世界遺産に名を連ねる遺跡や城、なかなか訪れることが難しい大自然の中など、美しいロケーションにステージを作り、そこからDJやライブセットを配信する、絶景と音楽を組み合わせた配信コンテンツが話題を呼んでいます。
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コロナ禍で旅行ができなくなり、また音楽フェスの開催が困難になる中、人々にひとときの解放感を与えてくれるコンテンツとして、YouTubeなどの配信プラットフォーム上で注目が高まっていますが、その絶景×音楽配信コンテンツに絶対に欠かすことができないのが、ドローンによる空撮映像です。圧倒的なロケーションのスケール感を視聴者に伝えるためには、空からの美しい映像が必要不可欠。これらの配信コンテンツは、ドローンの力があって初めて成立するといっても過言ではありません。
ドローンとカルチャーがテーマの本連載。今回は、絶景と音楽を掛け合わせた配信コンテンツと、ドローンが寄与する役割について考えてみたいと思います。
パイオニア的プログラム「Cercle」
絶景系の音楽配信で、もっとも有名かつクオリティーの高さを誇るのが、フランス発の配信プラットフォーム「Cercle」です。2017年頃から絶景ロケーションでライブやDJのショーを開催し、そのアーカイブを世界中のファンのために配信し続けています。
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Cercleに選ばれたロケーションは、例えば、モン・サン=ミシェルや、
アブ・シンベル神殿、
ネムルト山
などの文化遺産や、イグアスの滝、モルディブのビーチ、クロアチアのプリトヴィツェ湖群国立公園
などの自然遺産。その映像を見ているだけでも、日常を忘れることができそうな美しくクオリティーの高いものばかりですが、そこに音楽が融合することで、心地よい高揚感やリラックス感を与えてくれます。
しかしまぁ、よくこんな場所にセットを組んだなと驚愕してしまうロケーションがたびたび見受けられますが、その最たる例が、ボリビアのウユニ塩湖でライブセットを披露した、フランスのマルチプレイヤーFKJの回。「天空の鏡」とも称され、雨季の間だけ見せる見渡す限りの鏡の世界は、日本でも大変人気が高い観光スポットですが、ここは実は標高3,700mの高地。広大な塩水の真ん中にステージを作り、よくこれだけの機材を組み上げたものだと驚きます。
映像の中では飛び回るドローン(DJI Insipire2)の姿を確認することができますが、この非現実的な世界観の中でメロウなライブセットを飄々と披露するFKJのカッコよさは、ドローンの空撮がなければ視聴者に伝えることはできないでしょう。
ボリビア「ウユニ塩湖」でのFKJライブセット(Cercle)
またCercleの配信では、"世界にはこんな場所があるのか?!"と驚く、様々な建造物からの配信も見どころの一つです。
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例えば、エレクトロユニットHVOBのライブセットは、メキシコのにある"Copa del Sol"という岬の先に建てられた半球型のモニュメントから配信されました。SF映画に出てきそうなこの不思議な構造物は、まさにドローン空撮にうってつけ。真俯瞰でグラフィカルに捉えて映像に変化を持たせたり、ロケーションのスケール感を最大限に表現する役割をドローンが担っています。
メキシコ「Copa del Sol」でのHVOBのライブセット(Cercle)
日本の美しい絶景×音楽
日本国内でも、絶景系コンテンツが増えています。
2021年にスタートした「ETCHED」は、日本の美しいランドスケープに国内アーティストの音楽を組み合わせて映像音楽を届けるアートプロジェクトですが、その映像美がとにかく素晴らしいです。
例えば、Kaoru Inoueが伊豆下田の爪木埼灯台から送るDJセットは、朝焼けの美しい海の景色に思わず息を飲んでしまいます。FPVドローンのフリースタイル映像も多用することで、まるで自分が海鳥になったかのような気持ちで音楽と映像に引き込まれます。
トラックメイカーのSakura Tsurutaは、裏磐梯の神秘的な自然を舞台にライブセットを披露しています。配信映像は、ドローンのパートがかなりの割合を占めていますが、エレクトロニックなトラックにもかかわらず、湖や池など水をテーマとしたロケーションと調和して、その土地の幻想的な魅力を大いに引き出しています。
注目したいのは、動画の概要欄に、パフォーマンスのトラックリスト(曲名と曲順)ではなくロケーションのリストを載せているということ。ドローン映像で強調している美しい景色に興味を持ってもらいたいという、観光プロモーションの機能を持たせる意図が見受けられます。その場所の魅力を引き出すことに、ドローンが大きく寄与しています。
裏磐梯でのSakura Tsurutaのライブセット(ETCHED)
コロナ禍になり、多くの音楽フェスがライブを配信するようになりましたが、2020年4月、いち早く配信に切り替えて音楽をファンに届けたのは、毎年、伊豆高原で開催されているRainbow Disco Club。手前味噌になりますが、僕もこのライブ配信にドローン空撮パートとして参加し、DJセットやライブ演奏の映像を撮影しました。配信を楽しんだという友人からは、「ドローンの映像のおかげで、現地のゆったりした自然の中にいるような気分になれた」と感想をもらい、とても嬉しかったことを憶えています。
