サステナビリティーの目標を実行に移すには、自社のニーズに合わせた戦略とソリューションが不可欠だとして、今日、自動車メーカーは事業や顧客サービス、さらには地球環境に与える影響について再考を求められているという。自動車メーカーは今、これまで以上にコネクティビティーや予測性を高め、自動化やインテリジェント化を進め、持続可能な社会を実現することを目指しているという。
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世界の気候科学者は、現在の各国の計画では、パリ協定で定めた2050年までにネットゼロ目標の達成は不可能だと警鐘を鳴らしている。世界のCO2排出量の約4分の1(23%)は運輸セクターによるもので、その75%が道路輸送に由来している。自動車産業を見る世間の目は厳しいものになっている。
各国の政府は自動車の電動化に期待を寄せている。各国は温室効果ガス(GHG)の排出量を大幅に削減するための、自動車メーカーに対する積極的な電気自動車(EV)の販売目標を設けている。米国は2030年までに販売台数の50%をEVに、日本、中国、EU、英国は2035年までに100%にすることを目指している。
消費者はEVを受け入れようとしているが、コストや充電の課題に懸念も抱いている。
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自動車産業は現在、転換点に立たされている。100年間も続いた内燃機関(ICE)車の設計と生産の時代は、エネルギー効率の優れた新世代の電気による自動車、トラック、バスの時代へと変わりつつある。
EV移行について調査
IBM Institute for Business Value(IBV)は、自動車業界がEVへの全面移行を本当に考えているかどうかを確認するため、9カ国1,501名のエグゼクティブを対象にインタビューを実施した。また、消費者にEVを受け入れる準備があるかを把握するため、7カ国の12,663人を対象とした消費者調査を並行して行った。
その結果、消費者は化石燃料を捨てることに前向きだが、EV市場の立ち上げ当初から根強く残るコストや充電インフラの課題に懸念も抱いていることが分かった。企業側もEVへの積極姿勢を示してはいるが、必ずしも確信が持てないようである。
急速に進みつつあるモビリティーの電動化
再生可能エネルギーの生産技術の進歩や、コスト削減と走行可能距離の伸長を実現したバッテリー技術の革新、そして政府による財政的な支援によって、2020年以降、主要市場におけるEV販売は急増を続けている。今回の調査は、この一連の動向を裏付けるものだった。自動車所有に関する将来の見通しは国によって大きく異なるものの、車を運転する消費者の概ね50%が、今後3年以内に自家用車としてEVを所有するつもりであると答えている。
しかし、国によって購入意欲はかなり異なり、米国と日本は中国とインドに大きく後れを取っている。また、自動車業界の幹部は、EVは企業戦略の中で重要な地位を占めていると考えており、「現在、EVは戦略的領域ではない」との回答は1,501人中わずか4人に過ぎなかった。
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しかし、企業の支出の変移について、業界の幹部たちは2025年までに自社はICE車よりもEVにより多く支出するだろうと答えている。またガソリン車だけでなく、低炭素化を可能にするハイブリッド車や燃料電池車からも転換して、2030年までにはEVへの支出は61%にまで増加するだろうと回答している。さらに業界幹部の62%が、自社は2035年以降には内燃機関車の販売を行っておらず、2041年以降には完全に撤退しているだろうと予測している。
モビリティーの未来
しかし、支出の優先度にもかかわらず、自動車業界の野心的な2030年のEV販売目標を実際に達成可能であると考える幹部は44%に過ぎない。EVは自動車メーカーにとって大きな転換点であり、EVを製造するためには全く新しい設計、部品、技能、パートナーシップ、工程が必要になるとともに、消費者が何を求めているのかを今一度見直さなければならない。そこに課題が潜んでいる。
