左から、宮内氏、我田氏、扇氏
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ドローン・ロボティクス業界にいち早く参入して活躍するプレイヤーの方々のキャリアに焦点を当て、その人となりや価値観などを紹介する連載コラム「空150mまでのキャリア〜ロボティクスの先人達に訊く」第7回目は、千葉県銚子市でスタートした「海ゴミ回収プロジェクト」にフィーチャー。
同プロジェクトの発起人である、銚子海洋研究所所長/海洋環境コンサルタントの宮内幸雄氏と、このプロジェクトで「海洋ゴミ回収ボート」をはじめとした無人移動体の連携オペレーションシステム構築に挑むWINGGATE代表取締役の扇拓矢氏、両氏の橋渡し役となったアイ・ロボティクス事業推進マネージャーの我田友史氏にインタビューした。
現場からのボトムアッププロジェクト
千葉県銚子市の「海ゴミ回収プロジェクト」がスタートしたのは、2020年5月。新型コロナウイルス感染拡大前から準備してきた、Makuakeでのクラウドファンディングだった。6月末までの支援募集では、目標金額100万円に対して、支援総額146万2,000円と大幅達成を記録。クラウドファンディングがよく分からないという地元の年配の方々からは、「海をきれいにしてやってくんな」と、“持ち込み寄付”もあったという。
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発起人である宮内氏が、この海洋ゴミ回収プロジェクトに挑んだきっかけは、昨年12月に海で遭遇したクジラの衝撃的な姿。ツチクジラが、頭から胸びれにかけて、赤くて太いロープを絡ませたまま、苦しそうに大海原を泳いでいる。いつもようにイルカ・クジラウォッチングのお客さんを乗せて走らせていた船からは、「助けてあげて」と悲鳴のような声が上がったという。
赤い太いロープが頭部から胸びれを囲むように巻き付いた状態
宮内氏:普通のホウェールウォッチングは、みんなニコニコ顔でいろんな話をしながら帰るけど、その日はどんよりしてましたね。
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操船室での宮内氏
宮内氏は、地元の漁業関係者の方たちと、「銚子にはゴミが流れ着く場所があるが、そこに着く前に、取ったほうがいいだろう」と話し合い、かねてより付き合いのあった銚子信用金庫から提案を受けて、Makuakeを利用して「海ゴミ回収プロジェクト」への支援を募った。
そのような中、宮内氏と以前から交流があった我田氏は、WINGGATEの扇氏を宮内氏に紹介した。というのも、我田氏と扇氏は「ドローンエンジニア養成塾」の講師同士。扇氏が、ArduPilotで動く「ゴミ回収ボート」をすでに開発していることを知っていたのだ。
扇氏が2019年秋にドローンフィールドKAWACHIでゴミ回収ボートを披露した時の様子
聞けば扇氏は、「開発したものの、実際に運用する場所探しに困っている」という。銚子では、海ゴミ回収のより良い方法を模索している。両者がともに、海ゴミ回収に取り組むことができれば、お互いにメリットがあるし、プロジェクトもよりいっそう盛り上がるはずだ。そう考えた我田氏は、緊急事態宣言解除後すぐに扇氏を銚子へ招き、プロジェクトの次のステップとして、ボートによる海ゴミ回収のテストを三者で開始した。
我田氏:海ゴミ回収に関する取組は、いまいろいろな場所で行われていると思うが、地元の方と技術者が一緒になって海洋ゴミ問題に取り組むという、“現場からのボトムアップ”プロジェクトは、珍しいのではないだろうか。
繋がりだけではない「信頼関係」が必要
我田氏が銚子との縁に恵まれたのは、2年前にさかのぼる。2017年にドローンに目覚めて、最初はデジタルハリウッド ロボティクスアカデミーでドローンの基本的な知識や操縦を学んだ。修了後はすぐに、ドローンエンジニア養成塾に通い、ドローンのソフトウェアについて知識を身につけた。
もともとソフトウェアエンジニアとして働いてきた我田氏。「ドローンによるデータ取得」で世の中の役に立ちたいと考えていた矢先、たまたま起業塾での出会いを通じて、「地元をもっと元気にしたい」と奮闘する銚子で活動する方たちとの繋がりができた。ドローンスクール体験会の手伝いなどをするうち、銚子のさまざまな魅力的な人を紹介してもらい、いつしか銚子ラバーになっていたようだ。
銚子のさまざまな方と繋がる中、2018年に「銚子海難救助コンテスト」の企画から運営に携わるチャンスに恵まれた。地域活性化、ドローン関連技術発展、そして人命救助を目的としたドローンコンテストを、まさに地元の方と協働して実施したのだ。ちょうど2年前のことだ。
