SUNDRED代表取締役/VAIO CINO(Chief Innovation Officer)/VFR代表取締役社長を務める留目真伸氏
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ドローン・ロボティクス業界にいち早く参入して活躍するプレイヤーの方々のキャリアに焦点を当て、その人となりや価値観などを紹介する連載コラム[空150mまでのキャリア~ロボティクスの先人達に訊く]第12回は、ドローン業界でひときわ異彩を放つプロ経営者、留目真伸氏に直撃した。
留目氏は、DELLのPC事業を急成長させたのち、レノボ・グループに入社し、グローバルでのPC事業再編を推進した立役者だ。同社日本法人ならびにNECパーソナルコンピュータの社長を務めた経歴を持つ同氏が、なぜいまドローンという新産業の創出に情熱を注ぎ続けるのか。留目氏のキャリアを紐解くと、そこには必然性が浮かび上がった。
日本のものづくりは、今でも強い
「大きな仕事をしたい」と、新卒で商社に入社した留目氏は、海外でプラントを作るという文字通り大規模な仕事に就いた。ちなみに就活では、某航空会社のパイロット採用で最終選考まで進んだそうで、「大きな」空への想いは当時から強かったようだ。
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ほどなく、大きな意思決定に関わる仕事こそ大きな仕事なのではと思い至り、戦略コンサルを経て外資系企業のDELLへ移った。これが、小学生時代にマイコンにハマって以来の、コンピューター業界との出会い。その後、2006年に入社したレノボ・ジャパンでは、ドローンビジネスに対する信念に通ずる原体験を得たという。国内外におけるPC事業再編だ。
入社当時は、レノボがIBMのPC事業を買収した直後。IBMは、ThinkPadという日本の技術者が研究・開発した高性能・高品質なPCが特定層から憧れを集めるも、DELLやHPといった低価格な新興勢に押され、コンシューマー市場から撤退するなど危機に陥っていた。
しかし、軽量化、冷却方法、通信技術、キータッチ、ポインティングデバイス、パッケージングなど、日本のエンジニアによって隅々までこだわり抜かれたThinkPadがなくなってしまうのは「嫌だった」という。販売チャネルの再構築やコンシューマービジネスへの再参入など、事業の盛り返しを図った。途中で、アメリカのノースカロライナに約2年赴任した間には、日本のものづくりへの世界の評価を目の当たりにした。
留目氏:米国のグローバル本社でM&Aと統合を推進して、まさにPC事業の世界的な再編を行い、そして日本法人の社長としても国内の再編をやってきた経験から、日本のものづくりはレノボのような世界のトップ企業においても非常に高く評価されている、優れた強みを持っているということを誰よりも分かっているつもりです。
だから(PCにおいては、多くの日本メーカーのビジネスのやり方に課題も多くありましたが)ドローンにおいては、正しいやり方をしていけば、日本のものづくりを活かしながら皆が幸せになれるような産業づくりができるのではないかと思っています。
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海の家で見えた「新産業創出」の輪郭
ドローンについて「空を飛ぶパソコンであり、パーソナルコンピューティングの延長。あらゆる産業のベースラインとして、非常に重要な産業だ」と説明する留目氏。実は2018年5月にレノボ・ジャパン社長を辞任する前から、ドローンは新規事業として検討に上がっていたという。
けれども、留目氏がドローン業界との接点を持つのは、もう少し後のことになる。というのも、社長のミッションとしてタブレットなどの新規事業を手がけるなか、時代の大きな変化による課題を突きつけられていた。"個社単体で手がける新規事業"の限界だ。
留目氏:私は以前(新規事業を生業とする)商社にいたので、タブレットが出てきたときも、新規事業なんてすぐに作れると思っていました。ただ、時代が大きく違っていて。タブレットはもちろん、センシングデバイス、その他のハードウェア、データベース、AI、ソフトウェア、UI/UX、いずれの製品・サービスもインターネットで全て繋がり、そのつながった状態でしか価値を生まない。
製品・サービスを独りよがりの思い込みでいくら磨き上げてもしょうがなく、エコシステムがないとソリューションとして成立させられないので、個社の新規事業を成功させるためにも産業全体をデザインしなければならないということが分かってきました。まさにドローンもそうですよね。
ご存知の方もいるだろうか。レノボ・ジャパンの留目社長といえば、いろいろなイベントに1人でふらっと訪れては、普通に名刺交換もすれば参加者と交流もする、ちょっと変わった経営者として知られていた。
「タブレットが付加価値を発揮できる"エコシステムの作り方"が分からないから、社内にいても仕方がない」ということだったらしいが、いまにして思えばこれは、留目氏が「新産業を共創する第一歩」として定義する「オープンでフラットな社会人同士の対話」の姿だ。