今回の調査では、EVトランスフォーメーションの機運を持続させる上で、以下のような対処すべき課題が浮き彫りになったという。
- EVの価格設定や販売方法を巡り、消費者が期待する水準と業界幹部の認識との間に乖離があること
- 期待される走行距離に不可欠となる充電インフラとバッテリーのライフサイクルをサポートするための、エコシステムの連携強化が必要であること
- 自動車メーカーとして、新たにどのオペレーション能力を社内で強化し、どの能力をアウトソーシングや外部との提携によって開発すべきなのか、継続的に評価する必要があること
EVの本格普及へ向けて取り組むべき課題
自動車業界の幹部と消費者のグループにEV購入の意思決定に関わる要因について質問し
たところ、明らかな相違があったという。消費者が費用面を重視しているのに対し、業界幹部は充電の問題や環境に対する意識を消費者にとっての主な要因になると考えている。
EVに期待される用途を見ても、やはり業界幹部と消費者の認識は一致していないという。業界幹部は、EVの保有が法人所有車(53%)と個人所有車(47%)でほぼ均等に二分されると考えている。個人所有のEVについては、EVが主流になることで新たな利用パターンが生まれることを期待している。
業界幹部は、EVのビジネス用途として、ライドシェア・サービス、配送・宅配、住宅修繕サービス、販売、不動産などを想定しているが、消費者は通勤や日常的な用事を挙げる割合が圧倒的に多い。
解決されない充電インフラの課題
今回の調査で、充電の課題が依然としてEV普及の大きな妨げになっていることが確認できた。消費者の半数以上(57%)が公共の充電設備の不足を心配しており、51%が家庭用充電設備の設置が難しいと指摘。家庭での充電が主な充電手段になると予測する消費者は過半数(53%)だが、設置にかかる初期費用も阻害要因となっているようだ。米国の消費者は家庭用充電設備の設置に、1,000ドル強の支払いは許容できると回答。英国と日本の消費者の予算は900ドル以下だった。一方、インド、中国、ブラジルの消費者は、1,500ドル以上を費やせると回答している。
もちろん、賃貸や集合住宅、あるいは専用駐車場がない場合など、誰もが自宅に充電設備を設置できる環境にいるわけではない。加えて、現在のEVユーザーは、従来車のオーナーに比べて1日の走行距離が2倍、長距離移動の頻度が5倍あり、自宅以外での充電場所が必要とされる。
だが、2030年までに十分な充電設備が利用できるようになる予測は低い。また、バッテリーの持続時間も重要な課題であり、消費者の求める走行可能距離は現在の中央値を上回っている。
バッテリーの性能低下や寿命、安全性の問題、環境負荷などが課題への対応も求められる。一部の企業は、新しい化学反応のテストを量子コンピューティングで行い、より安価で入手しやすい材料を特定することで、高性能かつ環境に優しく安価なバッテリーの生産につなげたいと考えているという。
EV化による企業のオペレーションモデル変革
自動車産業はエレクトロニクス中心の製品に転換し、ソフトウェアによって制御されるようになり、自動アップデートや車載エンターテインメント、自動運転などの機能が提供される。
多くの自動車のメカニック(機械的な構成)もプログラムで制御されているが、2025年までにEVには膨大なコード行数が必要になると予想されている。
またEVでは内燃機関車とは異なる部品が使われるため、製造も大きく変化することになる。EV化がもたらす影響は設計・開発から製造、販売モデル、アフターセールスまで及び、EV化によるインパクトや新たな経営課題の評価、オペレーション・モデルの見直しが進んでいる。
2030年にはEVの所有形態の37%がサブスクリプションになると予測
EV(電気自動車)の所有形態は、2030年までにはサブスクリプションとリース、購入がほぼ均等になると予測されている。
さらに、EVサブスクリプションは、2030年までにバッテリー関連サービスに次ぐ収益源になると予想される。部品サプライヤーも、2030年までに売り上げの増加を見込み、半数近くが内燃機関車事業の縮小あるいは撤退を視野に入れており、従業員のリスキリングや企業再編を計画している。
