ブラジル・ベンチャー・キャピタル代表の中山充氏(左)と、出資先であるARPAC(アルパック)CEOのEduardo Goerl氏
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ブラジル・ベンチャー・キャピタル代表の中山充氏は、現地でブラジルのベンチャー企業に投資活動をする、唯一の日本人投資家だ。ブラジルでドローンを用いた農薬散布や益虫散布を手がける農業用ドローンのスタートアップ、ARPAC(アルパック)にも出資している。
中山氏の存在を知ったのは、2019年の夏。イスラエル、ブラジル、中国、ロシア、インド、南アフリカの世界6か国で活動する日本人の投資家・企業支援者が一挙に登壇したイベントの取材で、中山氏のプレゼン資料に農業情報設計社の事例が載っているのを見て、日本のドローン・ロボティクスシーンと接点が増えそうだと感じて胸熱だった。
ブラジル・ベンチャー・キャピタルが2019年11月にサンパウロ市内で開催した「第2回ブラジル・ジャパン・スタートアップフォーラム2019」においては、Drone Fund共同創業者/代表パートナーの大前創希氏を、日本からのゲストスピーカーとして招聘。中山氏いわく「現地での反響はとても大きかった」そうだ。
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今回は、日本とブラジルの「架け橋」として活躍する投資家・中山充氏が、なぜブラジルを選んだのか、ブラジルにおいてアグリテックに注目すべき理由、そして今後の展望などについて訊いた。
20年、30年スパンで「伸びしろ」があるブラジル
オンライン取材に応じたブラジル・ベンチャー・キャピタル代表の中山充氏
中山氏は、新卒でベイン&カンパニー入社、2年で退社して起業し、10年間のスタートアップ経営を経て、スペインIEビジネススクールでMBA取得後、2012年にブラジルのベイン&カンパニーサンパウロ支社に入社した。新卒時と同様「いずれ起業する」前提で、コンサルティング業務に従事したという。
30代半ばでのMBA取得前から、「残りの半分の人生を日本じゃないところで暮らしたい」と海外進出を見据えていた中山氏。数ある候補国のなかで、ブラジルに注目した理由はこうだ。
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中山氏:キャリア後半という長きに渡りビジネスをする国として“経済の伸びしろ”は重要視しました。そして、まだ日本人の参入が少ないこと。中東、アフリカ、インドも候補に上がりますが、ビジネス、生活ともに個人的にやっていけそうだと感じたのがラテンアメリカで、なかでもブラジルは、実際に訪れてみると経済的な規模感が際立っていたのです。
ブラジルの人口は世界で6位、日本の約2倍。国土面積は世界で5位、日本の約22倍。GDPランキングは世界7~9位の水準で、今後30年以内に日本を抜くとの試算もあるという。就労国を選ぶ過程で200人近くに会って現地情報を収集した中山氏だが、「行ってみて肌感覚を持つことは大事」だと振り返る。
移民国家であり、ビジネスの直接的な対象となるであろう富裕層には、西洋的なビジネスカルチャーが根付いている。人口の約1%が日系人で、100人に1人は日本的な風貌のブラジル人に出会える。サンパウロで働くブラジル人の真面目さにも驚いたそうだ。
2019年11月、サンパウロで開催した「ブラジル・ジャパン・スタートアップ・フォーラム」日本人登壇者たちとの記念撮影
中山氏がベンチャーキャピタルを創業した2014年は、ベンチャーの成長ステージに合わせて投資活動をする環境はまだ整っていなかった。6年を経て、ユニコーン企業が続出するなど、いまブラジルのIT力の高さはグローバルでも注目を集めている。