転機になったのは、2014年から16年にかけて毎年、鎌倉・由比ヶ浜で行った「レノボの海の家」。タブレット活用のPoCプロジェクトを手がけたことで、留目氏は「新産業の作り方」の輪郭を捉えることになる。
海の家にタブレットを持ち込み、飲食、フード、生産者、IT、スタートアップ、さまざまな人たちが集まって対話のなかから新しい目的を設定し、タブレットに新たな役割を持たせることで、その置き場を作っていった。具体的には、タブレットでのオーダー、デリバリー、指紋認証決済などの新たな仕組みを構築していったという。
留目氏:いろんな会社の人たちが、もちろん社名も背負っているのだけど、社会人としてフラットに対話をして、こうなったらよいよね、面白いよねとか、自分はこういうことを実現したいのだけどどう思う?みたいな感じで、自分が作りたい世界観を共有していきました。
そして、みんなが共感できるレベルになって初めて、じゃあ一緒に設計図を書いてやってみようと。そんなことが海の家で頻繁に起こっていたのです。
多様な社会人が自発的に集まって対話し、必要に応じて人員や技術などのリソースを獲得しエコシステムを作りながら、新たなビジネスを「新産業」として共創していく。これを原体験に、留目氏はさらなるキャリア転換へと舵を切った。
かつては外資系企業でオペレーションエクセレンスにこだわり、ゴリゴリのマイクロマネジメントを行っていたという同氏だが、「会社の命令ではなく面白がって動ける人って、大企業にも結構いるんだな」という発見も大きな収穫だったようだ。
ドローン産業のエコシステムを作る旅へ
そして、「新しい価値創造の仕組みづくりに取り組みたい」と、PC業界から飛び出した。資生堂のCSO(Chief Strategy Officer)を経て、構想固めと仲間づくりを行った後、2019年7月から陸上養殖産業の共創プロジェクトなど「100個の新産業創出」を目指して立ち上げたSUNDREDを本格稼働させて現在に至る。
同時期、VAIOへの参画のオファーを受けた。当時VAIOは、農業ドローンのナイルワークスの製造受託を行うなど、ロボティクス、IoT、モビリティといった新領域の事業拡大を加速中。VAIOの親会社である日本産業パートナーズとはPC業界時代から定期的に意見交換をする仲だった留目氏は、SUNDREDで実践し始めた「新産業共創」の構想も共有していたそうで、VAIOのCINO(Chief Innovation Officer)に就任するや、"ドローン産業のエコシステム"を作る旅に出ることになる。
留目氏:VAIOの新規事業でドローンをやるというと、普通の人はすぐにVAIO印のドローンが飛ぶのだろうと考えます。社内の人もほとんどそうで最初は皆、完成品をつくる話ばかりしていました。
しかし、私の発想はエコシステム創りにあったので、ドローン産業を成長させていくためにVAIOができることは何か、どういう産業構造にしていくべきかというところから考え、なぜ日本のドローン産業がクイックに盛り上がっていかないのか、技術的なチャレンジがどこにあるのかなど、いろいろな方と対話しながらVAIOの取り組むべき領域を定めていきました。
VAIOの工場にはPCのみならず、トヨタのKIROBOや富士ソフトのPalmiなどの駆動装置を有する小型ロボットの製造実績があり、技術力や施設設備も整っていた。留目氏は、「日本のドローンはコンピューティング、ロボティクスの延長である割に、精緻に作られていないし、コンポーネント化を進めるにも産業構造が脆弱であると思った」と明かしつつ、こうしたVAIOの機能をドローン業界に提供していく方向で事業の構築を進めていると話した。もちろん、VAIOのネームバリューと実績に支えられたグローバル・サプライチェーンも含まれる。
2020年4月には、VAIOの子会社としてVFRを設立。ドローン産業のエコシステム作りに貢献するためには、VAIOの一事業部門としてではなく、出島型の別の事業体としてやるほうがよいと判断したという。
そして、2021年2月には、留目氏が率いる2つの事業体SUNDREDとVFRがリードする形で、ドローン産業を共創する「Take Off Anywhereプロジェクト」が発足した。SUNDREDとVFRは同じ文脈のなかで少しずつ異なる役割を担い、ドローン産業全体のエコシステム作りを着実に進めていく構えだ。両社の軸足は、「対話から目的を共創することから始める」ことにある。
世の中が本当に求めているのは「DJIを追い抜く」ことなのか
留目氏:もともと日本のものづくりは強いと思っていて、今でもその信念を持っているので、それはドローンの業界にも生かして行きたいです。ただし、昔レノボで僕がやってきたように、「DJIを追い抜いて、国産ドローンメーカーとして世界トップシェアを目指すんですか」みたいに言われると、それがゴールではないと思います。
