピューター」を使用せずに、フライトコントローラーに直接接続し、機体制御のアルゴリズムの中に組み込むことが可能になった。
(しかし、T265は2021年に生産終了が発表されてしまった)
外部の信号を利用して、ドローンの位置を把握する
これは一般的には屋内測位と呼ばれる技術であり、主な手法にはビーコン、Wi-Fi、RFID、地磁気、IMES(Indoor MEssaging System)、UWB、音波、可視光などがあり、位置情報の精度向上やスムーズな測位のために複数の手法を組み合わせることもある。
- 1)ビーコン
Bluetooth Low Energy(BLE)を使って電波を発信する装置を屋内空間に網羅的に設置し、位置測位対象となる対象の位置情報を推定する。
信号の到達範囲が狭い(10m程度)ため、設置するビーコンが多くなりそれなりのコストはかかるが、その分位置精度は高くなる。 - 2)Wi-Fi
無線LANの複数のアクセスポイントからの距離を電波強度または伝搬時間から測定し、端末の位置を推定することで位置を測る技術。
Wi-Fiそのものが普及していることもあり、ビーコンと異なり設置コストがかからないのは大きなメリットであるが、精度を上げるにはそれなりの密度が必要なことや、階層を特定できないという課題もある。 - 3)RFID(Radio Frequency IDentification)
RFIDを使った測位技術で、RFIDタグを予め位置座標のわかる任意の点に配置し、その空間内をRFIDリーダが一定の速度で動き、その間にタグから送られるデータ(タグの識別IDと電波強度)を解析し、位置測位を行う。
この際に「重みを考慮した点群の重心点として求める方法」と「電波強度の値を距離に換算して求める方法」があるが、「電波強度の値を距離に換算して求める方法」では誤差の範囲が大きく、前者の「重みを考慮した点群の重心点として求める方法」の方が誤差範囲は小さい。しかし、まだ室内においては誤差精度が悪いため、他のドローン内のセンサなどと組み合わせる必要がある。 - 4)地磁気
地磁気センサーを使った屋内測位技術。
この方法は機器の設置等を必要とせず、電力消費などのランニングコストもない点は優位であるが、一方で、建物等の構造物から発生する地磁気パターンに依存する測位方法であるため、事前に地磁気パターンを測定してデータベース化する必要があることや、ノイズ対策を必要とするなど、広く普及させるには課題もある。 - 5)IMES(屋内GPS)
IMESは宇宙航空研究開発機構(JAXA)が考案した方式で、GPS衛星と同等の信号を用いる屋内測位方式で、屋内にGPS衛星を補完する送信機を設置し、そこから発信される電波を受信することで正確に位置を求めることができるシステム。
ユニークなのは、通常の衛星測位と異なり、IMESにおいては送信機と受信機の間の測距を行わず送信機からそのまま位置情報をメッセージとして送信することだ。
位置の決定に関与する送信機が1台のみとコストで有利な点や、測距を行わないためマルチパス等の影響を受けないなどメリットは多いが、位置精度は10m程度とされる。
屋内測位に関しては、様々な技術があるが、現在まだドローンの機体制御に使われるケースは少ない。そこには、精度の問題や情報入力頻度などの課題があるが、SLAMなどの技術と組み合わせることで、より使える技術になっていくだろう。
外部リソースを利用して、ドローンの位置を把握する
これは受信機やネットワークカメラで、位置情報をリアルタイムに記録し、外部のリソースを使って、位置測位を行う仕組みだ。
これも既に工場や小売店などで、業務把握や人流把握などで使われているシステムになり、国土交通省も令和4年3月に「屋内地図/屋内測位環境構築の手引き」といった形での屋内空間情報インフラの整備にむけて動き出している。
まだドローンの機体制御で使われるケースは少ないが、ドローンの室内空間の活用において、ドローン単体で処理するのでなく、そのほかのIoT端末と同様にシステム全体で処理していくことも重要であろう。
現在の各社の室内ドローンの状況
室内空間向けのドローンに関しては、いくつかのドローン機体メーカーが製品を出している。その状況を見てみよう。
- 1.Liberaware IBIS2
世界的にも珍しい室内空間専用のドローンを提供しているのはLiberawareだ。
業界最小クラスの20cmの機体で狭小空間への侵入を可能にしている。