こうした中、EV市場で優位に立つ企業は、設計・開発・製造のあらゆる過程で最も効率的な道を模索し、消費者が抱える課題を認識し、またそれに対処し、新たなコア・コンピテンシーに自信を持って迅速に取り組むとされている。
EV普及の鍵を握るエコシステムとテクノロジー
前進に欠かせないパートナーシップ
業界を超えたコラボレーションと革新的なアプローチがサステナビリティとその解決策を可能にし、CEOたちは新しいビジネスネットワークやプラットフォームを構築することで、オープンイノベーションを推進している。自動車業界の幹部も同様に、EV向けソフトウェアやテクノロジープラットフォームを活用し、ビジネスエコシステムやパートナーシップを拡大している。充電インフラも協力して進めることができる。クリーンでバランスの取れた電力網の構築に取り組むエネルギー・公益事業業界も、このパートナーの輪に加えることができる。
さらに、小売業や不動産業、旅行業など、消費者がEVで出かける場所と関わる業種もパートナーとなりうる。消費者が店で買い物をし、レストランで食事をしている間、あるいはホテルに宿泊するとき、EVを充電できれば便利だ。政府や地方自治体が、公道沿いに充電インフラを構築し、EVオーナーが住み、働き、移動する都市を計画することもまた重要だとした。
電動化の取り組みを支援するIBMのフレームワーク
電力会社は「クリーンな電化」の目標設定や進捗把握に困難を感じているため、IBMは専門家からなるグローバル・チームと米国生産性品質センターAPQCと連携し、クリーン電化成熟度モデル(CEMM)を作成した。
CEMMは8つの領域と200の属性を網羅し、電力会社は自社の成熟度を評価できる。英国のクライアントが電化ソリューションを構築するのを支援した別の取り組みでは、IBM は最終的にEV充電のリファレンス・アーキテクチャーを開発。電化市場の統合などEV充電の管理に不可欠な要素を網羅するという。
自動車業界の幹部は、充電ネットワークの整備には、エネルギー企業、充電設備メーカー、バッテリーメーカーなどとともに、EV メーカーが主導的な役割を果たすべきだと考えている。EV販売台数で先行する中国の業界幹部は、不動産オーナーの役割にも期待している。また、販売ディーラーが充電スポットを提供し、電力網の統合を促進することへの期待もあるようだ。
テクノロジーの導入で、EV変革を加速させる
EVへの移行は、自動車のバリュー・チェーン全体に多くの変革のきっかけをもたらす。それを可能にするのがテクノロジーの活用だ。業務の自動化を効果的に推進することで、AIや機械学習、高度な分析、拡張・仮想現実、ハイブリッドクラウドといった先進技術に支えられたソリューションの導入が可能となり、製品の設計・開発、製造、販売・マーケティング、サービス・アフターセールス、エコシステムとの連携といった領域で改革を実行できる。
部品やサブシステムの設計について見れば、プロダクト・デザインと共にソフトウェア・エンジニアリングが大きな意味を持つ。AIを活用して管理を行えば、要件やワークフロー管理の最適化、さらには共同作業が可能なモデリング、設計、テスト環境の実現が可能になる。
同様に、デジタルツイン(リアルタイム・データによる物理的な物体のデジタル複製)を使えば、自動車の衝突試験などのシミュレーションが行える。また、AIや機械学習と組み合わせれば、エンジニアは実際の製品を製作する前に、設計上の問題を特定できるようになる。
次に、今後EVの所有形態とされるサブスクリプション・モデルはEVの販売に限らず、自動車メーカーやレンタカー会社は、自動運転機能や運転支援機能などをソフトウェアベースで、有料で付加的に提供できるようになる。こうしたサービスの管理は、高度なサブスクリプション・プラットフォームを利用すれば、収益プロセスが自動化できるとしている。
EVのコネクティビティーで言えば、低遅延要件などの要求に応えるため、システムを地域ごとに展開している。
コネクテッド・カーが増えるにつれ、サイバー犯罪者は攻撃対象を拡大し、自動車だけでなく、充電インフラにまで手を伸ばしている。自動車メーカーは車載電子機器の保護から、車両セキュリティー・オペレーション・センター(V-SOC)を通じたリアルタイムでの車両利用状況の監視まで、対策に取り組んでいる。国連のセキュリティー法規では、自動車のサイバーセキュリティー管理システムの構築を求めている。
