ドローンを活用した橋梁点検手法「君津モデル」立役者でもある同氏に、ドローン業界に対する想いと、skydioJ2など自律航行技術が進化するいま、ドローンスクールが果たすべき役割について訊いた。
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日本で一番のことをやろう
ラジコン歴40年で電気好き。新卒では松下に入社した。しかし、結婚と同時に生コン業界に転身。20代から建築・土木の世界に身を投じてきた。生コンクリート事業などを手がける会社を継ぐことが結婚の条件だったため、ニューヨーク転勤のチャンスを蹴って未経験の世界へ飛び込んだそうだ。依田氏は、「当時は若かったな」と笑いながら経営のコンセプトをこう語る。
依田儀一商店っていう、生コン業界の中では比較的規模の小さな会社でした。でも、日本で一番目のことをやろう、と僕は決めていました。誰でもそうだと思うけど、自分の会社って、なんだかんだ言ってもみんな好きですよね。褒められると嬉しい。だから、何でもいいから、毎年日本で一番目のことをやり続けることで、社員さんの働くモチベーションに寄与できると考えました。
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桜ヶ丘生コンクリートの社名と女性社長のイメージから、業界では珍しいピンク色のミキサー車を走らせて、女性ドライバーの活躍を後押しした
様々な取り組みのなかで例を挙げると、日本で初めてミキサー車にGPSを搭載して動態管理を行った。“そば屋の出前”と揶揄されることも多い業界で、それでは顧客に不誠実だと思ったのだ。当時そんな対応をする生コン業界はなかった。
顧客からの問い合わせに車両の正確な位置情報を告げると、逆に「馬鹿野郎、見えてるのか」と怒鳴られた。しかし、予告どおり数分後にミキサー車が現場に到着。「すげえな、お前のとこ」と驚かれたという。ミキサー車の動態管理システムを見学に、全国から大手企業も視察に訪れた。
会社が生き残るための唯一の条件は、時代の変化に適応できる対応力ですよ。これはダーウィンの進化論からの受け売りで自分で考えた言葉じゃないけど、僕はずっと経営をしてきて、まさにそうだなと思っています。
発想の転換はなぜできないのか
事業継承問題で事業譲渡して退いたのは、2013年。経営という重責から解放された。やり切った感もあったし、ちょうど東京五輪開催が決定した頃で、30台所有していたミキサー車も中古車市場では高値で売却できた。
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いやー遊びましたね。旅行にゴルフにと。でも、1年で飽きてしまった。
そこで、得意なことやこれまでの経験を組み合わせて、ドローン起業を果たす。「自身がこれまでやってきたことが、ドローン業界のお役に少しでも貢献できれば」と思ったという。
小学生3年生からラジコンをやっていましたし、仕事で生コン事業をやっていたからコンクリートや構造体のことは多少分かります。そこでドローンに赤外線カメラを搭載し構造体の診断や、一眼レフカメラ搭載での測量だったらできるかなと思いました。
本格的にドローン事業を始めた矢先、忘れられない“事件”が起きる。建設技術を公開するイベント「EE東北」で開催されたドローンによる測量技術を競う「2015EE東北 UAV測量競技会」という日本初の国土交通省東北地方整備局主催の全国大会に参加した時のことだ。
「EE東北」出場の様子
大会は、体育館内で実施されGPSも取得できない狭い場所での測量。それであればDJIのInspire 1が良いのではと提案すると「こんなおもちゃでは、絶対にできない」と言われた。「何故この機体では測量が出来ないのか、理由が知りたい。実際にやった結果できなかったのか?」としつこく食い下がると「測量屋を馬鹿にするな!」とまで言われたという。
当時は高級一眼レフを搭載した大型ドローンでの測量が一般的で、測量業界では常識だった。現在のような小型機・汎用機での測量は出来ないというのが常識だったが、結果は依田氏が優勝。測量精度も、誰よりも高かった。「測量は大型機の高級一眼レフカメラ」という常識を、覆した瞬間だった。
この構図を再現したのが、千葉県君津市とともに進めているドローンによる橋梁点検の「君津モデル」だ。「橋梁点検は大型機じゃないとできない」という常識を取り払い、市販の空撮ドローンの上部にアクションカメラを固定し、床版の撮影も可能にしたのだ。
「君津モデル」橋梁点検での点検の様子/「君津モデル」橋梁点検で活用したドローン
多くの小規模な地方自治体が頭を抱える、全体の70%を占める生活橋の点検には、大型で高価で高性能なドローンは不釣り合い。精度は多少劣っても、安価で扱いやすく、修繕の優先順位を判定できるレベルで点検ができれば、足場をかけられず橋梁点検士が入ることすら難しい場所でも、目視点検相当を実現できるのだ。
課題を解決するために、方法を消去法で考えていけば、当然そうなりますよ。見ればあんなの誰でも思いつくと言われるかもしれないし、特別な技術は何もないけど、こんな簡単なことを誰もやってこなかったのです。なぜか?常識に囚われているから。プロダクトアウトの日本的な思想が、発想の転換を阻んでいるのではないでしょうか。
スクールの「趣旨」を貫きたい
Dアカデミーアライアンススクールでは、加盟校はみな“フラット”で対等な関係だ