なぜそう思うのかを留目氏に聞いたときの、PC業界における自身の"功績"をナチュラルに全否定する姿はとても印象的だった。「最終的に圧倒的なスケールを持つ1社に集約される産業構造を作り上げるということは、PC業界で散々やってきた」けれども、「普通に考えたら、それって今の時代には、もうどうでもよくないですか?」というのだ。しかも笑顔で自然に。その背景にある、社会への眼差しはこうだ。
IoTで全ての人とモノがつながるSociety 5.0の時代においては、これまで表に出てこなかった1人ひとりの思考や生き方がクリアにデータで分かるようになり、バラバラに存在していた人たちがネットで繋がり、多面性のある多様なコミュニティが混在しながら社会を成している。つまり、セグメントの仕方、“社会の切り取り方”によって、目的や課題がこれまで以上に変わってくる。
また、目的や課題を共創する際の顔ぶれによっては、課題の捉え方も異なりソリューションも違ったものに仕上がっていくはずだ。更にセンシング、AI、通信、制御、動力にいたるまでさまざまな産業で用いられる技術のコンポーネントは極めてシンプルな形に標準化しつつあり、このような流れは不可逆である。
レノボ・ジャパンで社長のミッションとして新規事業創出に向き合い、退職後も新産業創出の仕組みを模索してきた10年間で、「確かにレノボはトップシェアを獲得したけど、世の中が求めていたことは、本当にそれだったのか?」と新たな境地に至った、だからこその清々しい笑顔なのだと感じた。
留目氏:本当に世の中が求めている新しい目的や、これまで解決されてこなかった課題に立ち向かうには、個社ではできないので、多様な企業・セクターと一緒に新しいエコシステムを作らないといけないのですが、それは難しいことだし時間がかかりすぎるということから、蓋をして無視をして、シェア取り合戦をやってきちゃったんですよね。
でもSDGsのような、本来やらなきゃいけない目的のための新産業創出は、オープンにフラットに社会人として対話するところから始めて、エコシステム作りから適切なプロセスに則ってやっていけば実現できるし、みんなが儲かるんですよ。
それでは、成功とは何をもってして測るべきか。単刀直入に聞いてみた。「いま、ソーシャルインパクトの定量化が進み、インパクト投資等がようやく注目されてきていますが、まさにソーシャルインパクトと短期的な財務リターンの両方を取っていくことが大事」とのこと。インタビュー終了間近の駆け込み質問となってしまったので、いずれ改めて紐解きたいテーマである。
社外活動を逃げ場にしない
最後に、「オープンでフラットな社会人同士が、自律的に対話をしていく」ことが、ドローンに限らず新産業を共創する第一歩であると理解した筆者は、そのような人材(SUNDRED流にいうならば、アントレプレナーでもイントレプレナーでもなく、"インタープレナー")になるためには、どのようなマインドセットが求められるかを聞いた。
1つは、会社に言われたからというのではなく、社会に生きる「社会人」として、いま社会で何が求められているのか、新しい課題に対してどうしていくべきかを、自ら考えていくこと。そして、肩書きや所属先に囚われず、自分も相手も一社会人としてフラットに対話をする能力。あとは、共感する力と共感される力も大事だという。
面白いものを素直に面白いと伝えられる、人にも面白いと思ってもらえる力のことだ。「自分が面白いと思っていなかったら人にも言えないし、誰からも面白いと思ってもらえない。共感する力・される力を根本的に取り戻さないといけない」と留目氏は言い添えつつ、こう締めくくった。
留目氏:会社人ではなく社会人、オープンでフラット、共感する・される力、この3つが基本的には大事だと思っていますが、実はもう1つあります。最近では副業や兼業など社外活動がいいことみたいに言われていますけど、これを逃げ場にしないことです。
会社の中で嫌なことから逃げ回って、逃げ場としてそれをやるのではなく、社会と対話して新しい目的に立ち向かっていきつつ、そこで気づいたことを所属する組織やコミュニティにも持ち帰って、そちらでも物事を動かしていく。こういうバランス感覚を持って、多面的にやっていくことが大切なのではないでしょうか。
インタビューでは、スキルセットについても指摘があった。コアになる専門スキルを持ちつつも、常に新しい技術やトレンドを学び続け、別の領域や他の技術とのコネクターとして機能できるようになることが、エンジニアをはじめ各職種において重要になるという。留目氏は、自身のキャリアをこう振り返る。
留目氏:大きな仕事をしたいというモチベーションの対象が、プラントのように規模の大きな仕事から、大きな意思決定をすることに変わり、グローバル企業でエグゼクティブになったらもっと大きな仕事ができるだろうと考えていたが、ここ10年で"既存のルールの中でシェア取り合戦をして、何を産んできたんだろう"と改めて気がついて、今はより社会的にインパクトがある仕事をしないといけないと思っています。
「オープンでフラットな社会人同士の対話」を10年間続けて新たな道を切り拓いてきたプロ経営者、留目氏のこれまでの歩みや思考の変遷は、今後10年でドローンやエアモビリティの社会実装が加速度的に進むといわれるいま、これからのキャリアを考える多くの社会人の道標になるのではないだろうか。