EV化の鍵は、自動車バリュー・チェーン全体の改革
自動車業界は、EV事業をサステナビリティー戦略の一環として位置付けていないようだ。自社のサステナビリティー目標の達成にEV事業が不可欠だと回答したのは49%だった。CO2排出量はEV事業の明確な評価指標だと答えた業界幹部も、55%と過半数をわずかに上回る程度だった。
2022年にIBVが行ったCEOを対象とした「変革を引き起こすサステナビリティー」に関する調査では、サステナビリティーとデジタル・トランスフォーメーション(DX)を意識的に統合した結果、他社よりも高い収益成長を実現した企業群を紹介した。
自動車業界の企業は設計から廃棄に至るまでのバリュー・チェーン全体で、EV戦略に沿った明確なオペレーション・モデルを策定し、自社のサステナビリティー戦略全体とEV事業の目標を一致させる必要性を示唆しているとした。
日本市場に関する考察
EVに対して保守的な消費者と前向きな自動車業界
今回の調査では、日本の消費者が、グローバルの消費者に比べて電気自動車の購入意欲が低いことが分かっている。グローバル全体では50%の消費者が3年以内にEVの購入を検討していると回答したが、日本では9%と、調査した7カ国中最も興味が薄い結果となった。
消費者とは対照的に、日本の自動車業界はEV化に積極的な姿勢が見られた。パワートレーンごとの投資額で見ると、グローバルでは内燃機関を上回る。日本企業では2022年の調査段階で既にEVへの投資が上回っていた。
グローバル化している日本の自動車業界は、自国の市場だけを見ているわけではなく、世界の潮流を見てEVビジネスに商機があるとと判断しているのかもしれない。自動車業界として、グローバルのEVシフトで競争優位性を失うわけにはいかない、という危機感も感じられるとした。
消費者のEVへの要望と企業とのギャップ
EVの購入動機について、グローバル全体でも消費者と業界幹部の認識のギャップが見られたが、日本ではさらに大きなギャップが見られた。環境意識が消費者への一番のアピール・ポイントだと考えている。関心事はコストと充電に集中し、商品の魅力ですら優先度が低い。
EVの総所有コストとして、日本の消費者の55%は従来の車と比べて同程度以下を希望しており、業界幹部が想定する12%程度のコスト増とは乖離がある。また、自宅の充電設備設置費用については、日本の消費者の期待値は7万円程度と、グローバルの14万円程度(1ドル130円換算)と比べて厳しかったという。
EVの販売モデルと所有形態
EVの所有形態は、海外と同様にサブスクリプション・モデルが前向きに検討されている。業界幹部は、2030年にサブスクリプションで販売されるEVが40%と予想。収益構造を1回の売り切りから継続的なビジネスへ変えていくメリットが考えられる。
今後の生き残りをかけた新しいコア・コンピテンシー
日本の自動車メーカーは、EV時代の新しい自社の集中領域として、「電気部品開発(77%)と製造(79%)」「最終組み立て(81%)」を挙げている。電子部品関連は伝統的に日本が強い領域でもあるため差別化領域と認識されているのかもしれない。
一方、EVプラットフォームに関しては、新領域は、まだ自社内で知見の蓄積が十分でなく、外部のパートナー企業と協業していると思われる。
バッテリー開発、製造については複数の企業が大きな発表をしている。コア領域と位置付けているのは開発58%、製造54%と半分強程度だ。自社のコア領域と位置付ける企業とそうでない企業と戦略が明確に分かれている可能性がある。
充電インフラの整備見通し
日本の消費者の58%が公共の充電ステーションの不備を不安要因としている。自宅に充電設備を設置することが困難な消費者も多い。バランスの良い充電インフラ整備が必要である。日本で十分な充電インフラが整う時期について、業界幹部は2035年から2040年ごろを予想している。
充電インフラの整備は、複数の関係者が協力して進める必要がある。日本では、EVメーカーと電力会社が重要な役割を果たすべきと考えられている。