このサイトをご覧の方々にはお馴染みの話だろうが、「ドローン(Drone)」という英単語はもともと、名詞で「オスのハチ」という意味だ。それが現在では、小型無人航空機にも使われる言葉として定着しているわけである。Droneには動詞として「ブンブンという音を出す」という意味もあるのだが、プロペラを使うドローンの場合、風切り音がブンブンという音になる。その意味で小型無人機としてのドローンにも、しっかりと「ハチ」の要素があると言えるだろう。
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最近Empa(スイス連邦材料試験研究所)の研究者らから発表された新たな研究成果は、こうした昆虫の「ハチ」の要素を、さらにドローンへと追加するものだ。その要素とは「巣作り」である。
多くのハチは、木の上や土の中など、さまざまな場所に巣を作る。その素材もさまざまだが、たとえばスズメバチの場合には、強力なアゴで木の皮をかじり取り、それに唾液を混ぜて団子状にする。それを巣へと持ち帰り、団子を積み重ねていくことで、少しずつ大きな巣へと作り上げるわけである。
これを聞いて何かを想像しなかっただろうか?そう、3Dプリンターだ。3Dプリンターで実現される3Dプリンティングは「積層造形法(Additive Manufacturing,AM)」とも呼ばれ、文字通り材料となる物質を積み重ねていく造形法である。ハチは巣作りにおいて、これと同じことを自らの身体を用いて行っているのである。
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ならばドローンにも3Dプリンターを搭載して、何らかの建築物をつくらせることができないだろうか――Empaが取り組んだのは、まさにこの発想だ。
上記の映像で示されているように、研究者たちは小型のドローンに超小型の3Dプリンターを設置。通常の3Dプリンターでは、材料が噴出されるノズル部分が機械的な仕組みによって移動し、設計図通りに材料を積み重ねてゆく(これはAMの中でも「材料押出法」と呼ばれるもので、別の仕組みを採用している3Dプリンターもある)。しかし「BuilDrone」と名付けられたこの3Dプリンティングドローンでは、ドローン自らが空中を移動して、適切な場所に材料を吹き付けていく仕組みになっている。そして最終的に、目的とする建築物を完成させるわけだ。
障害を乗り越えて実現された3Dプリンティングドローン
上記の通り、この仕組みは自然界でハチが行っているのと一緒であり、発想としては既に存在していたと言えるだろう。だからといって今回の研究結果が取るに足らないものと言うわけではなく、ハチの巣作りをドローンに真似させる上では、いくつもの障害を乗り越える必要があった。
まず要求されたのが、当然ながら材料を積み重ねる際の精度である。前述のように、3Dプリンターでは固定された筐体に装備されたノズルから材料が噴出される。しかしドローンは滞空しながら材料を吹き付けなければならない。そこでドローンに搭載された3Dプリンティング装置では、ドローンが飛行中に揺れた場合でもノズルの位置がぶれないような仕組みが組み込まれた。
またドローンに大量の建築素材を積み込むわけにはいかないため、作業は必然的に、多くのドローンが入れ代わり立ち代わり材料を吹き付けるというものになる。したがって正確に材料が積み重ねられているか、常に確認が必要だ。そこで研究者らは、3Dプリンティングの役割を担うドローンの他に、「監督ドローン」を用意した。ScanDroneと名付けられたこの監督ドローンは、建造中の対象物を定期的にスキャンし、その状態を確認。そして3Dプリンティングドローンに、次の材料を吹き付ける正確な場所を指示するのである。
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また建築素材にも、ドローンによる3Dプリンティングを前提とした特別なものが新たに開発された。4種類のセメントが混ぜ合わされたこの新素材は、噴出する際には当然柔らかいのだが、すぐに乾燥して固くなるそうである。
こうして実現されたドローンによる3Dプリンティングに、研究者らは「Aerial Additive Manufacturing(Aerial-AM)」という名前を与えている。文字通り「空中積層造形法」といったような意味だ。研究者らは今後さらに、本物のハチと同様、複数のBuilDroneが同時に作業して効率的に建築を行うことを目指しており、そのための研究も進めている。
Aerial-AMは人間が近づくのは容易ではない場所や、作業するのが危険な場所において、大きな威力を発揮することになるだろう。重要なインフラに関係する建築物が破損した際に、応急措置を行うための仕組みとしても重視される可能性がある。いずれは小型無人航空機としての「ドローン」が、2つの意味でハチにインスパイアされた名前であるという認識が定着するようになるかもしれない。