このとき、海で船を出すなど協力してくれたのが、宮内氏だった。本業はイルカ・クジラウォッチング事業なので漁師ではないが、漁業者にも“顔がきく”。そこには、宮内氏が長い時間をかけて、地元の漁師さんたちと良好な関係を構築してきた歴史がある。海の多くのことを漁師さんから学んだほか、東日本大震災では、津波から船を守るため、漁師さんたちに交じって、イルカ・クジラウォッチング船「フリッパー号」に乗って沖合に出た。「銚子海難救助コンテスト」で地元の理解や協力を得られたのは、地元の海で信頼されている方がサポートに入ってくれたおかげだろう。
宮内氏&「フリッパー号」と、我田氏・扇氏
そしていま、また「海ゴミ回収」という目的に向かって、新たなコラボレーションが始動した。休日になると銚子マリーナにふと訪れるのが、よいリフレッシュになっているという我田氏はこう語る。
我田氏:宮内さんに会って、夕陽を見て帰る。それだけで、すごく充実するのです。
SNSでも気軽に人と繋がれる時代。リアルに会って、美しい景色を眺めながら一緒に過ごし、大きなプロジェクトをともに手掛けて、培ってきた信頼関係があってこそ、今回の「海洋ゴミ回収プロジェクト」において“水上ドローン”が活躍する場に恵まれたといえる。
宮内氏が所長をつとめる銚子海洋研究所からの夕景
「やるべきタイミング」が訪れた
実は、銚子の「海ゴミ回収プロジェクト」で活躍が期待されるのは、ボードだけではない。扇氏の海ゴミ回収ボートを使った「海洋ゴミ回収を目指した無人移動体の連携オペレーションシステムの構想」が、8月21日、「JAXA航空イノベーションチャレンジ2020 powerd by BDJ」に採択されたのだ。
扇氏は、宇宙ベンチャーでファーストキャリアをスタートしたのち、人工衛星の地上局システム開発や無人航空機の地上局システム開発などに、WINGGATE創業の前後を通じて携わってきた。ドローンエンジニア養成塾ではドローンソフトウェアエンジニア育成に貢献し、自らもArduPilotを活用してプレーン(固定翼機)やボートなどさまざまな形状の機体を開発している、根っからのディベロッパー。
今後は、プレーン(固定翼機)でゴミを探索して、ボートでゴミ回収を図るという一連のシステム構築を目指す予定だという。銚子は、まさにその実証の現場となる。
扇氏:JAXA航空イノベーションチャレンジで採択された背景の1つには、銚子で実際に動き始めているプロジェクトに、技術者として参画させていただいていることもあると感じた。構想だけではなく、海ゴミ問題に実際に取り組む地元の方と連携して、テストと実装を両輪で進められるよう頑張っていきたい。
いま、宮内氏は「海ゴミは気になっていたが、回収しようという発想にはならなかった。昨年見た、あのクジラが、目覚めさせてくれた」と、改めて振り返る。イルカ・クジラウォッチングでお客さんを乗せていれば、海ゴミが目の前にあっても、バーッと通り過ぎてしまう。浜で、針金が刺さって出血しているオットセイを救助するなど、動物が被害を受けていることは見聞きしていた。「それでも、頭の中はいつも、クジラを追いかけていた」という。ゴミは、ただ見えているだけで、見てはいなかったのだ。
宮内氏:22年間水族館に勤めて、その後さらに22年間イルカ・クジラウォッチング事業を手掛けてきた。ずっと海の生物に関わってきて、海にお世話になっているのに、気がつくのに40年かかったね。でも、早いか遅いかじゃないとも思う。もしこれが10年前だったら、誰も協力してくれなかったかもしれないし、いろんな技術を持っている方とも出会ってなかった。我田さんがご縁に恵まれたって話していたけど、自分も恵まれている。いまが、やるべきタイミングなのだと思う。
8月に実施された第1回目の海洋ゴミ回収イベントで挨拶をする宮内氏
銚子の「海ゴミ回収プロジェクト」では、今後は毎月第4土曜日に、一般からも参加者を募り、海ゴミ回収のために船を出す予定だという。参加者は、船上から網でゴミを集める作業を体験できる。9月26日(土)のゴミ回収運行は、銚子海洋研究所で予約できる(参加費無料・要予約)。
網で海洋ゴミを回収する様子
筆者も網での海ゴミ回収を体験させてもらったが、船上から手持ちの網を伸ばすのはかなり重たく、1m程先にあるゴミをすくうのがやっとだった。船からボートを降して、あたりのごみを一気に回収できれば、かなり効率がよく省力化できる。海ゴミの探索や検知は大きな課題だが、今後のプレーンでの取り組みに期待したい。
船体前方にゴミ回収用の網が設置されているため、スラスターへのゴミの巻き込みも回避しやすい
当日、海で回収できたゴミ
当日回収できたのは、ペットボトル、釣針、ビニール袋、大型のゴミのほか、マスクまであって、参加者した子供たちからは驚きの声があがっていた。また、ある参加者が「船に乗って沖に出て、ゴミを回収するって、気持ちがいい。大人の趣味にぴったり」と言って笑った姿は印象的だった。
銚子は、21種類ものイルカ・クジラ類に遭遇できる、世界有数のウォッチングスポットだという。地元の方と技術者とのキャリアが交錯したコラボレーションが、銚子の豊かな海のレジャーを支え、また新たな観光資源にもなる。そんな未来に期待したい。