ちなみに、このRainbow Disco Club 2020の配信は、内閣府主催「クールジャパン・マッチングアワード2021」で特別賞を受賞しました。
Rainbow Disco Club配信ティザー動画
ほかにも、ウェブメディア「THAT IS GOOD」は、国内の様々な観光地をフックアップし、その場所からDJプレイなどを配信していますが、岩手県の猊鼻渓を下る小舟や、秋田県の大湯環状列石など、完全にドローン空撮向けの空間からの配信が印象的で、上述の「ETCHED」の裏磐梯の例のように観光名所のプロモーションとして機能し、映像だけでなくその観光地を丁寧に紹介した記事も掲載していることが特徴的です。コロナ禍において、視聴者に旅の代替物としてコンテンツを提供するだけでなく、アフターコロナを見据えた観光業へのサポートも担っているところが素晴らしいと思います。
コロナ禍における心理学的効能
コロナ禍に生きる僕たちは、いまだかつてない大きなストレスを抱えながら日常を過ごしています。
イタリアのサクロ・クオーレ・カトリック大学の心理学者リヴァ・ジュゼッペ教授は、自身の研究の中で、コロナ禍が引き起こす3つのジレンマとして、「不安」「場所の消失」「所属している感覚の喪失」を挙げています。
この中で注目したいのが、「場所の消失」です。感染拡大防止を目的とした隔離・外出自粛により、人々の仕事とプライベートの空間的な境界が曖昧になってきています。また、旅行やイベントなどのレジャーに代表される非日常そのものが無くなってきていることは、誰もが実感しているはずです。
人間の脳の中には,「場所細胞(place cells)」と「境界細胞(boundary cells)」というものがあるそうです。これらは、空間の中の特定の場所にいるときや、その境界線を認識したときにはたらく細胞で、様々な場所で起きた出来事などの記憶を通じて、自分自身がどのような人物であり、どのような経験をしてきたかということを認識すると言われていますが、多くの人々が、学校や会社など自分のアイデンティティーを意味付ける場所を見失い、自分が何者なのかという意識を失いつつあるというのです。
リヴァ・ジュゼッペ教授は論文の中で、VRや360°コンテンツ技術を利用することによって心身の健康を回復・増進する、心のセルフケアを提案しています。様々な研究によって、VR上の360°映像が心理療法として効果があると認められ、実践されていますが、VR映像は、現実のパノラマ環境のように統合された神経表現をもたらすことで、記憶と知覚が相互に影響し合い、「場所の消失」から人々を救ってくれる可能性があるそうです。
これはあくまで僕自身の個人的な推考ですが、ドローンによる空撮映像は、二次元の映像であっても、VR(360°)映像に近い没入感を得られると思っています。例えば、ドローンによる遠景の広い画角の映像は、見る者に強いパノラマ感を与えます。また、ドローンが得意とする移動感のある映像は、一人称視点を伴いやすいとも言われています(360°映像であっても視点が自動的に移動するコンテンツの場合、視聴者は自由視点をあまり利用せず、前方のみを見続けがちなのは、移動感自体だけでも十分な一人称視点を印象付けているからだと考えられる)。
ドローンによる映像によって、VR技術で得られる心身への効果に近いものが期待できるかもしれないということです。
「絶景×音楽」配信コンテンツを考えてみると、ドローン映像の心理的効果に加えて、ハウスやテクノなどの反復したビートは恍惚感をもたらし、非日常感を助長します。高揚感がポジティブな気分を高めたり、あるいはリラックスした気持ちにもなるでしょう。
コロナ禍に、Cercleなどの絶景と音楽が融合した配信コンテンツが受け入れられるのも、人々がその場所へ行くことができないための代替手段というだけでなく、このようなセラピー的な理由が潜んでいるのかもしれません。
そして、人間拡張(Human Augmentation)へ
人とテクノロジーが一体化し、認知能力や身体能力、存在感などを強化する「人間拡張(Human Augmentation)」という概念があります。わかりやすいもので言えば、他の人やロボットに入り込む"ジャック・イン"などが挙げられますが、絶景系の音楽配信コンテンツは、この"ジャック・イン"の最初期のステップとして存在しているのではないかと、僕は考えています。
本来の「人間拡張」は、人とインターネットが高次元で繋がったIoA(Internet of Abilities)により実現され、ドローンの移動や視点をリアルタイムに自由に制御できるものであるべきですが、もちろん現段階では、視聴者は配信される映像視点でしか見ることができません。しかしながら、近い将来実現するであろう、この「人間拡張」的な技術が大いに適用できる、非常に可能性を感じさせるコンテンツであると言えます。
近年、音楽フェスのオンライン・ライブ配信が当たり前となり、さらにアバターを使って参加できるプラットフォームも増えてきています。今後は、さらに高いクオリティのVR音楽フェスも生まれてくるでしょう。
ヴァーチャル空間だけでなく、オンライン参加者がリアル会場の複数のカメラから任意の視点を自由にスイッチングして現場を体験することができたら、参加者の満足度はさらに高まると思います。さらに、会場のドローンに"ジャック・イン"して、大音量の音楽を浴びながら、大空からの景色を自分の視点として楽しむことができる日も、そう遠くないかも知れません。