中山氏:2018年から2019年がターニングポイントだったように思います。私が把握しているだけでも、現在のユニコーンクラスの企業数は15社になります。また、Exitした会社の創業メンバーがシリアルで起業したり、創業メンバーではないものの急成長するテック企業を従業員として経験したメンバーが起業する流れができ、そうなると投資家も増えてきて、さらに大きなイグジットができて…と、ブラジルではベンチャー業界のエコシステムが急速に発展しています。
日本を代表するユニコーンといえばメルカリ。同社は創業メンバーによる過去からの学びが生かされて急成長を遂げたスタートアップであることは有名な話だが、これがブラジルでは続々と起きているわけだ。
ちなみに、中山氏自身も2回目の起業。「自分の経験や特徴を生かせる」ことを軸に、投資を主な事業ドメインとした。ミドルキャリア以上になると、積み重ねてきた経験や培ってきたスキルを、いかに異業種や異職種で「転用」できるかがキャリアの選択肢を広げる鍵となるが、中山氏流のキャリア構築は示唆に富む。
中山氏:スタートアップ経営に携わった10年間は、日本でまだ今ほどVCが盛んではない時代において、ファンドや銀行から幾度も資金調達しています。また、コンサルタントとして、短期間で業界や会社の理解を深めたり、財務諸表から経営状況を判断するスキルが身についていました。
B2Bの中でも、農業にハイライトを当てる
ブラジルのサトウキビ畑での農作業風景
創業から6年間、B2B向け投資に重きを置いてきた中山氏が、いまB2Bで特に注力したいと考えているのが「農業」だ。ブラジルは国土面積が広いだけではなく、農地のうちで牧草地を除いた耕地面積が世界5位、耕地拡大率は34%(1996〜2016年)と突出して高いそうだ。熱帯から温帯の農業に適した地の利を活かし、サトウキビとコーヒーの生産は世界トップシェア。大豆、トウモロコシ、バナナなどはトップ5に入る。こうした規模感のほか、注目すべきは「中小農家」の存在だという。
中山氏:約500万団体ある農業生産ユニットのうち、中小農家は約90%の450万団体。中小とはいえ、日本より圧倒的に耕作面積が広く、労働者を低コストで雇用して経営するのが一般的です。けれども、中小農家では、資金力がないのでGPS付きトラクターを購入できなかったり、作業がマニュアルになり、危険が伴い人体への害悪が懸念される作業を行わざるを得ない領域が多くあるのです。
ブラジル農業シーンには、課題を解決してくれる技術やサービスを、積極的に受容する文化があるという。また、1顧客あたりの面積が広く、1顧客獲得した際のオペレーションボリュームが大きいことは、ドローン・ロボティクスの技術開発やAIの教師データ取得にも好条件だ。さらには、「規制大国」である点も興味深い。
中山氏:Uberがいい例ですが、ブラジルには、新たなテクノロジーを既存の規制や枠組みに当てはめて管理・禁止しようとするのではなく、新たなテクノロジーが出てきたら新たに規制を作る、規制がないうちは白とみなして使用を進める傾向があります。
ARPAC(アルパック)の事例
ARPACより写真提供
こうした状況のなか、ブラジルの農家から熱い支持を集めるのが、ARPAC(アルパック)だ。2019年10月にDrone Fundが中南米初となる投資を実行したニュースは、ご記憶の方も多いのではないだろうか。ARPACは、農薬・益虫散布の生産性向上を図り、ハードとソフトの両面を独自開発して、B2Bでドローン運用の課金サービスを提供している。
https://www.instagram.com/p/B2UzZTJn5WE/?fbclid=IwAR0_F4O1zPRxIjaVsLwZlxdXUkwGVElUaZZiJljDevIWMoZwycgPr0tJPG0
BASEとのパートナーシップの映像(ARPAC Instagramより)
中山氏:ARPACは、スポット散布、傾斜散布、益虫散布にフォーカスしています。高さ3mにもなるサトウキビ畑で雑草だけに農薬を散布したり、比較的小規模かつ傾斜地にあるコーヒー畑では、山の上部と下部で散布濃度の均一化を図るなど、業務効率向上に焦点を当てて顧客ごとにサポートや開発を行っています。このきめ細やかさは、いまのところは中国のドローンメーカーではサポートしきれない、高い優位性があります。