依田氏が57歳になったいま、ドローンスクール業を営みながら重要視するのは、「働きすぎず、遊びも大切」「ドローン業界で何かひとつ一番になる」そして、「ドローン業界の役に立つ」ことだ。
利益っていうのはまず先に相手が儲かってくれれば、必ず利益は最後についてきます。
真摯に向かい合い業界の発展やドローンの有効性を広め、結果として安全性、時短、コストダウンに寄与し、皆がWin・Winになれる。このように考えて、Dアカデミーは「アライアンス」という運営スタイルをとっている。依田氏が、建設・インフラ系に特化したスクールを設置して自身の知見を還元したいと考えて始めたDアカデミーは、現在、全国14校に展開するが、いずれもフランチャイズではなくアライアンスだ。
自分が儲けるためにドローンスクールを運営するのなら、絶対にフランチャイズの方が儲かります。でもね、考えてみてください。フランチャイズで払った数百万円をペイするために、月に何人生徒を集客して、いくら利益を出せるかということになって、結局ドローン学校の趣旨が変わってきちゃう。ドローン業界でちゃんと仕事をできる人を輩出するという理念から外れたビジネスになってしまうのは、本当に嫌なんです。
「建設現場には、もともと予算がある」との見立てもあって、早くから空撮ではなく建設・インフラ系に特化してきたため、卒業生たちは測量やインフラ点検の最前線で活躍する。お金では買えない人脈がある。アライアンスなので、Dアカデミー加盟校同士で、情報共有などの相互サポートも円滑だ。
「初心者でも、卒業生との繋がりから現場デビューの機会を持てる」ことや、「女性の方が緻密で根気強いから、ドローン測量の操縦も解析も女性に向いている、男性ばかりの殺伐とした現場の雰囲気が変わるから大歓迎」という依田氏のリアルな声を聞いていると、ついDアカデミーの規模拡大を期待してしまったが、いまの“理想的なスクール運営”を壊さないために、やはり今後も派手な宣伝や値引き合戦などせず“粛々と”続けるそうだ。
これからのスクールに求められること
点検現場では、skydioJ2やM300など複数を機体を組み合わせて活用するため、Dアカデミーでは様々な機体を用いて教育するという
いま注目のSkydioJ2をはじめ、いまドローンの自律航行技術は目覚ましく発展している。オペレーターに求められるスキルは、これからどのように変わっていくのだろうか。
SkydioJ2は、まさに操縦しません。点検で確認したい箇所を、画面で拡大表示するだけ。上下3つ合計6個装備したカメラは、衝突防止のためではなく、環境地図を作成して、航行経路を自ら計算し飛行可否を判断して飛ぶためのものですから、DJIの“ぶつからないように飛べる”ドローンとは、全く別物なのです。現場のオペレーターには、現場の環境に応じて様々な機体の特性を理解するスキルが求められています。
例えばSkydioJ2は、狭いところでも自律航行で自ら判断し制御して飛んでいく。カメラが90度上方にチルトするため、床版など上方を撮影するのは得意なのだが、当然、欠点もある。SLAM用カメラに1滴でも雨がつくと環境データー取得できずその場で安全に着陸してしまう。日本仕様のJ2は、原則全方向に50cm以上の幅があれば航行可能と自らから判断して自動で飛んでいくが、絶対ではないという。突風が吹く場所では衝突リスクが高いので、やはり注意が必要だ。
ドローンは道具であり手段の一つであります。適材適所が大切です。最適な機体、ソフト、運用方法、成果物と目的に合った一連の助言やサポートが求められる時代です。
今後ドローンスクールでは、単に操縦だけを教えるのではなく、どの機体で何ができるのかという運用方法や、安全に使うための判断基準やリスクマネジメントを教えることが求められてくるというのが依田氏の考えだ。
点検分野について言えば、橋梁、トンネル、道路、いろいろなカテゴリがあります。橋梁点検1つ取っても業務レベルではタスクは細分化され、それぞれに適切な機体がありますし、絶対にドローンである必要はなく自撮り棒でもいいケースだってあるかもしれない。建設・インフラ系のドローンスクールに関しては、明確な目的に対して具体的なアプローチ方法と機材の特徴、安全運航のためのスキルを実務レベルで磨けるスクールが生き残ることになると思います。
目指すは、かっこいいおじいちゃん
生コン事業でそれこそ身を粉にして働き、稼ぎ、財を成した。婿養子として会社を継いで経営するだけでなく、自ら起業も果たした。ある意味、子どもの頃の夢は全て実現したという依田氏。次に求めることは「生き様」だ。
あと10年くらい年をとって、70歳くらいになって子どもたちに、「いまドローンで橋の点検、当たり前にやってるだろ、あれはおじいちゃんが考えたんだ」なんて言えるだけで、すごくカッコよくないですか。
ちなみに依田氏は、Flying Beach Guardiansが神奈川県藤沢市にある片瀬西浜・鵠沼海水浴場でライフセーバーの指示のもと行なっている、ドローンを使った監視・水難救助のプロジェクトにもボランティアで参加している。依田氏は、「いざという時には、人の死と向き合うことになる。無償だが、非常に重要で責任の重い仕事だ」と話す。
経営やビジネスの手腕を磨き、事業継続と自己実現のバランスを無理なく取りつつ業界に貢献する50代はすでにかっこいいと思うのだが、さらにかっこよくなった60代、70代の依田氏に、いつかまたお話を聞きたいと思う。その頃には、ドローンが当たり前に空を飛び、誰もが日常的に利用する時代が訪れているのかもしれない。