どこかにぶつかって墜落してしまい、上下反転した状態からも、タートルモードを使用し再離陸が可能になっていたり、電波が届きにくい場所にもつなぎやすくする無線環境のオプションを提供したりしていることで、室内空間におけるソリューションとしては専業メーカーとして一日の長がある。
屋内機体制御に関して、技術的には、「地図作成」型のVisual SLAMをメインに使っているが、SLAMを使った場合には、飛行時間が短くなることもあり、主に手動操縦での利用を主軸においているようだ。
自動巡回型のサービスでは、SLAM以外の「外部リソースを利用して、ドローンの位置を把握する」仕組みであるモーションキャプチャの方式も採用している。 - 2.Blue Inovation ELIOS3
Blue Inovationも、このELIOSシリーズを活用し、室内でのドローン活用を推進している企業となっている。
ELIOSは球形のフレームをもっており、非常に室内空間に適した形状となっている。初期モデルでは、その球形のフレームがカメラに写り込んだりしてしまったときもあったが、ELIOS3では改良も進み、解決されている。また、FlyAware™ SLAMエンジンという形で、コンピュータービジョン、LiDARテクノロジー、強力なNVidiaグラフィックエンジンの独自の組み合わせから成る技術を実装しており、センチメートル単位の精度を持つ屋内GPSとして機能し、リアルタイム3Dマップ作成により、ドローンが周囲の環境を瞬時に感知可能としている。一度、手動操縦して地図を作成してしまえば、完全自律検査も可能となる仕組みだ。しかし、このリアルタイム3Dマップ作成はリソースを使うこともあり、LiDARを使用した際は、9.1分という飛行時間になっている。 - 3.Skydio
SLAMを搭載したドローンとして、最初に有名になったドローンは間違いなくSkydioの製品となるだろう。NVIDIAが資本参加したこともあり、そのNVIDIAのSLAM技術を使い、非常に特徴性のあるドローンを作ってきた。
Visual SLAMがその技術の中心にあるが、室内空間専用ということでなく、どちらかというと、橋梁やトンネルなどの非GPS空間での安定航行といった使われ方が日本では多く活用されている。それは非GPS環境での手動航行での安定性の向上といった点が強調されている。自動巡回といった形での検討もされてきているが、基本的には、一度手動操縦して「地図作成」した後のリピート航行となる。
その他、Parrot ANAFIやDJI Mavicシリーズなど、室内航行での安定飛行に関して機能を強化しているが、まだSLAMなどの自律航行が可能な機能は実装していない。
非GPS空間での新しいチャレンジ
2021年の後半にインテルのT265のディスコンのアナウンスがあってから、それまで盛んに研究開発されていたAIカメラに対応した機体制御への組み込みが停滞していた感がある。(上記、1-2.「位置特定」に重きが置かれた仕組み)
しかし、そのT265に代わるプロダクトが現れた。それはmodalAIのVOXL CAM Perception Engineだ。
元々はオープンソースのフライトコードであるPX4向けに開発されたが、ドローン・ジャパンでは、アルデュパイロットのリードデベロッパーであるランディ・マッケイ氏とともに、VOXL CAM Perception Engineをアルデュパイロットに実装を行い、非GPS空間での各社の業務向けの実証実験を提供するサービスを開始した。
今回の実証実験のサービスとしては、室内空間の使い勝手の向上のために、各現場の2次元図面をグランドコントロールステーション(GCS:QGround Controlを改造)に読み込ませ、GPS空間と同様なやり方で、そこにウェイポイントを置くことで、自動航行をさせることが可能となっている。(今までのSLAM<1-1、「地図作成」に重点が置かれた仕組み>においては実現することが出来なかった方式だ)
また、今回、五百部商事と組むことにより、より活用現場にあったカスタマイズ(機体の大きさ、飛行時間、ペイロード、衝突回避など)をした機体の提供も可能になっている。
飛行精度に関しては、条件が良ければ、数cm誤差の飛行を実現しているが、光学カメラを中心とした手法のため、今までのVisual SLAMと同様、特徴点の少ない環境や暗所の環境にての実行が難しい点もあるが、上記に記述した「2.外部の信号を利用して、ドローンの位置を把握する」や「3.外部リソースを利用して、ドローンの位置を把握する」の方式と連動させることで、より飛行精度を高めるための研究を行っている。