2016年創業のARPACは、2年後にはサービス提供を開始しており、そのスピード感にも注目だ。ブラジルに広大な試験場を持つポジションを生かし、日本やアジア各国とのコラボレーションが生まれる可能性も高い。
農業情報設計社の事例
2019年11月、サンパウロで開催した「ブラジル・ジャパン・スタートアップ・フォーラム」で講演する農業情報設計社 CEOの濱田安之氏
AgriBus-NAVIを手がける農業情報設計社は、ブラジルの中小農家で利用が拡大中だ。AgriBus-NAVIは、トラクターが凸凹のある農地でも真っ直ぐ等間隔で走行するためにGPSガイダンスを行うアプリケーションで、スマホやタブレットでも利用できる。「GPS付きトラクターには手が出せないが、AgriBus-NAVIなら導入したい」と考える中小農家が、ブラジルには山ほどいる。アプリユーザー増加に伴い、純正のGPS/GNSSレシーバーAgriBus-GMiniを輸出するという、シンプルな事業拡大も図りやすい。
中山氏:AgriBus-NAVIのダウンロード数を見ると、ブラジルが世界最多で、CEOの濱田さんはかねてよりブラジル市場に関心を寄せておられました。2019年4月29日から5月3日にサンパウロで開催された「アグリショー2019」に濱田さんをアテンドして、同時にブラジルのアグリテック関連企業の訪問を行う合計約10日ほどのツアーを企画・実施したのですが、ハードウェア開発を手がける現地企業と農業情報設計社のソリューションを組み合わせたり、農家の経営判断をサポートするサービスにAgriBus-Naviから収集される情報を統合するなど、協業の可能性が複数生まれました。
日本も農業に関する技術や知見は多く持っています。日本の技術が農業大国ブラジルの企業のビジネスに付加価値を提供する、そんなビジネスチャンスをこれからも数多く生み出せるのではないでしょうか。
日本とブラジルの架け橋に
「ブラジル・ジャパン・スタートアップ・フォーラム」で登壇した中山氏
中山氏:ブラジルの人たちは、海外の進んだものに対して、リスペクトがあるんです。
取材の中で、最も印象的だった言葉だ。ブラジルは移民大国で、3~4世代さかのぼると大半が“自分も外国人”という状況にあって、外資のスタートアップでも課題解決に役立つソリューションであれば、抵抗なく受け入れるカルチャーがあるというのだ。
中山氏も、ポルトガル語がビジネスレベルに達する前にコンサルタントとして働き始めたが、「中山という日本人は、ポルトガル語はできなくても英語はできるし、自分たちが知らないことを色々と知っているはずだから、そこをうまく学べばいい」と、現地企業で“排除”されなかったという原体験を持つ。
ブラジル・ベンチャー・キャピタルを除けば、ソフトバンク以外に現地で投資活動をしている日系のファンドはいないというブルーオーシャン・ブラジルにおいて、中山氏が目指すのは「日本とブラジルの架け橋」になることだ。
中山氏:農業情報設計社さんみたいな会社が増えていくと、ブラジルにはテクノロジーのチャンスがあることが、日本の企業や投資家にもより伝わりやすくなります。海外から引っ張る形で日本のスタートアップの海外進出を支援したいと思っています。またARPACのように、僕の投資先で日本に紹介できる企業が増えてきたらもっと面白いですね。
ブラジル・ベンチャー・キャピタルは、2020年度のジェトロ・サンパウロ事務所とグローバル・アクセラレーション・ハブ事業で提携して、日本のスタートアップ企業のブラジル市場への進出支援を強化するという。中山氏は6月30日、ジェトロ主催の無料セミナーにも登壇予定だ。
ブラジルは、日本のほとんど地球の裏側。「長期滞在する予定の人はなかなかいない」と中山氏は笑う。ブラジル市場に関心があり、できるだけ手間暇をかけずにアンテナを張りたい場合、「キャリアの後半はブラジルにコミット」している同氏を味方につけない手はないのではないだろうか。